9.イケてるメンタル
創成学000 0=0
富士谷000 1=1
【創】鴨下―佐原
【富】柏原―駒崎
堂上の先制ホームランで、流れは富士谷に傾きつつあった。
「わあああああああああああ!!」
「イケメン上手い!!」
5回裏、一死無塁。
早くも三打席目を迎えた渡辺は、レフト線への二塁打を放った。
点差が付けば他の投手も試せる。ここは早めに突き放したい所だ。
「(さーてと、あの高めに抜けたスライダーを狙って……ほら来た)」
そんな期待に答えるかのように、津上が捉えた打球はグングン伸びていった。
打球はセンターフェンスの上部に直撃。余裕を持ったタイムリースリーベースで、その点差を2点に広げる。
「……ボール、フォア!!」
そして――俺は粘った末に四球を選んだ。
これで一死一三塁。尚も追加点のチャンスで、先程ホームランの堂上を迎えた。
堂上は犠牲フライを打つのが上手い。
そして鴨下は好不調の差が激しく、どことなくメンタルの弱そうな印象がある。
これは一気に崩すチャンスかもしれないな。
「(……鴨下もここまでか)」
俺は口元をニヤリと歪めると、マウンドの鴨下に視線を送った。
※
普通に生きていて、殺人予告をされる人間はそういない。
勿論、友達間の冗談や、ハラスメント気質のある人からの罵声は除いたとしてだ。
記録に残る活字としての殺人予告。それは有名かつヘイトを稼がないと経験できない。
そんな激レアイベントを経験したのが、俺――鴨下祐成だった。
【快勝】長崎県の高校野球72【優勝候補】
380:名無しのおじさん
はああああああああああああああ?????
381:名無しのおじさん
サヨナラwww
382:名無しのおじさん
7回8点リードから逆転負け
前代未聞だろこんなの
383:名無しのおじさん
嘘だろ……信じられない……
384:名無しのおじさん
バ監督と鴨下は泳いで帰れ
浦と七瀬も関門海峡までは走れよ
385:名無しのおじさん
鴨下死ね死ね死ね死ね
追い付かれるまで代えなかった監督もゴミ
クビにしろ
386:名無しのおじさん
8点リードした所で出掛けて帰ってきたら負けてたわ
控え目に言っても意味わからな過ぎる
387:名無しのおじさん
スレタイ無様すぎるだろw
388:名無しのおじさん
勢いランキング1位www
長崎スレのくせにめっちゃ伸びてて笑う
389:名無しのおじさん
こ こ で す か ?
390:名無しおじさん
京都から来ました
勝たせてくれてありがとう
391:名無しのおじさん
鴨下殺す
学校に帰ってきた所で校舎ごと燃やす
俺は本気だ
392:名無しのおじさん
>>391
アウト
393:名無しのおじさん
>>391
やっちゃったな
394:名無しのおじさん
>>391
好投した酒田は巻き込まないでくれ……
395:名無しのおじさん
記念カキコ
これは春の選抜高校野球の時に、某掲示板で書き込まれた内容だ。
この日、俺は京都成英との試合で7回裏から登板。二死から連打でスリーランを浴びると、8回裏にも満塁ホームランと同点ソロホームランを許した。
8点リードから一転、試合は同点に。9回表には再び1点をリードするも、9回裏に後続の投手が打たれてサヨナラ負けを喫した。
その結果、俺に待ち受けていたのは県民からの殺害予告だった。
ただ、これでショックを受けただとか、イップスになっただとか、そんなベタなエピソードは持ち合わせていない。
所詮は他人の戯言。そんなものは気にしないし、予告犯が逮捕されたと聞いた時は哀れだとすら思った。
悪名は無名に勝る、という名言がある。
ポジティブに捉えれば、俺はこの一件で更に有名になる事が出来た。
だから殺人予告自体は気にしていない。一方、他所のドラフト候補が活躍する姿は、見ていて思う部分があった。
前橋英徳の高成、高山都大の小野寺、そして富士谷の柏原竜也。
俺が足踏みしている内に、彼らは良い意味で名声を上げていった。
正直、気に食わなかった。それと同時に、次は絶対に「活躍する側」になると決意した。
だからこそ――またしても炎上する訳にはいかないのだ。
好投は絶対条件。それでいて、少しでも長い夏を甲子園で過ごす。
そうする事だけが、名声を上げつつ、長崎県民の信頼を取り戻す方法だから。
『5番 ライト 堂上くん。背番号 9』
5回裏、一死一三塁という場面で、先制ホームランを放った堂上を迎えた。
先ほど打たれたばかりの打者。だからと言って、萎縮するだとか、勝負を避けたいだとかは思わない。
俺は殺害予告を気にしない程度にはメンタルが強い方だ。
だからこそ、精神的に崩れるという事は無いと思っている。
「ットライ―ク!」
一球目、バックドアのスライダー。
先程よりも厳しく放って、見逃しのストライクを奪った。
「ボール!」
二球目はインコースを攻めたストレート。
これは外れてボール。あと数センチでデッドボールのコースだった。
けど気にしない。当たったらそれまでだ。
「ファール!」
三球目、またもバックドアのスライダー。
うっかり中に入るも、打球は三塁線に切れてファールになった。
俺は一度打たれた球も強気に攻められる。
その程度にはメンタルが強いし、堂上に対しての恐怖心もなかった。
10割打てる打者は存在しない。
そして、1回2/3で8失点という人生に一度レベルの大炎上も経験している。
そう簡単に何度も打たれない。そう思えば、自然とストライクを取りに行ける。
四球目、俺はセットポジションから右足を上げた。
狙いは内角ギリギリのストレート。俺は腕を振り抜くと、堂上は豪快なフルスイングを見せてきた。
白球の行方は――。
「ットライーク! バッターアウト!」
内角にズバッと決まって空振り三振。
更に後続の鈴木も打ち取り、一死一三塁のピンチを何とか切り抜けた。
「鴨ないすー」
「打つ方は任せろ!」
「先頭出ようぜ〜!」
一塁側ベンチに戻る際、一塁走者だった柏原と視線が交差した。
きっと「意外と耐えるな」なんて思われているに違いない。
けど「意外」と思うこと自体が見当違い。俺はメンタルは強い方なのだ。
「鴨下。次の打席で代打な」
「うっす」
一塁側ベンチに戻ると、監督からそう告げられた。
このままだと5回2失点か。なんとか続投して6回2失点にしたいな。
バント出来る場面で回りますように……なんて思いながら、6回表の攻撃を見守った。
創成学000 00=0
富士谷000 11=2
【創】鴨下―佐原
【富】柏原―駒崎