3.籤運は誰に微笑む
2011年8月3日。
富士谷の選手一同は、大阪フェスティバルホールを訪れていた。
「すげぇ……どいつもこいつもデカすぎだろ……」
「ま、平均身長はウチも中々ですけどね。ってか京田さんが小さいだけっすよ」
「いやいやいやいや! こいつらの幅を見てみろ! 堂上ですら細く見えるぞ!」
そんな言葉を交わしているのは京田と津上。
周囲の視聴席には、他校の選手達が腰を下ろしている。
今日は選手権の抽選会。
という事で、阿藤さんを除く選手達は、ホールの視聴席で待機していた。
「よーォ柏原ァ! 久しぶりだなァ!! 俺に会えて嬉しいだろォ!?」
そう言って振り返ってきたのは、前の席に座っていた土村康人である。
残念ながら座席は地域順。前の列には関越一高の面々がズラリと並んでいる。
「コラ土村。他校に迷惑かけんなし」
「いいんだよコイツはよォ! なんてったってクソカスだからなァ!!」
「(そのクソカスを温存されて負けたの覚えてないのかよ……)」
「(ヤスは今日もクレイジーだネ。クールな竜也を見習ってほしいゼ)」
「(……)」
渋川が止めに入ると、近くにいた2年生達も冷ややかな視線を送っていた。
何れも本来ならば仲間だった選手。もう未練はないけれど、この並びをみると当時を思い出してしまう。
「……只今から、第93回全国高等学校野球選手権大会の組み合わせ抽選会を行います。司会は私、EFG夕日放送の――」
と、そんな事を思っている内に、司会のおじさんがマイクを取っていた。
これから運命の抽選会が始まる。どうか選抜よりは良い籤を引いてほしい。そう思うばかりである。
やがて不毛極まりない挨拶が始まると、退屈な時間は約3分ほど続いた。
次に抽選方法を簡易的に解説。そしてようやく、南北北海道代表と東西東京代表の抽選が始まる。
「え、いきなり引くの?」
「なんも聞いてなかったのかよ……。東京と北海道は同地区対決を避ける為に先に引くんだよ」
京田は相変わらず何も知らないな。
2校出場している東京と北海道は先に籤を引く。理由は同地区対決を避ける為だ。
万が一、1回戦で当たる番号を引いた場合、後から引いた方は再抽選になる。
「……白華学園。24番です」
先ずは北北海道代表・白華学園から。
正直、この高校――25番を引けばガッツポーズできる案件だ。
それくらい、白華学園の評価は高くない。
「関越第一高校。47番です」
次に東東京代表の関越一高。
47番は出番が遅く、2回戦からの登場になる。
さて、次は西東京の富士谷だ。
48番は引き直しになるので、いきなり対決が決まるとしたら白華学園しかない。
「(うわ~、緊張するな~。けど、いきなり相手は決まらないよね、コレ)」
阿藤さんは籤を引いた。
係員に見せると、此方に向かって番号札を掲げる。
「富士谷高校、2番です!」
「おお~!!」
その瞬間、少しばかりの響よめきが起こった。
二番目に若い数字。つまるところ、開幕ゲームを引いたという事である。
「ええ、いきなりかよ!」
「選抜は待たされたのにねー」
「ふむ……一番乗りか。悪くないな」
「勝てば2回戦も貰いっすね。相手だけ初戦なんでメチャ有利っすよ」
選手達は様々な反応を見せていた。
ちなみに、開幕カードの勝者は2回戦で49番と当たる。
初戦は難しいと言われる中で、2試合連続で初戦の相手と戦えるのだ。
「柏原ァ、同じブロックじゃねぇかァ」
再び土村が振り返ってきた。
彼の言う通り、2番と47番は同じブロックだ。
お互いに勝ち上がれば3回戦、ベスト8を賭けた試合で対決する。
「ま、俺達にとっちゃ2個も先だからな。まだ眼中にもねぇわ」
「あァ!?」
まぁ……相手からしたら2戦目の相手だが、此方からしたら3戦目の相手。
まだ考える時間ではない。先ずは初戦、そして2回戦の相手を見ていこう。
「海北高校、40番です」
南北海道代表の海北高校。
あまり勝ち上がる印象はないが、今年はバッテリーがプロ入りする。
これで東京と北海道の抽選は終了。引き続き、他地区の高校が籤を引いていく。
「三関学院高校、4番です」
「聖長菅平高校、15番です」
「界高校、20番です」
「七幡工業高校、42番です」
「木築高校、…………」
失礼な表現になるが、割とどうでも良い高校の籤が続いていった。
選手権は選抜より17校も多い。となると、必然的に本命以外の高校が混じり易くなるのだ。
「大阪王蔭高校、34番です」
続いて籤を引いたのは大阪王蔭。
