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62.五感の帝王

都大三000 100 00=1

富士谷000 000 0=0

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤


 俺――木更津健人は、人よりも五感が冴えていた。


 五感とは何か。

 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の5つの感覚の総称である。

 生命に備わった感覚機能。その全てが、昔から人よりも優れていた。


「田中テメー、俺のペン勝手に使っただろ」

「え、なんで分かったん……?」


 例えば視覚。遠視能力は勿論、ミリ単位の変化にも敏感である。

 記憶力にも自信があるので、モノの変化というのは気付きやすい。


「ちょっと木更津! 真面目に歌ってよ!!」

「(コイツ生理か、めんどくせぇ)」


 例えば嗅覚。その気になれば直近の食事すら当てられる。

 あと不本意ながら、生理や朝オナしてきた奴も見抜けてしまう。


「木更津こえーよな。なんでも見抜いてくるし、アイツ超能力者なんじゃねーの?」

「そんな非科学的な事あるわけ……」


 例えば聴覚。近場のヒソヒソ話は全て筒抜けである。

 盗み聞きは得意中の得意。学校の噂話はだいたい網羅していた。


 ……と、全てのエピソードを挙げたらキリがないが、五感が冴えていると便利な事は多い。

 そして――この優れた五感というのは、対人関係で応用する事が出来る。


 俺は五感で人を見てきた。

 だからこそ分かるけど、人は考えた時に何かしらの変化が起こる。

 視線、表情、鼓動、小言、仕草etc……。それらの動きを五感で感じて、俺は期待に答えたり、あえて裏切ったりしてきた。


 この奇特な特技は、学校生活を送る上で大いに役立った。

 それは勉強や人間関係は勿論、部活動――つまり野球も当て嵌まる。



 時は戻って西東京大会の決勝戦。

 8回裏、二死一三塁という場面で、4番の柏原竜也を迎えていた。

 彼は右打席でバットを構える。その一連の動きを、俺は隅々まで緻密に見届けた。


 ルーティーン、立ち位置、視線の動き、体の向き、握りの強さ、鼓動の速度、そして表情。

 ミリ単位の動きも見逃さない。分かり易い人間ほど、これらの動きで大凡の狙いが分かるからだ。

 勿論、俺は超能力者ではないので、あくまでも「大凡」に過ぎないが。


 基本は定石通り。

 それでいて、柏原の打ち気を察した俺は、変化球から入るよう組み立てた。


 一球目は空振り、二球目は見送られてボール。

 まだ柏原の目線が僅かに高いので、三球目は外角低めのストレートを要求した。

 これはミットずらしが成功してストライク。宇治原は高さがアバウトなので、高低で絞られると困るのが本音だったりする。


 さて、有利なカウントで追い込んだ。

 次は対角線でも変化球でも良い。ボール前提なら同じ球もアリだろう。

 そんな事を考えていると――。


「……タイムお願いします」


 と、ここで柏原は靴紐を結び直した。

 その動きを、俺は後ろから淡々と眺めて観察する。


 俺には分かるけど、このタイムは余裕の無さの表れだ。

 土壇場で間を取って悪足掻き。切羽詰まった選手にありがちなムーブである。

 もう一つ、柏原はバカではないので、この間に「狙い球」を探っているに違いない。


 藁にもすがる思いで、俺のリードというモノを解析しているのだろう。

 本来、ベンチでやるべき打撃の考察。しかし、投球で精一杯だった柏原にとって、その時間は皆無に等しかった。


 だから今になって考えている。

 そして――その表情や構え方を見るに、傾向か規則性を見つけ出せたに違いない。


 基本的に「大凡」でしか分からないが、こういうアクションがあると確信に変わる。

 四球目は外角低めのストレート。今まで柏原には使わなかった、三球続けた同じコースだ。


 宇治原はセットポジションから腕を振り下ろす。

 コイツの制球は不安だったが……が、運良く構えた所に来てくれた。

 柏原は手が出せずにいる。俺は白球を捕らえると、外角低めギリギリで左腕を止めた。


「ットライーク! バッターアウト!」


 審判の右腕が上がって見逃し三振。

 正直、4番が柏原で助かった。野手出場でポーカーフェイスの堂上だと、こう上手くはいかなかっただろう。


 今まで俺は色んな評価をされてきた。

 キャッチングが良いだとか、選球眼が良いだとか、あとリードが上手いだとか。

 けど全部大外れ。それは数字を見ただけの評価か、印象で語られただけのクソい評価に過ぎない。


 俺の本当の長所はもっと内面にある。

 それは――優れた五感を使った読心術だ。

都大三000 100 00=1

富士谷000 000 00=0

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤


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