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65.それは名判断か迷判断か

都大三000 100 000=1

富士谷000 000 00=0

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤

 9回裏、無死一二塁。

 守備のタイムが取られた所で、瀬川監督は駒崎、中道、芳賀の名前を呼んだ。

 恐らく、彼らの中から一人を選んで、近藤に代打を送るのだろう。


「……もし打席に立ったとしてだ。君達なら宇治原の何を狙うかね」


 瀬川監督は小さな声で言葉を溢した。

 160キロ右腕に対しての狙い球。この回答次第で人選を決めるのだろうか。


「外角高めのストレートですね。ここは一番打ちやすく、失投で抜けて来易いコースなので」


 真っ先に答えたのは駒崎。迷いのない口調でハキハキと答えている。

 個人的には彼で間違いない。他よりも試合経験が多く、延長に突入してもそのまま捕手に入れる。


「えっと……自分は内角っす。一塁は空いてるのでガンガン攻めてくると思うんですよね」


 続けて答えたのは中道。少し戸惑いながらも言い切った。

 彼は福生戦でこそ活躍したが、試合経験が少なく試合勘に乏しい。

 ただ、福生戦の一打があったからこそ、再び期待したくなる心理にも頷ける。


「じ、自分は……来た球を打ちます」


 そして――最後に答えた芳賀は、あまり考えていない様子だった。

 個人的に芳賀はナシだと思っている。大差試合では積極的に起用されているものの、結局のところ投打で数字を残せていない。

 ましてや単打で良い状況、未完の大砲でガチャを引く場面ではないだろう。


「うーむ……」


 瀬川監督は顎に手を当てて悩んでいる。

 一方、都大三高のタイムは終わっていて、畦上先生がバントのサインを出していた。


 あまり考える時間は残されていない。

 そんな中、瀬川監督が出した結論は――。


「よし、芳賀で行こう」

「うっす!」


 瀬川監督はそう告げると、芳賀は大きな声で返事を返した。

 力強くバットを引き抜いて、ドスドスとネクストに向かっていく。


「瀬川さん……なんで芳賀なんですか? ここは無難に駒崎でしょう」


 ふと、横にいた畦上先生が言葉を溢した。

 まさに俺が言いたかった台詞。低打率で狙いも絞れていない打者を選ぶなんて、流石に迷采配と言わざるを得ない。


「……ただの直感だな。何故だろう、あのバッテリーから打てるとしたら、駒崎でも中道でもなく芳賀な気がしてしまった」


 瀬川監督はグラウンドを眺めながらそう語った。

 これが長年監督を務めてきた名将の「勝負勘」というモノなのだろうか。

 それが吉と出るとは限らないが、どのみち俺は見守る事しか出来ない。


「わああああああああああ!!」

「ナイスバント!!」


 試合の方はと言うと、中橋が送りバントを見事に決めていた。

 地味に難しい一二塁からのバント。これが決まったのは非常に大きいと言える。


『8番 近藤くんに代わりまして、ピンチヒッター 芳賀くん。背番号 10』


 一死二三塁、一打サヨナラの場面で迎えたのは、瀬川監督の直感で選ばれた芳賀だった。

 アフリカンシンフォニーの音色が響く中、185cm90kgの巨漢が左打席でバットを構える。


「(……なんも考えてねーな。読めない打者は厄介だけど、ただ無策な打者は怖くねえっつーの)」


 木更津は淡々とサインを出している。

 宇治原はセットポジションに入ると、白球を力強く振り下ろした。


「ットライーク!!」


 芳賀は振り遅れてストライク。木更津はテンポよく返球している。


「(また外角でええんか。まあ打たれる気せーへんしな)」

「(せっかくのボーナスステージだからな。四死球のリスクは取らねえよ)」


 二球目、宇治原は即座にセットポジションに入った。

 1年生に対して大人気ない。落ち着く時間すら与えず、速やかに腕を振り下ろして来る。


「ファール!」


 芳賀は何とか食らいつくと、打球はバックネットに飛んでいった。

 あっという間にツーストライク。ベンチの選手達は必死に声援を飛ばしている。


「(今のを当てるか。ま、この分じゃ縦スラにはクルクルだろうな)」


 三球目、木更津は外角低めにミットを構えた。

 フレーミングで入れるストレートか、それとも縦横どちらかのスライダーか。

 分からない。分からないけど――今は未完の大器を信じるしかない。


「(カウント有利やしな、ツーバンする覚悟で投げるで)」


 宇治原はセットポジションから腕を振り下ろす。

 放たれたのは――低めから鋭く落ちる縦スライダー。

 芳賀は手を出しかけるも、なんとかバットを止めていた。


「ボール!!」

