27.反撃の狼煙
富士谷000 00=0
東山菅300 03=6
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎―仙波
柏原視点に戻ります。
俺が放った初球は、レフトスタンドに軽々と運ばれた。
思わず膝に手を当てる。確かに、少し甘く入った球だったが、流し方向に柵越えを打たれるなんて……完全に油断していた。
後続は抑えたものの、これで6点差。
あと1点で7回コールドが成立する点差であり、後が無い状況に追い込まれてしまった。
「竜也、ナイスピッチ」
ベンチに戻ると、孝太さんが肩を叩いた。
「……打たれましたけどね」
「いいよ。6点差なら9回までできるから。なんとか1点取って、次に繋げよう」
孝太さんはそう言って、ネクストバッターサークルに向かった。
9回までって……アンタはそれでいいのかよ。
俺達には次があるけど孝太さんは……くそ、打たれた自分が情けない。
『東山大学菅尾高校。シートの変更、並びに選手の交代をお知らせいたします』
は……?
その瞬間、驚きのあまり言葉を失った。
『センターの板垣くんがピッチャーに入り、ピッチャーの大崎くんがライト、ライトの山本くんがファースト、ファーストの小寺くんに代わりまして、山越くんがセンターに入ります。
5番ファースト山本くん。7番ライト大崎くん。8番センター山越くん。9番ピッチャー板垣くん。以上のように変わります』
それは――あまりにも屈辱的な交代だった。
東山大菅尾は、エースの大崎さんを外野に下げて、控え投手を送り込んだ。
それも、10番の鵜飼さんでも、11番の大林さんでもなく、18番――恐らく4番手の2年生・板垣さん。
なんてことはない、東山大菅尾の若月監督は、既に''先''を見ているのだろう。
「(舐め腐りやがって……絶対に後悔させてやっからな……)」
あまりの悔しさに、思わず唇を噛み締めた。
ただ、これはチャンスでもある。恵によれば、東山大菅尾の控えは荒っぽい投手が多い。
二番手、板垣さんは186cm79kgの長身右腕。
投球練習を見る限りだと、球速は大崎さんと同じくらい。
スライダーはゾーンを横断しそうな勢いがある。まるでゲームのスライダーみたいだ。
6回表、富士谷の攻撃は渡辺から。
先頭には出て欲しかったが、捉えた当たりはショートライナーで終わった。
続く孝太さんは一二塁間への鋭い当たり。抜けるかと思われたが、セカンド奥原さんのファインプレーに阻まれた。
打ち取られたが捉えてはいる。全く希望がない訳じゃない。
二死無塁、俺の三打席目が回ってきた。
バックネット裏では、帰る準備を進める客が目立つ。
板垣さんを1イニング見てから帰る算段なのだろうか。
くそ、いちいち腹立つな。
まあいい。その判断、後悔させてやるよ。
右打席に入ると、186cmの長身右腕を見上げた。
確かに、ポテンシャルの高そうな投手に見えるが……俺の記憶によれば、この選手は新チームでも外野を守っている。
つまり、投手としては未完で終わる、その程度の投手だという事だ。
一球目、長身から放たれたスライダーは、大きく外れてボール。
変化は大きいが、曲がり出しが早く分かりやすい。フロントドアで使われたら厄介だが、逃げるボールの見極めは簡単だ。
二球目、高めに浮いたストレート。見送ってボール。
打席から見ると、大崎さんよりも遅く感じる。スライダーより肘が高くなるので、こちらも見極めも楽。
球種も少なそうだし……ストレートに絞って強振するか。
三球目、肘が高い……ストレートか!?
そう思ってバットを出したが、白球はベースの手前でワンバウンドした。
……フォークか。冷静に見れば見極められる球だが、少し勝負を焦ってしまった。
四球目、同じ球。見送ってボール。
これでワンスリー、次あたり強振してみるか。
肘が高かったらストレート、低かったらバックドアのスライダー。フォークは捨てる。
板垣さんが放った五球目は、高い位置から振り下ろされて――。
「(……ストレートだ!)」
俺はバットを振り抜くと、激しい金属バットの音と共に、打球は右中間を貫いていった。
「ゴーゴー! 二塁いけるよ!」
一塁コーチャーの野本が腕を回す。
俺は二塁に到達すると、悠々とオーバーランして、送球の行方を見送った。
「しゃあっ!」
夜空の下で、柄にもなく吠えた。
俺は負ける気なんて微塵もない。コールド負けなんて真っ平ごめんだ。
先ずはこの回に1点返す。そして、この試合も延長に持ち込んで――最後に勝つ。
富士谷000 00=0
東山菅300 03=6
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎、板垣―仙波