既に抽選を終えた高校の選手達からは、ホッと安堵の息が漏れていた。
「いやー、なんかドキドキするねー」
「はよ決まってくれ! できれば秋田あたりのド田舎の公立で頼む!!」
未だに初戦のカードは決まらない。
そんな中、長崎代表の創成学園が籤を引く。
「創成学園高校、1番です」
「おお~」
そして1番の番号札を掲げると、辺りから小さな響よめきが起きた。
富士谷の初戦は創成学園。プロ注目左腕・鴨下を擁する九州の強豪校だ。
「創成学園って選抜出てたっけ?」
「出てたよ。ほら、8対0から大逆転負けした……」
「京都にボコられた所か! よしよし、悪くはないな!」
京田は小さくガッツポーズを見せていた。
コイツは本当に分かっていないな。プロ注目左腕を擁し、かつ選抜に出ている時点で、上位半分の高校だと言うのに。
「高山都東大学高校、48番です」
続けて、選抜ベスト8の高山都大も同じブロックに入ってきた。
関越一高の初戦も決まった。俺は土村の右肩を叩くと、口元をニヤリと歪める。
「ま、せいぜい頑張れよ。小野寺は半端じゃないぜ?」
「あァん!? 上等じゃねーかァ! 余裕でボコボコにしてやらァ!!」
「土村、静かにしてマジで」
思わず煽ってしまったが、土村が叫んだせいで注目の的になってしまった。
コイツに話し掛けるとロクな事にならないな。死ぬほど反省しよう。
「聖輝学院高校、45番です」
恵の親戚・瀬川徹平がいる聖輝学院。お隣のCブロックになった。
ただ、準々決勝は再抽選となるので、必ずしもベスト8で当たるとは限らない。
「前橋英徳高校、39番です」
選抜準優勝の前橋英徳も2回戦から。
同校は正史の選手権で優勝している。再抽選時における大ハズレ籤は此処になるだろう。
と、こんな感じで抽選は暫く続いていった。
俺達のDブロックは49番だけが空席のまま。
そんな中、夏合宿で試合をした新潟明誠が籤を引く。
「新潟明誠高校、49番です」
Dブロックの顔触れが決まった。
神様の悪戯なのか、全ての高校に2年生のドラフト候補がいる。
まさに玄人好みの激戦ブロック。この結果を受けて、京田は首を傾げていた。
「うーん、60点って所だな。前橋を避けたのは評価点だけど、初出場や田舎の公立校を引けなかったのがマイナスポイント。ま、孝太さんや島井さんよりはセンスを感じられたけどよ」
「評論家気取り……」
「籤にセンスもクソもあるかよ……」
京田大先生が深刻な表情で語ると、近くにいた2年生は呆れた表情を見せていた。
まぁ……萎縮されるよりはマシだな。これはこれで何か腹立つけど。
「……鴨川総合、10番です」
やがて鴨川総合(リハーサルで49番)が籤を引くと、全49校の組み合わせが決まった。
尚、全体の結果は下記の通りである。
【1日目】
D創成学園(長崎)―富士谷(西東京)
Eこもの総合(三重)―三関学院(岩手)
E亘星学院(青森)―専秀大玉無(熊本)
【2日目】
E枝光国際大附(福岡)―西関(岡山)
E尽政学園(香川)―鴨川総合(千葉)
F西海大姫路(兵庫)―福地山星美(京都)
F城水(茨城)―木築(大分)
【3日目】
F聖長菅平(長野)―塩原都大(栃木)
F智殿和歌山(和歌山)―常花菊川(静岡)
G明秀義塾(高知)―界(鳥取)
G鹿児浜実業(鹿児島)―能城商業(秋田)
【4日目】
G女水館(広島)―鳴島(徳島)
G閉星(島根)―仙台英徳(宮城)
H白華学園(北北海道)―勝山気比(福井)
H天里(奈良)―唐戸商(佐賀)
【5日目】
H高富商(富山)―比川(山梨)
H浦末商(沖縄)―大阪王蔭(大阪)
――2回戦――
A友学館(石川)―酒谷南(山形)
A今張西(愛媛)―桐輝学園(神奈川)
【6日目】
B前橋英徳(群馬)―海北(南北海道)
B春日光栄(埼玉)―七幡工業(滋賀)
C南西工業(山口)―章南学園(宮崎)
C聖輝学院(福島)―到学館(愛知)
【7日目】
D関越一高(東東京)―高山都大(岐阜)
D新潟明誠(新潟)―(創成学園―富士谷)
以降未定
富士谷、関越一高と、正史では出場しない高校が先に引いたので、玉突きで抽選結果が変化していた。
こればっかりは仕方がない。未来の知恵を使ったインチキには期待しない方が良いだろう。
さて―――なにはともあれ、先ずは初戦の創成学園からだ。
西東京では右腕との対決が多かった。故に、プロ注目クラスの左腕には慣れていない。
文字通り初めての夏の甲子園は、初戦から苦戦を強いられる予感がした。