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56.女子マネ嫉妬打法

都大三000=0

富士谷000=0

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤



 ほぼ満員の明治神宮野球場は、少しばかり静かになっていた。

 ブラスバンドの音色も響いていない。その理由は他でもなく、守備のタイムが取られたからである。

 伝令の田村さんを含めた内野陣は、マウンドを中心に輪を作っていた。


「監督から。1点もやりたくねーってよ」

「……でしょうね。こっちも打ててないですから」


 瀬川監督の意向を田村さんが口にする。

 データ上では非効率とされている前進守備だが、この展開ではやむを得ない選択だ。

 現状、1点すら取れるか怪しい展開で、1点を捨てに行く選択は取れない。


「大島さんは三振狙いましょう。そしたら二遊間はゲッツーシフトに戻れるんで」

「確かに。なんなら雨宮も三振でいいぜ」

「そう簡単に取れたら苦労しないんじゃ……」


 津上、京田、阿藤さんが言葉を続ける。

 京田は冗談のつもりだろうが、阿藤さんに渾身のマジレスを返されていた。


「あ〜、俺からも一ついい?」


 続けて鈴木が言葉を挟んでくる。

 彼は野球に関しては意外と冷静だ。何が名案があるのだろうか――。


「今日の琴ちゃん、白のブラっぽかったよな〜」

「それ今話す事じゃないな???」


 その瞬間、俺は思わずツッコミを入れてしまった。

 いや……俺も薄々勘付いていた事ではある。だってYシャツから少し透けてたもの。

 けど今じゃない。それを思い出すのは夜なんだよ。


「恵は今日も水色だったよなー」

「あの人は水色星人ですからね。パンツも100パー水色系っすよ」

「恵ちゃんはな〜。そーいや、なっちゃんの誰か見た?」

「夏美さんは透けないっすね。二人よりガード硬いっす」

「てか必要ないんじゃね?」

「ぶふぉっ! ウケるわ〜、本人に言ってやろ〜」

「はいはい、もう解散。とっとと守備つけや」


 話が盛大に脱線したので、俺は強引に撤収させた。

 いくら緊張を解す為とはいえ、下半身が緊張する話題はナンセンス過ぎるだろう。


 ちなみに、琴穂はオシャレに関しては几帳面である。

 下着の色も合わせていると思うので、恐らく今日は下も純白……って、何を考えているんだ俺は。

 鈴木のせいで雑念しかない。打たれたら全部チャラ男のせいだな。


『只今のバッターは。5番 ファースト 大島くん』

「(ニヤニヤしてっけど、いったい何を話してたんだ……)」


 長かったタイムが明けると、5番の大島が右打席に入った。

 無死一三塁、外野フライでも1点の場面。三塁側スタンドからは、都大三高のオリジナルチャンステーマが流れている。


 大島の第一打席は特大のレフトフライ。

 あの当たりを打たれたら犠牲フライだ。今回は三振ないし内野ゴロを狙っていきたい。


「ボール!」

「ファール!!」


 一球目、外スラは見逃されてボール。

 二球目、外角低めのストレートは後ろに飛んでファール。

 徹底的に膝下を狙って、低く低くと投げ込んでいく。


「(そろそろ釣っとくか?)」


 三球目、近藤のサインは内角高めのストレートだった。

 どこかで混ぜたい球ではあるが、前回の特大フライが頭を過ってしまう。

 ……まだ早いな。次は久々のツーシームで、打ち損じの正面ゴロを狙おう。


「(外野フライで1点だからな。どこに来ても振り切んべ)」


 大島はどっしりとバットを構えている。

 俺はセットポジションから球を放ると、白球は外角低めに吸い込まれていった。


「(……打てる!!)」


 大島は迷わずバットを振り抜いてくる。

 白球は手元で僅かに沈んだが、金属バットは豪快な音を奏でた。


 それは――一瞬の出来事だった。

 大島の放った痛烈な当たりは、俺の真正面に迫ってきている。

 俺は咄嗟にグラブを出すも、白球は軌道を変えてショートに飛んでいった。


「荻野、ゴー!!」

「ショート!!」


