57.凡百の選手
都大三000 1=1
富士谷000 =0
【三】宇治原―木更津
【富】柏原―近藤
4回裏、5回表は三者凡退に終わった。
依然として1点ビハインド。6回表は木田に回るので、この回で追い付きたい所である。
しかし、5回裏の攻撃は8番の近藤から。
悲しいくらい期待できない。もはや無得点は約束されたも同然だろう。
「おお!」
「あー、惜しい!」
その近藤は、三球目を打ってライトフライになった。
どう見ても差し込まれた当たり。一応、ランニングキャッチにはなったので、ポテンヒットは僅かながらに期待できそうだ。
『9番 セカンド 阿藤くん。背番号 4』
「お、お願いしゃす!」
むしろ――今日に限っては、阿藤さんの方が打てる気配が無かった。
阿藤さんは速球に弱い。ずっと低いレベルで野球をしていたので、17歳まで140キロ超を打つ練習をして来なかったのだ。
「(一応、近藤でも当たってるのに俺ときたら……)」
阿藤さんは自信なさげにバットを構えている。
しっかりしてくれ3年生……と思いながら、主将代行の打席を見守った。
※
満員に近い明治神宮野球場では、無数の視線が右打席に集まっていた。
俺は今、東京の高校野球の中心にいる。信じられない事だけど、俺は確かに右打席に立っていた。
まさかこんな日が来るとは……。人生は何があるか本当に分からない。
俺は阿藤智樹。
どこにでもいる普通の高校球児……だと思う。
強豪校で通用する実力はなく、かといって初戦コールド負けの常連にも見合わない。
恐らく、高校球児のボリューム層に当たる「凡百の選手」だと思っている。
俺は昔からずっとそうだった。
小学校の野球チームは下位の常連。中学で入った学校の野球部も、初戦突破は出来る程度の無名校だった。
一応、小中と主力だったけど――強豪校から声が掛かる筈も無く。
高校でも「無名チームの主力選手」として、無難な野球人生を送る予定だった。
その筈なのに――。
『かっしー。ぶっちゃけ、どこまで勝つつもり?』
『んなもん決まってるだろ、優勝しよう』
去年の夏、柏原達の入部により、富士谷の目標は甲子園出場になった。
にわかには信じられなかった。正直、冗談だとすら思っていた。
しかし、孝太さんや後輩達の活躍で、富士谷は西東京ベスト8という偉業を果たした。
正直、嬉しかった。レギュラーとして試合に出てて、チームも結果を残せたから。
その後も、富士谷は順調に強くなっていった。
強くなればなるほど勝ち上がり、強い相手と戦うようになってくる。
当然、投手は豪速球を投げてくる訳だけど――そこで俺は気付いてしまった。
ここに一人、たぶん場違いな選手がいると。
「ットライーク!!」
手が出ない。目にも留まらぬ速さに反応できない。
「ットライーク! ツー!」
当たらない。振り遅れているのか、振る場所が違うのかも分からない。
「……ットライーク! バッターアウト!!」
球を見れない。150キロ台中盤の豪速球を前に、俺は呆気なく空振り三振に倒れた。
西東京大会決勝という、野球に人生を懸けた男達が集う舞台。
そこに凡百の選手が混じった所で、戦いについて行けないのは明白だった。
勝ち上がるに連れて薄々と勘付いていた。
ドラ1クラスの投手を前にして、その疑惑は確信へと変わってしまった。
この舞台に、俺という選手はあまりにも場違いである――と。
「(……言おう)」
俺は重い足を動かして、速やかにバットを片付けた。
その横では、瀬川監督が困った表情で腕を組んでいる。
凡百の選手である俺が、主将代理としてチームに出来る事。
大勢の同級生が退部しても、野球を諦めなかった俺に出来る事。
優秀な後輩に怯えながらも、レギュラーに拘り続けた俺に出来る事。
それはもう――一つしかない。
「監督、全く打てそうないので……交代して欲しいです」
俺は瀬川監督の横で、そう声を振り絞った。
都大三000 10=1
富士谷000 0=0
【三】宇治原―木更津
【富】柏原―近藤