54.無情なレベル差
都大三00=0
富士谷0=0
【三】宇治原―木更津
【富】柏原―近藤
『2回裏、都立富士谷高校の攻撃は、4番 ピッチャー 柏原くん。背番号 1』
ウグイス嬢のアナウンスと共に、一塁側スタンドからは「さくらんぼ」の音色が聞こえてきた。
2回裏、富士谷の攻撃は4番の俺から。主審に一礼してから右打席に入った。
「(ピッチャー対決やし、あんまイン攻めたくあらへんなぁ)」
マウンドには最速159キロ右腕の宇治原。
彼は185cmの長身から、木更津のサインを覗き込んでいる。
さて、初球は様子を見てみるか。
ここまで速い球は初めてになる。いきなり打てるとは思えない。
先ずは「打席から見る159キロ」を観察したい所だ。
一球目、宇治原はワインドアップから球を振り下ろしてきた。
ストレートがド真ん中に入ってくる。俺はバットを出せずに見逃した。
「ットライーク!!」
156キロの豪速球でストライク。木更津はテンポよくボールを返していた。
これは……問キレとかそういう次元ではないな。一瞬でミットに吸い込まれてくる。
次は振ってみたい所だが――果たして何処に何が来るだろうか。
以前にも少し語った通り、俺は木更津のリードと相性が悪い。
定石通り、という意味では一致している筈なのだが、どうも狙い球がすれ違ってしまう。
……あまり考え込む時間はないな。
宇治原の制球を考えたらインは攻め辛い筈。外角低めは簡単には打てないので、消去法で外角高めに絞ってみよう。
二球目、俺はテイクバックから少しだけ踏み込んだ。
宇治原が振り下ろした球は――内角やや高めのストレート。
懐に迫る豪速球に対して、俺は思わず体を引いてしまった。
「ットライーク! ツー!」
ギリギリに決まってストライク。
完全に逆を突かれる形で、早くも追い込まれてしまった。
次は……この時代の定石通りなら一球外す筈。
しかし、相手の捕手は聡明な木更津健太。無意味なボールを使うとは思えない。
外すにしても逃げる変化球、或いは少し高い程度の釣り球だろう。
「(これで三振だな。低く投げろよ)」
三球目、宇治原は速い球を振り下ろしてきた。
またも懐に迫ってくる球。これは外れる――と思ったのも束の間、白球は鋭い変化で枠内に入ってきた。
「ットライーク!! バッターアウト!!」
フロントドアの高速スライダーで見逃し三振。
正直、全くと言っていいほど手が出なかった。
「かっしーがミノサンなんて珍し〜」
「全く合わなかったわ。とんでもなく速いし変化もキレるから絞ってけよ」
ベンチに戻る際、ネクストに向かう鈴木と言葉を交わした。
宇治原を攻略するのは容易ではない。甘い球に狙いを絞って、打てる球を確実に捉えたい所だ。
「(高えよクソノーコン。堂上は読めねーから、とにかく低く来いよ)」
木更津は強めに返球すると、5番の堂上が右打席に入った。
外野は極端な後進守備。堂上は思考停止で飛ばすと思われているのだろう。
「おお!」
「ラッキー!!」
しかし、打ち損じたフライはセンター前にポトリと落ちた。
バットを振り切る堂上だから打てたヒット。この好機は絶対に活かしたい。
「(ストレート速すぎっしょ〜。とりま逆らわずに打ってみっか〜)」
一死一塁、今日初めての走者を置いて、6番の鈴木が右打席に入った。
本日初のセットポジション。果たして、宇治原の制球と球威は何処まで落ちるだろうか。
「ボール!」
「ボール! ツー!」
一球目、二球目は高めに浮いてボール。
球速は相変わらず出ているが、高低の制球がよりアバウトになった気がする。
これは……本調子になるまで時間が掛かるかもしれないな。
「ボール、フォア!」
結局、3ボール1ストライクからフォアボール。
木更津は露骨に苛立ちながら、ほぼ全力に近い送球でボールを返していた。
「(そんな怒んなや。こっから楽やろ)」
「(クソすぎる……。中橋は普通に打つし、コイツも出したら押し出しあんだろバカ)」