 転々と転がる打球を見て、三塁走者の荻野はスタートを切っている。

 これは間に合わないかもしれない。そう思ったのも束の間――津上は素手で掴むと、そのまま素早くホームに投げた。


「…………………………アウト!!」

「おおおおおおおおお!!」

「うま! 1年の守備じゃねえ!!」


 際どいタイミングも本塁タッチアウト。

 津上のプレーも上手かったが、近藤のタッチも素早かった。

 今のは津上と近藤に感謝するしかない。


「(今のアウトかよ。納得いかねー)」


 一死一二塁となり、続く打者は6番の雨宮。

 彼は選球眼に難がある。この打席もボール中心で良いだろう。

 そう思ったのだが――。


「(またかよ……舐めんじゃねえ!!)」


 初球、雨宮は逃げるスクリューを打ってきた。

 ボール球を強引に引っ掛けた当たり。浅めのフライが京田の頭を越えていく。

 不味い――と思った次の瞬間、京田は海老反りのような姿勢で白球を捕らえた。


「アウト! アウト!!」

「おおおおお!!」

「よく捕った!!」


 連続好守で二死一二塁。

 鈴木の猥談が功を奏したのか、選手達は伸び伸びとプレーしているように見えた。


「(あークソい。運もあるし女子マネもいるし羨ましいな畜生)」


 さて、ここで迎える打者は木更津である。

 応援曲はダンシングヒーローだろうか。流石に世代じゃないので詳しくは存じ上げない。


「(取り敢えず初球は見るか。二球目のほうが確実に読めるからな)」


 木更津は迷わず左打席に入った。

 第一打席は外のスクリューを初球打ち。好守に助けられたが捉えられている。


 となると、先ずは真逆の内角で攻めてみるか。

 狙いは内角高めのストレート、最も勢いを感じる球である。


 一球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。

 白球は構えた所に吸い込まれる。木更津はバットを止めるが――。


「ットライーク!!」


 主審の右腕が上がってストライク。

 木更津は気にする事なく、淡々とバットを構え直していた。


「(続けるのは怖いな。空振り狙うか?)」


 二球目、近藤のサインは外角低めのサークルチェンジ。

 対角線かつ緩急を使って、空振りを狙う算段だろう。


 しかし、ここで俺は首を振った。

 木更津は定石を愛する選手。となると、二球目の緩急は読んでいるかもしれない。

 ここはバックドアの高速スライダーだ。対角線を使いつつ、高速変化で見逃しを狙う。


「(……柏原近藤バッテリーは同じ球を続けない。この傾向は余裕がない場面ほど顕著に出る。ただし、この様子だとテンプレ通りの配球は外してくるだろうな)」


 木更津は落ち着いてバットを構えている。

 俺はセットポジションから腕を振り抜くと、白球は構えた所に曲がっていった。


「(となると――内角ならチェンジ、外角ならスライダーあたり……ほらな)」


 その瞬間――木更津は迷わずバットを振り抜いてきた。

 捕らえた当たりはサードの頭上に飛んでいく。京田は渾身のジャンプを決めるが――。


「フェア! フェア!!」

「わああああああああああ!!」


 打球はグラブの先を越えて、レフト線に落ちていった。

 レフト線への綺麗なクリーンヒット。二塁走者の木田は三塁も蹴っている。


「カット!!」


 中橋は何とか長打を阻止するも、本塁はどう見て間に合わない。

 津上がカットして再び一二塁。木田は悠々とホームを踏んでいた。


「(ま、こんなもんよ。可愛い女子マネが沢山いる高校には絶対に負けねえ)」


 木更津は一塁上で淡々と手袋を外している。

 またも完全に読まれていた。やはりというべきか、この男の洞察力は尋常じゃない。


 まだ1点。しかし――この1点は非常に重い1点だ。

 続く宇治原は抑えたものの、絶対的王者を相手に先取点を許してしまった。

都大三000 1=1

富士谷000=0

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤

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