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61.二刀流の欠点?

都大三000 100 00=1

富士谷000 000 0=0

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤

 8回裏、二死一三塁。

 一打同点の好機を迎えた所で、都大三高は守備のタイムを取った。


「次は柏原か。多少は抜いてもいいから構えた所に投げろよ」

「それが簡単に出来たらストラックアウトっちゅー競技は存在せんで」

「9分割なんて期待してねーから安心しろ。ざっくりでいい、逆球だけはマジでやめろ」

「(それが出来たら苦労せんのや……)」


 その様子を、俺は右打席の後ろから見守る。

 会話までは聞こえない。都大三高はどんな会話で気持ちを切り替えているのだろうか。


「まー落ち着けよ。富士谷の連中はもっと楽しそうにタイム取ってたぜ?」

「あいつらは女子マネの話で盛り上がってんだよ。羨ましい限りだわ」

「偏見やなぁ」

「あははは! 銀河系最強軍団に雌のマネなんて不要だよ! 男の方がやれる事は多いからね!」

「お、おう」

「ソウダネ」

「せやな……」

「(クソい……つーか口元にグラブ当てろや)」


 内野陣がヒソヒソと会話する中、木田の声だけはハッキリと聞こえた。

 都大三高の選手達は顔を歪めている。俺には分かるけど、全力で否定を示している表情だった。


「……ま、春夏連覇すりゃモテにモテまくんだろ。そうすりゃ関係ねえわ」

「せやせや。ビッグになればええんねん」

「っし、絶対に抑えようぜ。青春のついでに野球してる連中に負けてたまるかよ」

「っしゃー! やってやろうぜー!」


 長いタイムが終わると、都大三高の内野陣は守備位置に散っていった。

 程なくして、ブラスバンドが奏でる「さくらんぼ」の音色が聞こえてくる。


『只今のバッターは、4番 ピッチャー 柏原くん』


 ウグイス嬢のアナウンスと共に、俺は右打席でバットを構えた。

 8回裏、1点ビハインド、二死一三塁。俺が決められる最後のチャンスに違いない。


 さて、初球は何で来るだろうか。

 この回は荒れていて、かつ変化球から入るシーンが増えている。

 ただ四球の後だからこそ、初球は入れてくる可能性も否めない。


 最速159キロ右腕の打てる球は限られている。

 ここは入れてくる可能性に賭けて、初球から甘い球を狙ってみよう。


 一球目、宇治原は速い球を振り下ろした。

 やや内に入った甘い球。俺はバットを出しかけるも、白球は鋭く落ちていった。


「ットライーク! スイング!」


 縦スライダーに対してバットを止めるも、ハーフスイングが取られてストライク。

 これは仕方がない。追い込まれるまでは辛抱強く失投を待とう。


「(いいから低く来いよ。捕れない球だけはNGな)」

「(そんな簡単に低めに投げられたら苦労せんて)」


 二球目、宇治原は外スラを放ってきた。

 俺は悠々とバットを止める。白球はワンバウンドしてボールになった。


 二球続けての変化球。そろそろストレートで来るだろうか。

 もしコースを絞るなら内角だが――今日は全て裏目に出ているので、失投狙いは変えずに待ち続ける。


「(ここは投げ易いだろ。頼むぜノーコン)」

「(ほな全力で行くで)」


 三球目、宇治原はセットポジションから腕を振り下ろした。

 恐ろしく速いストレートは、外角低めに吸い込まれていく。

 これは遠い――と思ったのも束の間、木更津は枠いっぱいの所でミットを止めた。


「ットライーク!!」

「おおおおお!!」

「160キロきたー!!」


 木更津お得意のフレーミングが決まってストライク。

 客席は騒がしく響よめいている。ふと球速表示を見上げると「160km/h」と表示されていた。


 高校2年生で160キロ。当時としては恐ろしく異常な速さである。

 いや――10年後だとしても、日本中から騒がれる数字に違いない。


 くそ、またしても追い込まれてしまった。

 まだカウントは相手が有利。次はボールになる変化球か、或は「無敵ゾーン」を続けてくるか。


 ただ、ここで変化球や外角低めに絞るのはリスクを伴う。

 もし内角高めの160キロが来た場合、差し込まれて当てる事すら儘ならない。

 かと言って自由に振っても、ヒットを打てる可能性は限りなく低いだろう。


「……タイムお願いします」


 と、ここで冷静にタイムを要求すると、右足の靴紐を指で引いた。

 せめてもの時間稼ぎ。この間に木更津の配球を振り返ろう。



・1打席目

真中 真中 ストレート 見逃し(打つ気なし)

内角 高め ストレート 見逃し(外角ストレート狙い)

内角 真中 スライダー 見逃し三振(高めのストレート狙い)


・2打席目

外角 高め ストレート 見逃し(内角狙い)

内角 高め ストレート レフトフライ(狙い球なし)


・3打席目

外角 低め 縦スライダー 空振り(外角ストレート狙い)

外角 高め ストレート ファール(内角ストレート狙い)

内角 低め 縦スライダー ボール(狙い球なし)

外角 低め ストレート 見逃し三振(狙い球なし)


・4打席目

内角 真中 縦スライダー 空振り(甘い球狙い)

外角 低め スライダー ボール(甘い球狙い)

外角 低め ストレート ストライク(内角ストレート→甘い球狙い)


 ここから規則性を読み取ると「2球までは同じコースを続ける事が多い」「3球は絶対に続けない」「同じ変化球は続けない」という部分だろうか。

 それと偶然かもしれないが、狙い球が一球遅れで来るパターンが多い気がする。


 となると――絞るなら次は内角のストレートだ。

 追い込まれてから絞るのは勇気がいる。しかし、この怪物を打つ為にはやるしかない。


「(……バッテリーって大変だよな。投球優先で考えなきゃいけねーから、打撃を振り返る時間が限られてくる。

 だからこそ――4番ピッチャー、4番キャッチャーは賛成できねぇ。ドツボにハマるとクソ化するからな)」


 後ろからミットを叩く音がした。

 四球目、宇治原はセットポジションに入る。俺は雑念を全て捨てて、内角の球だけに神経を研ぎ澄ませた。


 外れそうなら止める、打てそうなら振り切る。

 それ以外は何も考えない。そう心に決めてテイクバックを取った。


「(これで三振や、頼むで先生)」


 マウンドの宇治原は左足を上げる。

 そして腕を振り下ろすと――その瞬間、俺の頭は真っ白になった。


「なっ……!」


 思わず目を丸めてしまう。

 剛腕から振り下ろされた四球目。恐ろしく速いストレートは――外角低めに吸い込まれていった。

都大三000 100 00=1

富士谷000 000 0=0

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤

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