これで一死一二塁、小技も上手い中橋の打順を迎える。
後続の打力を考慮したら打たせたい場面。最低でも四球やセーフティで満塁は作りたい。
そうすれば、今の宇治原なら押し出しは狙える。
「(宇治原さんは背高いしセーフティしたいけど……荒れてるし様子を見てみよう)」
一球目、中橋はバントの構えだけ。
宇治原が振り下ろした速球は、ド真ん中に吸い込まれていった。
「ットライーク!!」
当然ながらストライク。落ち着いて枠に入れてきた。
球速は143キロなので、置きにいったストレートだろうか。
「(……よし、狙ってみよう)」
中橋は内野全体を見渡している。
やがて小さく頷くと、ホームを叩いてから構え直した。
二球目、宇治原はセットポジションから腕を振り下ろした。
その瞬間、中橋は即座にバットを寝かせる。しかし――。
「(げ、読まれてる……!)」
ショート荻野が三塁へ、サード木田が本塁へ走ってきた。
中橋は咄嗟にバットを引くもストライク。完全にセーフティバントを読まれていた。
「(もう打つしかない。無難に外かなあ?)」
流石にスリーバントでセーフティは危険すぎる。
こうなってくると、次は打つしかないのだが――。
「……アウト!!」
「ああ〜……」
「もったいねー」
打ち上げた当たりはセカンドフライ。
進塁打すら打てず二死一二塁になってしまった。
「次はゴリか……」
「守備の準備しよっと」
「もう少し期待してあげなよ……」
次の打者はキャッチング専用ゴリラの近藤。
今までの経験から察して、選手達は早くもグラブを用意している。
俺もそろそろ準備しよう。そう思った次の瞬間――。
「デッドボール!!」
「マジ!?」
「宇治原相手にゴリが出塁だと……」
三球目が背中に直撃してデッドボール。
あまりにも予想外の出塁に、選手達は思わず失笑している。
起き上がった近藤も「ッシャアア!」とヤケクソ気味に吠えていた。
「阿藤さん、振んなくていいっすよ!!」
「当たりましょう! それか選びましょう!」
二死満塁、ここで迎える打者は速球が苦手な阿藤さん。
まだ2回と考えたら代打は出せない。控え選手の守備力を考えたら尚更だ。
「(こんな球打てる訳な……って、ダメだダメだ。キャプテン代行の俺がしっかりしないと)」
パラダイス銀河の音色と共に、スタメン唯一の3年生が右打席に入った。
最悪、押し出しでもいい。どんな形でも良いから3年生の意地で先制したい。
「(あークソ過ぎる。けど9番がコイツで助かったな。ランナー気にせず気持ちよく投げてこい)」
「(ド真ん中でええんか。けど真ん中って意外と疲れるんやで)」
一球目、宇治原は豪速球を振り下ろしてきた。
阿藤さんは手が出ずにストライク。球速は155キロを記録している。
「(入ってきた。やっぱ打たなきゃ……!)」
二球目、今度は高めに浮いたボール球。
しかし――。
「ットライーク! ツー!」
バットが出てしまいストライク。それも大幅に振り遅れている。
木更津はテンポよくサインを出すと、あっという間に三球目を迎えてしまった。
「ットライーク!! バッターアウト!!」
結局、最後もストレートで空振り三振。
ぬか喜びも束の間、秒速でチャンスが潰れてしまった。
「しゃーないっしょ〜! 切り替えようぜ〜」
「阿藤さん、守備で魅せましょう!」
選手達は淡々と守備に切り替えていく。
そんな中、阿藤さんは呆然と立ち尽くしていた。
「阿藤さん、切り替えましょう。自分も三球三振ですし、そう簡単には打てないっすよ」
「あ、ああ。うん」
宇治原を打てないのは仕方がない。
今日は勝つとしたら投手戦。序盤は最小失点で抑え込んで、終盤の好機で試合を決めたい所である。
都大三00=0
富士谷00=0
【三】宇治原―木更津
【富】柏原―近藤
※「問キレ」について。
誤字指摘がありましたが、これは「問題はキレ」を略した形です。ご承知ください。