表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
252/699

54.無情なレベル差

都大三00=0

富士谷0=0

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤

『2回裏、都立富士谷高校の攻撃は、4番 ピッチャー 柏原くん。背番号 1』


 ウグイス嬢のアナウンスと共に、一塁側スタンドからは「さくらんぼ」の音色が聞こえてきた。

 2回裏、富士谷の攻撃は4番の俺から。主審に一礼してから右打席に入った。


「(ピッチャー対決やし、あんまイン攻めたくあらへんなぁ)」


 マウンドには最速159キロ右腕の宇治原。

 彼は185cmの長身から、木更津のサインを覗き込んでいる。


 さて、初球は様子を見てみるか。

 ここまで速い球は初めてになる。いきなり打てるとは思えない。

 先ずは「打席から見る159キロ」を観察したい所だ。


 一球目、宇治原はワインドアップから球を振り下ろしてきた。

 ストレートがド真ん中に入ってくる。俺はバットを出せずに見逃した。


「ットライーク!!」


 156キロの豪速球でストライク。木更津はテンポよくボールを返していた。

 これは……問キレとかそういう次元ではないな。一瞬でミットに吸い込まれてくる。


 次は振ってみたい所だが――果たして何処に何が来るだろうか。

 以前にも少し語った通り、俺は木更津のリードと相性が悪い。

 定石通り、という意味では一致している筈なのだが、どうも狙い球がすれ違ってしまう。


 ……あまり考え込む時間はないな。

 宇治原の制球を考えたらインは攻め辛い筈。外角低めは簡単には打てないので、消去法で外角高めに絞ってみよう。


 二球目、俺はテイクバックから少しだけ踏み込んだ。

 宇治原が振り下ろした球は――内角やや高めのストレート。

 懐に迫る豪速球に対して、俺は思わず体を引いてしまった。


「ットライーク! ツー!」


 ギリギリに決まってストライク。

 完全に逆を突かれる形で、早くも追い込まれてしまった。


 次は……この時代の定石通りなら一球外す筈。

 しかし、相手の捕手は聡明な木更津健太。無意味なボールを使うとは思えない。

 外すにしても逃げる変化球、或いは少し高い程度の釣り球だろう。


「(これで三振だな。低く投げろよ)」


 三球目、宇治原は速い球を振り下ろしてきた。

 またも懐に迫ってくる球。これは外れる――と思ったのも束の間、白球は鋭い変化で枠内に入ってきた。


「ットライーク!! バッターアウト!!」


 フロントドアの高速スライダーで見逃し三振。

 正直、全くと言っていいほど手が出なかった。


「かっしーがミノサンなんて珍し〜」

「全く合わなかったわ。とんでもなく速いし変化もキレるから絞ってけよ」


 ベンチに戻る際、ネクストに向かう鈴木と言葉を交わした。

 宇治原を攻略するのは容易ではない。甘い球に狙いを絞って、打てる球を確実に捉えたい所だ。


「(高えよクソノーコン。堂上は読めねーから、とにかく低く来いよ)」


 木更津は強めに返球すると、5番の堂上が右打席に入った。

 外野は極端な後進守備。堂上は思考停止で飛ばすと思われているのだろう。


「おお!」

「ラッキー!!」


 しかし、打ち損じたフライはセンター前にポトリと落ちた。

 バットを振り切る堂上だから打てたヒット。この好機は絶対に活かしたい。


「(ストレート速すぎっしょ〜。とりま逆らわずに打ってみっか〜)」


 一死一塁、今日初めての走者を置いて、6番の鈴木が右打席に入った。

 本日初のセットポジション。果たして、宇治原の制球と球威は何処まで落ちるだろうか。


「ボール!」

「ボール! ツー!」


 一球目、二球目は高めに浮いてボール。

 球速は相変わらず出ているが、高低の制球がよりアバウトになった気がする。

 これは……本調子になるまで時間が掛かるかもしれないな。


「ボール、フォア!」


 結局、3ボール1ストライクからフォアボール。

 木更津は露骨に苛立ちながら、ほぼ全力に近い送球でボールを返していた。


「(そんな怒んなや。こっから楽やろ)」

