59.最後の魅せ場
都大三000 100=1
富士谷000 000=0
【三】宇治原―木更津
【富】柏原―近藤
7回の攻防はお互いに三者凡退で終わった。
残す攻撃も僅か2回。にも関わらず、突破口は見えていない。
『8回表 都東大学第三高校の攻撃は、1番 センター 篠原くん。背番号 8』
8回表、都大三高の攻撃は篠原から。
U―15日本代表で左のエースだった逸材が、外野手として左打席に入った。
「(さーてと、スプリット来る前に打たせてもらうぜ)」
篠原は楽な構えでバットを握っている。
フォームに無駄な力みが無い。流石は元世代最強左腕、野手としてもセンスの高さが窺える。
一球目、近藤のサインはバックドアの高速スライダー。
俺は要求通りに投げ込むも、篠原は綺麗な流し打ちを披露した。
「フェア! フェア!!」
「わあああああああああ!!」
打球はレフト線ギリギリに落ちていった。
その瞬間、三塁側から大歓声が沸き上がる。
篠原は迷わず一塁を蹴ると、そのまま二塁に滑り込んだ。
「セーフ!!」
中橋は二塁に投げるも間に合わず。
無死二塁。ハイセンスなリードオフマンの一打で、久々のピンチを招いてしまった。
「かっしー、一つずつな〜」
「一塁空いてりゃ問題ないっす。打者勝負で行きましょう」
「サードに打たせていいぜー!」
内野陣からの励ましに、俺は軽く手を上げて反応する。
問題は4番の木田哲人だ。彼を敬遠できるシチュエーションを作りたい。
続く打者は2番の町田。ここは手堅く送ってきた。
無難に決めてきて一死三塁。外野フライでも1点の場面で、今日ヒットを放っている荻野を迎える。
次の一点は致命傷だ。徹底して厳しい所を狙っていきたい。
そう思ったのだが――。
「……デッドボール!!」
「っしゃー!」
三球目が体を掠めて、デッドボールの判定が下されてしまった。
俺は帽子を取って頭を下げる。荻野は元気よく一塁に向かうと、ベンチから渡辺が飛び出してきた。
「監督から。ホームスチールされるかもだから、あの大袈裟な敬遠やめた方がいいって」
内野陣が集まるや否や、渡辺の口からはそう告げられた。
三塁走者は俊足の篠原。あまり大きく外しすぎると、ホームスチールされる恐れは十分にある。
「じゃ、普通に敬遠する?」
「アイツは普通の敬遠球なら打つぞ」
「えぇ……もう勝負するしかねーって事かよ」
「まだスプリット投げられるでしょう。ここは出し惜しみ不要っすよ」
選手達はヒソヒソと言葉を交わしている。
そんな中、鈴木は「あ、そうだ」と言葉を溢した。
「俺、なっちゃんの貴重なパンチラ見たことあんだけど――」
「はい解散!!」
京田や津上が「詳しく」と言っていたが、強引に守備位置に戻らせた。
鈴木は本当に女しか見てないな。いや、夏美の下着はSR級だから気になるけども。
『只今のバッターは。4番 サード 木田くん』
一死一三塁、打者は木田哲人で試合は再開された。
敬遠球も打てる無敵の強打者は、軽い足取りで左打席に入っていく。
「う〜ん、タイムという名の執行猶予……実に尊い時間だったね!」
木田はケラケラ笑うと、バットをグルグル回してから構えに入った。
彼は尊さを勘違いしている。もっとこう……女性同士の微笑ましい愛が垣間見えるモノだと言うのに。
さて、初球はスプリットから入ってみるか。
この球は木田に打たれていない。現状、安全にストライクを取れる唯一の手段だ。
一球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
白球は手元で鋭く落ちていく。その瞬間、豪快かつ繊細なスイングが襲いかかってきた。
「ファール!!」
「ああ〜……」
「おおー……」
打球はライト線、僅かに切れてファール。
飛騨の天才は初球から捉えてきた。サイドスローから放つスプリットを。
「いい! 凄くいいよ! やっぱ真剣勝負は決め球じゃないと! あー楽し!」
木田は聞こえる声で叫んできたが、当然ながらスルーさせて頂いた。
二球目は内を突くストレート。この球も木田には打たれた事がない。
俺はセットポジションから左足を上げる。
そして流れるように着地すると、渾身の力で右腕を振り抜いた。
白球は構えた所に吸い込まれていく。しかし――。
「(あーあ、残念だなぁ。これで終わりだね♪)」
木田はフルスイングで捉えると、鮮やかな動きでバットを投げ捨てた。
球場から大歓声が沸き上がる。夏空に打ち上がった超特大の飛球は、ライトのポール際に飛んでいった。
もはや高すぎてポールを巻いたかも分からない。
果たして、駆け付けた一塁審の判定は――。
「…………………ファール!!」
「ええ〜」
「やばっ」
推定140mの当たりは、運良くファールのジャッジが下された。
今のは危なかった。正直、終わったとすら思わされた。
「うーん、少しタイミングが早かったかな? ま、次で楽にしてあげるから待っててね!」
サイドスローからの148キロを「待てなかった」だなんて、一体どんな動体視力をしているのだろうか。
しかし、0ボール2ストライクと追い込んだ。カウントでは優位に立っている。
「(引っ張りに意識がいってるし外か?)」
近藤のサインは外のサークルチェンジ――だったが、俺は首を横に振った。
木田にそういうのは通用しない。もうスプリットで勝負する以外、勝つ方法は無いと思っている。
三球目、俺は少しだけ深めに挟み込むと、渾身の力で腕を振り抜いた。
見逃される覚悟で放ったスプリット。白球は鋭く、そして深く落ちていった。
「(これだよこれ! こういうのでいいんだよ!)」
狙い通り、木田はバットを振り抜いてくる。
しかし――彼は繊細なバット捌きで、ほぼワンバウンドに近いスプリットを捉えてきた。
「わああああああああああ!!」
「おおおおおおおおおおお!!」
嘘だろ――と思った頃には、既に大歓声が沸き上がっていた。
恐ろしく鋭い打球が一二塁間に飛んでいく。そして――。
「……ア、アウトォ!!」
横っ飛びをした阿藤さんは、グラブの先で白球を捕らえていた。
セカンドライナーでツーアウト。それだけではない、各ランナーも飛び出している……!
「やべっ……!」
「アウト!!」
阿藤さんは一塁に送ってスリーアウト。
3年生が魅せた渾身のファインプレーで、一死一三塁、打者木田哲人のピンチを凌いだ。
「阿藤さんナイスっす!」
「マジ助かりました。最高のプレーでしたよ」
「ははっ、最後に役に立てて良かったよ……」
阿藤さんは最後まで自信なさげに謙遜していた。
8回裏の攻撃は9番の阿藤さんから。つまり、ここで阿藤さんは交代する事になる。
彼は凡百の選手ながらも、数少ない上級生として本当に頑張ったと思う。
だからこそ――と言う訳ではないけれど、逆転して甲子園のグラウンドに立たせたい。
都大三000 100 00=1
富士谷000 000 0=0
【三】宇治原―木更津
【富】柏原―近藤