「おお〜……」

「よく見た!!」


 判定はボール。客席からは安堵の息が漏れている。

 木更津はスイング判定すら求めず、早々に球を返していた。


「(意外と見れるんだな。じゃ、これならどうよ)」


 四球目、木更津の構えは真ん中高めのボール球。

 この時代に横行していた、高めの釣り球で「一球外せ」である。


 木更津は無意味な球を使わないタイプだ。

 そんな彼が、釣り球を要求するという事は――芳賀は「その程度」だと捉えられたのだろう。


「(見逃されたら次はアウトローで取りに行きゃいいからな。間違っても真ん中には入れるなよ)」

「(釣り球は好きやで。結構みんな振ってくれるし、俺も投げやすいんよ)」


 宇治原はセットポジションから足を上げる。

 やがて腕を振り下ろすと――渾身のストレートは、構えた所より少し低めに吸い込まれていった。


 ほぼ要求通りの高めの釣り球。

 頼む、見逃してくれ――と思った時には、芳賀はバットを出していた。

 ギリギリで当てるも打ち上げている。高々と上がった打球は、前進したセンターの守備位置に落ちそうだった。


「ああ〜……」

「意外と伸びたけど……」

「落とせー!!」


 走者がスタートを切るには浅い当たり。

 センターの篠原は足を止めていて、一塁側スタンドからも落胆の声が漏れている。

 しかし――俺は()()()を見逃さなかった。


 センターの篠原はU―15日本代表の左のエースだ。

 そんな彼が外野に回っている理由は、肩肘の怪我で投手を断念したから。

 篠原に全力のバックホームは出来ない。事実として、準決勝でもイマイチな送球を披露していた。


 この場面を逃したら、次はヒットかエラーが必要になる。

 確率の高い選択を取るなら――ここでギャンブルに出るしかない。


「堂上!! 走れ!!」


 白球がグラブに収まった瞬間、俺は柄にもなく全力で叫んだ。

 三塁コーチャーの阿藤さんは止めてる――が、堂上は迷わずスタートを切った。


「(舐めやがって……クソが!!)」


 篠原は内野手のような素早い動きで、セカンドの町田に球を放っていた。

 町田も鮮やかな動きでバックホームする。その瞬間――木更津は走路を塞ぎに入った。


 この時代の高校野球にコリジョンルールは存在しない。

 故に、捕手のブロックや殺人スライディングも容認されているのだ。


「(……間に合う!)」


 木更津は白球を捕球すると、迷いの無い動きでミットを足元に流していった。

 ちょうどスライディングの走路となる場所。仮に避けて滑り込んだとしても、手に当たる完璧なタッチだった。

 そう、もしスライディングで滑り込んでいたら――。


「わあああああああああああああ!」

「えええええええええええええ!?」


 大歓声に包まれる中、堂上は流れるような動きで飛び上がった。

 なんてことはない、低く構えた木更津に対して、上から避けるという選択を取ったのだ。


「(……はぁ!?)」


 堂上は木更津の頭に左手を付くと、そのまま飛び越えて着地する。

 そして――。


「……セーフ!!」

「すげええええええええええええ!!」

「漫画かよ……」


 主審の両腕が横に広がり、同点のホームインが認められた。


「ナイスラン。まさか上から避けるとはな」

「言っただろう。必ず帰ってくるとな」


 帰ってきた堂上と拳をぶつけ合う。

 本来、捕手の上を飛び越えるホームインは、数年後のメジャーリーグで起きる事案。

 堂上は未来を知らないにも関わらず、未来の出来事を先取りしてしまったのだ。


 このプレーを紐解いていくと、堂上と木更津の体格差にあるのかもしれない。

 堂上の方が7キロほど重いので、接触したら木更津は飛ばされる可能性がある。

 故に、意図的にブロックするとなると、体勢を低くして衝撃に備える必要があった。


「(あー、クソい……。まさか俺ともあろう者が逆を突かれるとはな。やっぱ表情ねえ奴は苦手だわ)」

「(今のは俺悪くないやろ……。当たらんといてくれや)」


 木更津は強めに返球を返していた。

 思わず笑みが溢れてしまう。今日は散々踊らされていたが、名采配と名プレーで一泡吹かせる形となった。

都大三000 100 000=1

富士谷000 000 001=1

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤


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― 新着の感想 ―
[一言] U-18で大阪桐蔭の森がアメリカ人にバンバンぶっ飛ばされたことがありましたね・・・
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