53.厄介な並び
西東京大会決勝
7月30日(土) 明治神宮野球場球場
都立富士谷高校―都東大学第三高校
スターティングメンバー
先攻 都大三高
中 ⑧篠原(2年/左左/182/77/杉並)
二 ⑭町田(2年/右右/175/72/菊川)
遊 ⑥荻野(2年/右左/168/65/船橋)
三 ⑤木田(2年/右左/181/78/飛騨)
一 ③大島(2年/右右/180/91/前橋)
左 ⑦雨宮(2年/右左/179/76/郡上)
捕 ②木更津(2年/右両/177/73/南房総)
投 ⑪宇治原(2年/右右/185/82/大津)
右 ⑬高山(2年/右左/179/80/西東京)
後攻 富士谷高校
中 ⑧野本(2年/右左/178/70/日野)
三 ⑤京田(2年/右右/165/59/八王子)
遊 ⑮津上(1年/右右/180/78/八王子)
投 ①柏原(2年/右右/180/76/府中)
右 ⑨堂上(2年/右右/180/80/新宿)
一 ③鈴木(2年/右右/179/75/武蔵野)
左 ⑱中橋(1年/左左/170/60/八王子)
捕 ②近藤(2年/右右/170/73/府中)
二 ④阿藤(3年/右右/171/62/八王子)
ほぼ満員の明治神宮野球場では、かつてないほど大きな歓声が響いていた。
高校野球で外野席が埋まるのは珍しい。それだけ、都立高校の優勝を期待されているのだろう。
「2回! しまっていこう!」
「うぇい!」
「しゃー!」
近藤の呼び掛けに、選手達は疎らな反応を見せていた。
試合は既に2回表。1回の攻防は共に三者凡退で終えている。
その際、俺はサイドスローから147キロ、宇治原は159キロを記録していた。
どちらが凄いか、と言われたら両方凄いのは間違いない。
ただ、大半の観客は「横から投げる147キロ」より「上から投げる159キロ」に大きな反応を示していた。
仕方がないとはいえ少し悔しい。試合の勝敗では負けたくない所だ。
『4番 サード 木田くん。背番号 5』
2回表、都大三高の先頭打者は木田哲人。
客席に手を振りながら左打席へ向かう。そしてバットをグルグルと回してから構えに入った。
「〜♪」
木田はブラスバンドが奏でる「世界で一番頑張ってる君に」を口ずさんでいる。
相変わらず態度は最悪。主審は此方に味方してくれるだろう。
ただ、彼の一発で試合が決まる可能性は否めない。
そうでなくても、呼吸感覚で長打を量産するのが木田哲人という男だ。
そして彼の進塁意識は低い。それなら――。
「……ボール、フォア!」
かなり大袈裟に外した敬遠でフォアボール。
彼は敬遠球を打つ事もあるが、走者不在なら暴投になっても問題ない。
「こんなに外す必要ある?」ってくらい遠くに外して、一度もバットを振らせなかった。
「そうだね! 僕と勝負するのは愚策だね!」
木田は一塁上でケラケラ笑っていたが……相手しても仕方がない。
それよりも後続打者だ。都大三高にはプロ注目クラスがズラリと並んでいる。
「(外野極端だなぁ。流せないって思われてるのか?)」
続く打者は右の大島。
U―15日本代表の5番打者で、180cm91kgの体格を誇る典型的なプルヒッターだ。
レフトはフェンス手前、センターとライトは左後に寄って、センターから左方向の大きな当たりに備えている。
彼に小技は無いし、狙ってライト線に落とすような器用さはない。
欲を言えば併殺打。ただ大島も上げてくると思うので、気持ちよく打たせてフライアウトを取りたい所だ。
「(ま、フェンス越えちまえば一緒だ。振り切るぞ)」
大島はオープンスタンス気味にバットを構えた。
初球、中から外へ逃げる高速スライダー。大島はバットを出して来たが――。
「ットライーク!」
アッパー気味のフルスイングでストライク。
やはりと言うべきか、併殺を恐れて大きいのを狙っている。
そして狙いも引っ張り方向。逆側に流す意識はない。
二球目、外のストレートは外れてボール。
三球目、外のサークルチェンジは打ち損じてファール。
これで1ボール2ストライク。横の変化と奥行きの緩急で追い込んだ。
「(アッパーを仕留める時は高めだっけ……?)」
近藤のサインは内角高めのストレート。
