52.てんさい再来
鳥類の捕食シーンがあります。
試合開始は次回からなので、苦手な方は飛ばしてください。
2011年7月30日。
長かった西東京大会も今日が最終日。決勝戦まで生き残った俺達は、明治神宮野球場を訪れていた。
「富士谷ー! 負けんなよー!」
「渡辺くん頑張って〜」
球場の外に集まっていると、通りすがりの人間から声援が送られてくる。
その中には、他校のエナメルバッグや帽子を身に着けている人もいて、都立全体から期待されていると実感させられた。
「俺2番かよ……なんか緊張してきたわ……」
そう言葉を溢したのは京田だった。
ちなみに、今日はロースコアの展開を予想して、攻守で堅実なオーダーを組んでいる。
尚、スタメンは下記の通りとなった。
中 ⑧野本
三 ⑤京田
遊 ⑮津上
投 ①柏原
右 ⑨堂上
一 ③鈴木
左 ⑱中橋
捕 ②近藤
二 ④阿藤
2番は絶対に送る前提で京田、7番は敬遠対策も兼ねて中橋を配置した。
勿論、中盤以降の好機なら代打も出せる。昨秋の二の舞にはならないだろう。
「見るだけなのに緊張してきた……」
「応援もするだろ。まあ緊張はするけどよ」
「わかる〜。私なんて普段の琴ちゃん並におしっこ行ってるもん」
「そ、そんなにおといればっかり行ってないよっ!」
「もう少しオブラートに包めや」
一方、マネージャー達も緊張している様子だった。
勝利に懸ける思いというのは、選手も指導者もマネージャーも変わらない。
文字通りの全員野球でラスボス討伐といきたい所だ。
「やあ凡人の諸君! 久しぶりだね!!」
と、そんな事を思っていると、都大三高の4番打者――木田哲人が絡んできた。
相変わらず銀髪でイキっている。例によって正捕手の木更津健太もセットだ。
「久しぶりだな。じゃ、またグラウンドで」
「そう逃げないでよ柏岡くん! せっかく天才の僕が絡んであげんだからさ!!」
名前覚える気ないだろ、と出かかった言葉は何とか飲み込んだ。
しかし、相変わらずのノリである。流石は東京キチガイ四天王と言った所か。
「ところで柏崎くん、そっちのチームは雑魚相手にも苦戦してるようだね! 一方こっちは全試合コールド勝ち。今日も結果が見えてると思わないかい!?」
木田は高らかに笑いながら言葉を続けた。
相変わらず他のチームや選手はコケ扱い。福生も菅尾も良いチームだっただけに、思わず苛立ちを覚えてしまう。
「……そうかもな」
しかし、俺は感情を押し殺して、適当に言葉を返した。
木田は存在が天災みたいものだ。真面目に構っても仕方がない。
「う〜ん、あんまり響いてないみたいだね。仕方がないなぁ、今ココで格の違いを見せてあげるよ!」
木田はそう言って辺りをキョロキョロ見渡した。
このキチガイは何をやらかすのだろうか。そう思いながら行動を見守ってみる。
やがて一羽の鳩を視界に捉えると、物凄い速さで鷲掴みにした。
「……見るな!!」
その瞬間――俺は咄嗟にそう叫んで、琴穂の顔を手で覆った。
琴穂は手をバタバタさせて抵抗している……が、目の前の光景を見せる訳にはいかない。
人生二周目の俺は思い出してしまった。木田哲人がやらかす奇行の一つを。
「え……」
「ひいっ」
「嘘だろ……」
その場にいた殆の人間は、ひきつった表情を見せていた。
なんてことはない。木田は鳩を素手で捕まえた挙げ句、その場で踊り食いを始めたのだ。
「……う〜ん、デリシャス。試合前に良い蛋白補給が出来たね!
で、鈍臭い君達に同じ事が出来るかい? まあ出来ないよね! これが僕達と凡人達の違いさ!! あははははははは!」
高らかに笑う木田の周りには、無数の羽根が散らばっていた。
やはりコイツは人間じゃない。横にいた木更津も「一緒にすんじゃねえ」と言葉を溢していた。
「僕は天才だからね! 鳩さんも天才の一部になれて感謝してるんじゃないかな! あははははははは!!」
木田はそう言い残して、嵐のように去っていった。
取り残される木更津と富士谷の選手達。彼らの思想は驚くほどシンクロしていた。
「ありえねえ……」
「バカだろ……」
「腹壊さないの……?」
「鳥獣保護法じゃ……」
かつてない程のドン引きだった。
当然と言われたらそれまでの反応。理解を示すほうが難しいだろう。
しかし、問題は彼らではなく女性陣である。
琴穂こそ守れたが、控え目に言ってもグロい景色を前に、気分を害している子がいるかもしれない。
「……恵、そっちは大丈夫か?」
「私は大丈夫。なっちゃんと亜莉子ちゃんがダメかも」
恵はそう言って視線を横に向けた。
夏美は顔を真っ青にして、口元を手で覆っている。
金野は琴穂の体に顔を埋めて、静かに泣いているように見えた。
仕方がない。実質大人の俺から見ても不快な惨状だった。
動物好きの二人にとっては、かなりショックな光景だったのだろう。
「なっちゃん、トイレ行こっか」
「よしよーし、もう大丈夫だよぉ〜(よく分からなかったけど……)」
「移動した方が良さそうッスね。ここを離れましょう」
「俺も付き添うわ〜。どのーえも行くっしょ〜?」
「ふむ……男手が必要というのなら手を貸そう」
マネージャーと一部の選手は一足先に去っていった。
取り残された俺と木更津の視線が交差する。やがて木更津は鼻で笑うと、
「……私情に任せた判断だったな。俺だったらオレンジか金髪の顔を覆うね」
なんて言うものだから、今度は俺が顔を歪めてしまった。
「結果論だろ。それに琴穂だってああいうの苦手だからな」
「どーだかな。あのチビもクソメンタルっぽいけど、恐らく二人よりはダメージ少ないぜ。それに好意で人を選んだのも事実だろ」
木更津は淡々と言葉を並べてくる。
彼の洞察力と判断力は並ではない。然りげ無く俺の琴穂愛まで察している。
恐らく、野球に全く関係ない場面でも、他人の事を緻密に観察しているのだろう。
ほぼ人外のキチガイ、最速159キロの剛腕、そして異次元の洞察力を持つ司令塔。
他にも錚々たるメンツが揃っている。今までの相手には失礼な表現になるが――都大三高は明らかに格が違った。
勿論、だからと言って負けるつもりは微塵もない。
簡単に負けてしまっては、敗戦した高校も浮かばれないというものだ。
新興勢力のパウル聖陵。
主力の怪我に泣いた大平。
剛腕投手を擁した八玉実践。
今大会のダークホースだった福生。
攻守で噛み合わなかった國秀院久山。
昨年のリベンジを果たせなかった東山大菅尾。
そして――東西東京の全都立高校が、富士谷の優勝を期待している。
先程の木田哲人みたいな、他校への敬意もクソもない奴には絶対に負けたくない。
今まで涙を呑んだ人達の為にも、このラスボスを必ず倒す。
「……木田の言動を三高の総意みたいにするのはやめろ。アイツは俺らから見てもキチガイだからな」
そう内心で決意していると、木更津にツッコミされてしまった。
おまえは覚妖怪か、と出かかった言葉は何とか飲み込んだ。
NEXT→9月1日(水)
密かに職域接種2回目終わりました。副反応で寝てたので明日は休刊です。
※9月1日追記。副反応が思ったより長引いたので間に合いませんでした。次回は9月2日になります。