26.非情な現実
富士谷000 0=0
東山菅300 0=3
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎―仙波
1回裏、一死二塁のピンチを切り抜けると、2回裏は三者凡退で抑えた。
3回裏は堀江さんに安打を浴びるも、後続を抑えて無得点。
続く4回裏、一死から大崎さんに安打を許したが――。
「ットライーク! バッターアウッ!」
「(お、落ちた? サイドなのに……?)」
小寺さん、板垣さんを連続三振で打ち取り、この回も一塁残塁となった。
これで三振は6個目。スプリットは決め球でしか使っていないが、今のところは十分に通用している。
一方で、富士谷打線は4回を終えて散発の4安打、全て単打で四死球もゼロ。数字以上に1点が遠い。
球数は4回を終えて78球を稼いだが、大崎さんに変化はない。
5回表、富士谷の攻撃は、8番セカンドの2年生・阿藤さんから。
そろそろ突破口を開きたい所だったが、阿藤さんは呆気なく三球三振に倒れてしまった。
続く打者はラストバッターの京田。
2球で簡単に追い込まれるも、3球目、4球目とファールで粘っていく。
「陽ちゃんナイカットー!」
「球見れてるよー!!」
カットと言うよりは、非力すぎてフェアゾーンに飛ばないだけなんだけど、結果的に球数は稼げている。
しかし、ヒットが出る気配はまるで無い。計8球を稼ぐも、最後は力無いピッチャーフライで打ち取られた。
そして――。
「ットラーイク!! バッターアウトッ!」
慎重に球を見た野本は、呆気なく見逃し三振で終わった。
京田にもボール球を使わなかった辺り、耐球に気付かれたのだろうか。
もし、球数を気にして勝負を急いでるのなら面白いが……果たしてどうだろうな。
5回裏、東山大菅尾の攻撃は、1番の奥原さんから。
群馬出身の左打者。176cm68kgとスラッとした体格の2年生で、来年には東京ナンバーワン二塁手と呼ばれる選手になる。
とは言っても、飛ばす力はそんなにない。速い球で詰まらせよう。
そう思って内角の直球で勝負したが、奥原さんは腕を器用に畳むと、一二塁間を破る打球を放った。
くそ、流石に上手いな。
2番の林さんは無難に送った。これで一死二塁。
続く堀江さんは本日2安打と当たっている。
少し厳しめに攻めるも、セカンドへの強烈な当たりを、阿藤さんは弾いてしまった。
判定はヒットで一死一三塁。エラーみたいなもんだが……気にしても仕方がない。
『4番 サード 小野田くん 背番号 5』
ブラスバンドが奏でる菅尾Mixと共に、右打席に入ったのは、プロ注目のスラッガー・小野田さんだった。
178cm92kg。高校通算58本塁打。外の球をレフトスタンドに叩き込む力があり、投げても140キロを記録する。
カタログスペックは半端ではない。
ただ俺は――俺だけは、この選手の弱点を知っている。
一球目、近藤は内角低めにミットを構えた。
弱点については打ち合わせ済み。「なんでそんな事知ってるんだ?」という疑問には「俺は筋金入りの高校野球オタクだから」という設定で押し通している。
俺はボールを浅く挟むと、小野田さんの懐に投げ込んだ。
内角低めのスプリット。少し中に入ったが、見送られてストライクとなった。
二球目、フロントドアの高速スライダー。
体に向かっていく球に対して、小野田さんは背を向ける。白球はベース上に曲がっていくと、審判の右腕が上がった。
これでツーストライク。小野田さんは大袈裟にベースから離れた。
遊び球はいらないな。
3球目、外角低めいっぱいのストレート。
その立ち位置じゃ、この球は届かないだろ!
「ットラーイク! バッターアウッ!」
白球は構えた所に突き刺さると、小野田さんは無様に空振りを喫した。
完璧だ。いくら上位が打っても、4番がコレなら点は入らない。
二死一三塁、続く打者は山本さん。
182cm78kgと体格に恵まれた左の強打者だ。
一打席目は引っ張って二塁打。
二打席目はバックドアのスライダー、内に外れるスライダー、外のストレート、スプリットで三振を奪っている。
右サイドが苦手とする対左という事を考えても、やはり一番遠い球が鍵になるだろう。
近藤はアウトローに構えると、俺は小さく頷いた。
※
4番の小野田が三振に倒れると、此方に向かってトボトボと歩いてきた。
「亮司、けっこう速いぞ」
見りゃ誰でもわかる事を呟いて、彼はベンチに下がっていく。
その背中を見て、俺は思わず舌打ちしてしまった。
俺の名前は山本亮司。
西東京の強豪・東山大菅尾の5番打者を勤めている。
そして、この4番のクソデブこと小野田の事が好きじゃない。
もっと正確に言うなら、彼を評価している世間の事が好きじゃない。
U-15日本代表。高校通算58本塁打。投げても140キロ。
肩書きと数字は素晴らしいんだろうが、俺のほうが打率は良いし、公式戦の本塁打数は大差無い。
それなのに、世間は小野田ばかりを評価する。控え目に言って意味がわからねえ。
『5番 ライト 山本くん 背番号 9』
左打席に入る前、バックネット裏を脇見した。
プロのスカウトが3人ほど来てる。目的は小野田か、それとも鵜飼か。まさか金城なんて事はないだろうな。
だとしたら笑えねえ。どいつもこいつも肩書きばかり見やがって。くだらなすぎて反吐が出る。
息を吐いて打席に立つと、マウンドには1年生の柏原竜也が立っていた。
コイツもまた、ご立派な肩書きをお持ちらしい。
ここまでは好投しているが……気に食わねぇな。
こっちは地元を離れて2年半、血を吐くような努力を重ねてきたんだ。
才能任せの1年坊主に潰されてたまるかよ。
柏原は右のサイドスロー。
左打者の俺に対して、小野田に見せたような内角攻めを仕掛けるとは思えない。
制球も良いみたいだし、予想外の逆球も期待できないだろう。
という事で、外角低めのストレートに一点張りだ。
他の球は全部捨てる。どうせどっかで投げてくるだろ。
柏原はセットポジションから球を放った。
横から繰り出される直球は外角低めに――きた、しかも甘い……!
「(もらいっ!!)」
俺は一瞬でバット振り抜いた。
その瞬間「カキーンッ!」と、ありきたりな、けど激しい音がグラウンドに響いた。
「わぁ~!!!」
「マジかー!!」
それと同時に歓声が沸き上がった。
俺が放った大きな打球はグングンと伸びていく。
やがてレフトが諦めると――白球はレフトスタンドに突き刺さった。
「へへっ、初球からかよ」
スカウト達に見せつけるように右腕を上げて、俺はダイヤモンドを一周した。
残念だったな1年、そして――金城孝太。この試合は7回で終わりなんだよ。
富士谷000 00=0
東山菅300 03=6
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎―仙波