2.タブー?
2011年7月下旬。
全国各地では続々と代表校が決まっていた。
【7月27日 群馬県立敷島球場 群馬大会決勝戦】
前橋英徳高校―渋川第一高校
「高成ハンパないな……反則だろこれ……」
「素晴らしい。早ければ1年目の秋には1軍デビューできるよ彼」
「(柏原よりスケールがあり、宇治原よりも完成されている。確かに1位で欲しくなるな……)」
大勢のスカウトが見守る中、前橋英徳の高成が圧巻の投球を披露。
県大会防御率0.25という異次元の数字を残して、選抜準王者が甲子園に帰ってきた。
前橋英徳100 010 003=5
渋川第一000 000 000=0
【前】高成―小川
【渋】速水―野際
※
【7月28日 郡山市営開成山野球場 福島大会決勝戦】
聖輝学院高校―都東大学福島高校
「……ッアウト!」
「よっしゃー! ナイス瀬川!!」
「(ま、福島じゃ負けねえよな。問題はここからだ)」
選抜ベスト4の聖輝学院も危なげなく県大会突破。
最後は瀬川徹平のファインプレーで試合を締め括った。
投げては歳川が9回13奪三振、打っては8イニングで7得点。
投打で無双する姿を見て、東北人――特に福島県民の多くは「念願の東北初優勝」を夢見ていた。
都大福島000 000 000=0
聖輝学院200 111 02x=7
【福】小和田、磯下、中村―堀家
【聖】歳川―星野
※
【7月30日 新潟県立鳥屋野潟公園野球場 新潟大会決勝戦】
新潟明誠高校―新潟文星高校
「……セーフ!!」
「やったあああああああ! 勝ったあああああああああ!!」
「(よし……甲子園だ。たくさんナックル見せつけるべ)」
ナックル使い・新村を擁す新潟明誠も県大会優勝。
柏原達が死闘を繰り広げる裏側では、2年生の逸材達が次々と結果を出していた。
新潟文星100 000 002=3
新潟明誠030 000 001x=4
【文】太刀川―関
【明】新村―柏崎
他にも、投打でパワフルな小野寺を擁する高山都大、選抜では大炎上した鴨下を擁する創成学園など。
正史通りとはいえ、出来すぎているくらい2年生の逸材達が選手権出場を決めていった。
そして――。
【8月1日 舞洲ベースボールスタジアム 大阪大会決勝】
大阪王蔭高校―大阪西領大学附属柏村高校
「結局王蔭かい! 今回はホンマ頼むわ!」
「つぎ公立に負けたら許さへんで~!」
「(やかましいわジジイ共。言われんでも分かっとるわ)」
「(これもまた立派な文化の一つ。彼らの厳しい声のお陰で、激戦区大阪が作り上げられている、と……)」
「……根市、真面目に考えんでええぞ」
大阪大会決勝戦は、選抜王者になる筈だった大阪王蔭が乱打戦を制した。
これで全49代表が決定。各校は準備に追われながら、抽選会の時を待ち望んだ。
大阪王蔭301 000 035=12
大阪西領231 001 201=10
【王】高野、横川、根市、柿本―田端
【西】関本、石川、樋口、石川―石川、山本、石川、恩田
※
時は少し遡って7月31日。
東東京大会の決勝戦が終わった後、俺達は喫茶店で一休みしていた。
「柏原くん達はいつ出発?」
「明日、都内でやる事を済ませて明後日には現地入りだな」
「忙しいよね~。ベンチ外の1年生は今日も準備だし」
選抜とは違い、選手権は出場決定から現地入りまでのスパンが非常に短い。
ある程度(宿の手配など)は「例年の西東京代表と同じ」という事で省略できるが、大半の準備は短い期間で処理する必要がある。
特に指導者達は大忙し。優勝の余韻に浸る余裕すらなく、当日から大量の資料を手渡されていた。
この準備で指導者が戸惑うと、選手達にも伝染して調整にも支障が出てしまう。
その点、瀬川監督は一応3回目。畦上先生も選手として出場しているので、選手権初出場にしては順調に準備を進めていた。
「そういや、すんげえ今更なんだけどさ」
「ん、どうしたの?」
ふと、俺は相沢に問い掛けた。
話は全く変わるのだが、俺は前々から思っていた疑問がある。
せっかくなので、甲子園に旅立つ前に片付けておこう。
「俺達が転生者だって誰かにバレたらどうなるん?」
俺はそう問い掛けると、相沢はフフッと鼻で笑った。
疑問の内容とは他でもない。俺達の正体が非転生者に知られた時、何が起こるかである。
今まで俺達は、選手達は勿論、指導者にも転生者である事を隠してきた。
理由は二つ。純粋に二度目の青春を楽しむ為と、なんとなくタブーだと思ったから。
タイムスリップ系の物語において、未来人は素性を明かしてはいけないとか、過去の自分には会ってはいけないとか、そんなルールがあるのが王道だ。
だから俺達も「なんとなく」未来の記憶がある事を隠してきたが……もし誰かに素性を知られた時、何か悪い事は起きるのだろうか。
「せっかくだし答えとくよ。まず、大半の人間には知られても何も起こらない。現に俺は監督にだけ素性を明かしているしね」
「そういや、そうだったな」
相沢の答えに、俺は納得げに頷いた。
これはいざとなったら使える情報だ。恵の父である瀬川監督は道徳的に不味いが、畦上先生になら素性を明かせる。
そして此方が未来人である事を吹き込めば、瀬川監督引退後も監督の操縦が可能になる訳だ。
「で、一部の人間――同世代の人間にバレると、少しだけ不味い事になるね」
「ほう」
相沢はそう言って言葉を続ける。
果たして、同世代の人間に素性を明かして起こる事とは一体――。
「知ってしまった人は史実の記憶が一部だけ蘇る。それも本人にとって凄く辛かったエピソードがね」
「すんげえ微妙だな……」
「え~、けっこう嫌じゃない? 純粋無垢な頃に病死するって知ったら超ショック受けるけどなぁ~」
嫌な記憶が一部だけ蘇る、か。
同世代の人間に素性を明かすつもりはないが、思ってたよりリスクは少なくて安心した。
「微妙とはいうけどね柏原くん。トラウマ級のエピソードが蘇ったら最悪だよ? しかも、かなーりリアルな夢として出てくるからね……」
「もうそれはただの悪い夢だからな?」
「ともかく、選手には知られない方が良いよ。ショックで調子を崩すかもしれないし」
「ま、もともと隠し通すつもりだったから心配すんな」
と、そんな会話をしてから、話題は「堂上を笑わせる方法」へと移っていった。
束の間の休日はこれで終わり。明日からは甲子園に向けての準備が始まる。