25.強豪の実力
富士谷0=0
東山菅=0
(富)堂上―近藤
(東)大崎―仙波
1回裏、俺はレフトの守備についた。
先発は青瀬戦に続き堂上。俺達は揃って球種が少ないので、継投で的を絞らせない作戦だ。
まあ、俺は球種を縛っているだけなんだけど、正史では肘を壊してるだけに、解禁には慎重になっている。
ここからだと、一塁側のスタンドが良く見えるな。
改めて見ても凄い生徒の数だ、球場はこっちの味方だと実感する。
『1回の裏。東山大学菅尾高校の攻撃は。1番 セカンド 奥原くん。背番号 4』
某探偵アニメのテーマソングと共に、奥原さんが左打席に入った。
この曲は10年後では定番だが、この時代では東山大菅尾くらいしか演奏していない。
ま、どうでもいいか。試合に集中しよう――なんて思っていた矢先、さっそく打球が飛んできた。
「くそ、マジかよ……!」
左中間に弾き返された打球は、俺と野本の間を抜けていった。
奥原さんは俊足を飛ばして、あっという間に二塁まで到達。
無死二塁、いきなりピンチを招いてしまった。
続く打者は右打ちの林さん。
バットを立てているが、恐らく送ってくるだろう。
その初球――案の定バットを寝かせてきたが、堂上の速球は大きく外れた。
「ピッチやらせていいよー!」
誰かがそんな声を飛ばしていた。
勘違いされがちだけど、この手の揺さぶりにおいて、投手達はバントを恐れて制球を乱す訳ではない。
制球を乱す理由の一つは、ミットが隠れて投げ辛いから。
もう一つは、打者の唐突な動きに動揺するから。
そして――バント処理という次の行動に気が向いて、投球に集中できなくなるからだ。
「……ボール、フォア!」
結局、林さんにはストレートの四球を与え、無死一二塁となった。
ここで一度、守備のタイムで間が取られる。やがて内野陣が散ると、堀江さんが左打席に入った。
恐らく、この打者にバントはない。
理想は併殺だが、取り敢えずはアウトが一つ欲しい所だ。
最悪1点は仕方がない。正史の青瀬でも1点は取れているので、僅差なら焦る必要はないだろう。
その初球、堂上はストレートでカウントを取りに行った。
しかし、堀江さんは簡単に弾き返す。打球はセカンドの頭を越えると、三塁コーチャーは腕を回した。
くそ、また打たれた。
それでも、強肩の孝太さんならホームインは阻止できる。
そう思った次の瞬間――孝太さんは足を止めて、前進を諦めた。
八王子市民球場の照明は、ライトの定位置によく突き刺さる。
恐らく、白球と照明が被ってしまい、打球を見失ったのだろう。
「おっしゃー、ナイバッチー!」
「よっ! あきる野のイチロー!」
三塁側スタンドから小さな歓声が沸き上がる。
孝太さんの返球はカットまで。奥原さんは悠々とホームを踏むと、あっさりと先制点を許してしまった。
嘘だろ……堂上が全く通用していない。
球数を稼ぐ前に試合が終わるんじゃないか、なんて不安が頭を過る。
俺は――俺達は、東山大菅尾を侮っていた。もっと言うなら、自分達の実力を買い被っていたのかもしれない。
東山大菅尾の勢いは止まらなかった。
尚も無死一三塁。4番の小野田さんが放った打球は、レフトへの大きな犠牲フライとなった。
そして――。
「(負け犬に現実を見せてやんよ……オラァ!!)」
続く山本さんは、会心の当たりで右中間を貫いた。
これで一塁走者が本塁まで生還、3点目となってしまった。
「タァイム!!」
ここでタイムが掛かり、唯一の控えである島井さんが、主審の元へ駆け付ける。
投手交代だ。堂上は僅か一つしかアウトを奪えず、外野に下がる事となってしまった。
俺はグラブを交換すると、マウンドに駆け付けた。
堂上は表情を変えずに佇んでいる。一体、何て声を掛けたらいいのだろうか。
そんな事を思っていると、
「ふむ、3点を先制されたが気にするな。切り替えていけ」
と、堂上が言うものだから、思わず「お前が言うのかよ……」と溢してしまった。
「可笑しいか? これから投げるのはお前だろう」
「あ、ああ、そうだな」
コイツは本当にブレないな。思わず脱力してしまう。
「……3点は俺が返す。お前が完封して、あと1点とれば良い。実にシンプルで簡単な話だろう」
堂上はそう言い残して、レフトに走っていった。
簡単に言ってくれるな。菅尾打線の怖さを一番近くで見てきたと言うのに。
『都立富士谷高校、シートの変更をお知らせ致します。
ピッチャーの堂上くんが レフトに入り、レフトの柏原くんが ピッチャーに入ります。
4番 ピッチャー 柏原くん。 6番 レフト 堂上くん。以上のように変わります』
アナウンスが流れる中、俺は投球練習を行った。
7球を投げ切ると、かっぽれねぶたを原曲としたチャンステーマ・菅尾Mixと共に、仙波さんが右打席に入った。
正史より少し早い、柏原竜也の公式戦初登板。
ブラスバンドの音色と声援に包まれたマウンドは、なんだか懐かしい感覚だった。
長かった。本当に長かった。
酷使で壊れて、人々から忘れ去られて――それでも、俺はこの場所に戻ってきた。
記念すべき一球目は、既に決めている。
俺はセットポジションから左足を上げる。
グラブを突き出して、インステップ気味に着地すると、低い位置から腕を振り抜いた。
「ットラーイク!!」
アウトローいっぱい、サイドスローから放たれる、約140キロのストレート。
客席から「おおっ」と歓声が上がる。シンプルかつ物珍しい一球で、俺という存在を球場に知らしめた。
富士谷0=0
東山菅3=3
(富)堂上、柏原―近藤
(東)大崎―仙波