分かってきたじゃないか、と思いながら首を縦に振る。
セットポジションからの四球目、内角高めを狙って腕を振り抜いた。
白球は構えた所に吸い込まると、大島は豪快なスイングで白球を捉える。
「わあああああああああああ!」
「で、でかいぞ!!」
大歓声に包まれながら、特大のフライはレフト方向に飛んでいった。
中橋はレフトフェンスに張り付いて、眩しそうに青空を眺めている。
思っていたよりも滞空時間が長い。やがて白球が落ちてくると――。
「……アウト!!」
「あぶねぇ〜」
「いい所にいたなー」
中橋のグラブに収まってレフトフライ。
一瞬ヒヤリとしたが、狙い通りフライを打たせて一死を奪った。
アッパースイングと呼ばれる打ち方は、高めの球を必要以上に打ち上げてしまう。
特に内角高めは窮屈になるので、ここに投げきれば抑えるのは容易だった。
尤も、大島くらいの打者が金属バットを持つと、今みたいに間一髪の打球になってしまうが。
「(定位置より少し後ろかー。堂上の前に落としてやっかね)」
続く打者は軟式No.1スラッガーの雨宮。
狙い打ちの音色と共に、左打席でバットを構える。
雨宮は大島よりも器用で広角に打てる強打者。
しかし、名門校の主力打者にしてはボール球に手が出易い傾向がある。
事実、プロの世界でもボール球スイング率が高い選手だった。
こういう打者はやり易い。
少し外れた直球や逃げる球で追い込むと――。
「ットライーク! バッターアウト!」
最後も逃げるスクリューで空振り三振。
無死一塁から送れず二死一塁。木田は一塁上で退屈そうにしていた。
「(さっきのレフトフライで二塁いけたろ。あークソい)」
ここで迎える打者はスイッチヒッターの木更津健太。
打席には入らず、ジッと俺を見つめている。
「(……ま、定石通りでいいか)」
木更津は少し間を取ってから、左打席に向かっていった。
右サイドに対して左打席を選択。定石通りの妥当な判断だと言えるだろう。
彼とは少ないながらも正史で対戦した事がある。
ただ、その時は「序盤は右打席」という奇策を打ってきた。
今思えば、序盤の右打者にはスプリットを使わない、俺の配球を逆手に取った選択だったと推測できる。
しかし――今回は1打席目から左打席をチョイスしてきた。
序盤のスプリットは無いと踏んだのか。それとも、あえてスプリットを消費させる為か。
分からない。分からないけど――今は大盤振る舞いする場面ではない。
「(どうせランナー走らないし変化球中心で行くか?)」
近藤は外角低めにスクリューを要求してきた。
左打者に良く効く逃げる球。木更津は選球眼が非常に良いので、ギリギリ入れるくらいの気持ちで攻めたい所だ。
「(……スプリットはないな。んでもって入れてくる。どうせ二死だし初球から狙ってみるか)」
一球目、俺はセットポジションから腕を振り抜いた。
やや緩やかな変化球――スクリューボールは外角低めに曲がっていく。
その瞬間――。
「(この辺にシンカーかチェンジ……ほらな)」
木更津は迷わずバットを振り抜いてきた。
鋭い打球が三遊間を襲っていく。抜ける――と思ったのも束の間、ショートの津上は逆シングルで白球を捕らえた。
「おおおおおおおお!!」
「上手い!!」
大歓声が沸き上がる中、津上は迷わず二塁にブン投げる。
二塁審の判定は――。
「……アウトッ!」
右腕が上がってショートゴロ。木田は滑り込まずに駆け抜けていった。
まるでプロのような諦め方だったが、今のは滑り込んでもアウトだった。
怪我の予防という意味では、合理的な判断だったと言えるだろう。
「(ま、そう簡単には打てねーか。さて次はどうすっかな)」
ふと、防具を付ける木更津と視線が交差した。
一打席目は捉えられたが俺の勝ち。木田と木更津に回る攻撃を一先ずは抑えた。
都大三00=0
富士谷0=0
【三】宇治原―木更津
【富】柏原―近藤
私事で申し訳ないのですが、今月は唐突に予定が入る事が度々あるので、告知はせず不定期更新になります。
凄まじく忙しいという訳ではないので、極力1週5作ペースくらいの投稿できるよう善処します。
ご理解とご協力をお願い致します……!