「(クソすぎる……。中橋は普通に打つし、コイツも出したら押し出しあんだろバカ)」


 これで一死一二塁、小技も上手い中橋の打順を迎える。

 後続の打力を考慮したら打たせたい場面。最低でも四球やセーフティで満塁は作りたい。

 そうすれば、今の宇治原なら押し出しは狙える。


「(宇治原さんは背高いしセーフティしたいけど……荒れてるし様子を見てみよう)」


 一球目、中橋はバントの構えだけ。

 宇治原が振り下ろした速球は、ド真ん中に吸い込まれていった。


「ットライーク!!」


 当然ながらストライク。落ち着いて枠に入れてきた。

 球速は143キロなので、置きにいったストレートだろうか。


「(……よし、狙ってみよう)」


 中橋は内野全体を見渡している。

 やがて小さく頷くと、ホームを叩いてから構え直した。


 二球目、宇治原はセットポジションから腕を振り下ろした。

 その瞬間、中橋は即座にバットを寝かせる。しかし――。


「(げ、読まれてる……!)」


 ショート荻野が三塁へ、サード木田が本塁へ走ってきた。

 中橋は咄嗟にバットを引くもストライク。完全にセーフティバントを読まれていた。


「(もう打つしかない。無難に外かなあ?)」


 流石にスリーバントでセーフティは危険すぎる。

 こうなってくると、次は打つしかないのだが――。


「……アウト!!」

「ああ〜……」

「もったいねー」


 打ち上げた当たりはセカンドフライ。

 進塁打すら打てず二死一二塁になってしまった。


「次はゴリか……」

「守備の準備しよっと」

「もう少し期待してあげなよ……」


 次の打者はキャッチング専用ゴリラの近藤。

 今までの経験から察して、選手達は早くもグラブを用意している。

 俺もそろそろ準備しよう。そう思った次の瞬間――。


「デッドボール!!」

「マジ!?」

「宇治原相手にゴリが出塁だと……」


 三球目が背中に直撃してデッドボール。

 あまりにも予想外の出塁に、選手達は思わず失笑している。

 起き上がった近藤も「ッシャアア!」とヤケクソ気味に吠えていた。


「阿藤さん、振んなくていいっすよ!!」

「当たりましょう! それか選びましょう!」


 二死満塁、ここで迎える打者は速球が苦手な阿藤さん。

 まだ2回と考えたら代打は出せない。控え選手の守備力を考えたら尚更だ。


「(こんな球打てる訳な……って、ダメだダメだ。キャプテン代行の俺がしっかりしないと)」


 パラダイス銀河の音色と共に、スタメン唯一の3年生が右打席に入った。

 最悪、押し出しでもいい。どんな形でも良いから3年生の意地で先制したい。


「(あークソ過ぎる。けど9番がコイツで助かったな。ランナー気にせず気持ちよく投げてこい)」

「(ド真ん中でええんか。けど真ん中って意外と疲れるんやで)」


 一球目、宇治原は豪速球を振り下ろしてきた。

 阿藤さんは手が出ずにストライク。球速は155キロを記録している。


「(入ってきた。やっぱ打たなきゃ……!)」


 二球目、今度は高めに浮いたボール球。

 しかし――。


「ットライーク! ツー!」


 バットが出てしまいストライク。それも大幅に振り遅れている。

 木更津はテンポよくサインを出すと、あっという間に三球目を迎えてしまった。


「ットライーク!! バッターアウト!!」


 結局、最後もストレートで空振り三振。

 ぬか喜びも束の間、秒速でチャンスが潰れてしまった。


「しゃーないっしょ〜! 切り替えようぜ〜」

「阿藤さん、守備で魅せましょう!」


 選手達は淡々と守備に切り替えていく。

 そんな中、阿藤さんは呆然と立ち尽くしていた。


「阿藤さん、切り替えましょう。自分も三球三振ですし、そう簡単には打てないっすよ」

「あ、ああ。うん」


 宇治原を打てないのは仕方がない。

 今日は勝つとしたら投手戦。序盤は最小失点で抑え込んで、終盤の好機で試合を決めたい所である。

都大三00=0

富士谷00=0

【三】宇治原―木更津

【富】柏原―近藤


※「問キレ」について。

誤字指摘がありましたが、これは「問題はキレ」を略した形です。ご承知ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