51.天才の集い
ここは東京都町田市にある、都東大学第三高校の野球部用グラウンド。
辺りは程よく自然に囲まれていて、照明設備や立派な客席もついている。
まさに東京イチの野球環境。それは投球練習場も例外ではなく、丈夫な屋根が付いたブルペンでは、心地よいミットの音が響いていた。
「……ナイスボール、良い球きてるわ」
そう言って返球したのは、正捕手の木更津健人だった。
投げていたのは4番手投手の堂前。決勝では出番が無いと思うが、個人的な趣味として球を受けていた。
「堂前の出番はないやろ。それよりも俺やヨッシーさん(吉田)のボール受けたほうがええんちゃうか」
横にいた近江のクソノーコン、もとい宇治原が言葉を挟んでくる。
その表情はどこか不満気で「実質エースの俺を優先すべき」という思想を感じ取れた。
ちなみに吉田さんは昨日先発。宇治原は明日先発する予定である。
今日はあまり投げない方が良いと言うのが、この脳筋投手には分からないらしい。
「お前の球はさっき受けたろ。後は休んどけ」
「少ししか投げとらんし。明日160キロ出せるように仕上げたいんやけど」
「ぶっ殺すぞ。140キロでいいから構えた所に投げろよ」
ああ、クソい。
なんで投手という生き物は、こうも球速に拘るのだろうか。
確かに球速に意味はある。が、ストライクに入らなきゃ意味はないと言うのに。
「堂前の球を見てみろよ。ちゃんと構えた所に来るだろ? こういうので良いんだよ」
俺は白球を捕りながら宇治原に問い掛ける。
宇治原は相変わらず不満気な表情を見せていた。
「……その程度の球じゃ構えた所に投げても打たれるって顔してんな」
「じ、事実やろ。それに俺やって2分割なら投げられるようになったで」
「高さ適当すぎんだよ。4分割とは言わねーから、せめて4ラインには投げられるようになってくれ」
「それ意外と難しいねん……」
宇治原は「無理」と表情で訴えていた。
ちなみに4分割と言うのは「外角高め」「外角低め」「内角高め」「内角低め」と、ストライクゾーンを4つに割った投げ分けである。
そして4ラインと言うのは「外角」「内角」「高め」「低め」と、ストライクゾーンを4本の線で割った投げ分けだった。
内外を要求したら高低は問わない。逆に高低を要求したら内外は問わない。
そうする事で、4分割よりも低いハードルで、4種類のコースを使い分けできるのだ。
「うふふふっ、天才の僕がお手本を見せてあげるよ!!」
ふと、明らかにイキった銀髪の男が乱入してきた。
4番でサードの木田哲人。都大三高が誇る日本一のキチガイである。
「天才くんでも厳しいやろ。ピッチャーそんなに甘くないで」
「まあ見ててよ! 天才に不可能はないからさ!!」
木田はそう言ってマウンドに立った。
俺は仕方がなく低めに構える。すると――白球は構えた所に吸い込まれてきた。
「ぐ、偶然やろ……」
宇治原は驚きを顕にしている。
一方、木田はと言うと、次々と構えた所に投げ込んできた。
4ラインどころか4分割で投げられている。球速も140キロ代中盤くらいは出ているように見えた。
「もう天才くんが4番でエースでええんちゃうか……?」
「無理! 僕が怪我したら世界の損失になるからね! 高校野球のピッチャーなんて絶対にしないよ! プロの先発なら考えてもいいけどね! あははははははははは!!」
木田はそう叫びながら、嵐のように去っていった。
相変わらずの才能とイカれ具合である。一体、何を食べたら彼みたいに育つのだろうか。
よく野鳥を丸呑みしている所は見るが――俺が真似しても腹を壊すだけだろうな。
「才能の差って過酷やなぁ……。木更津先生もそう思わへん?」
「はぁ? 何言ってんだお前は」
落胆する宇治原に、俺は思わずツッコミを入れてしまった。
彼は肝心な事を忘れている。何故なら――。
「2年で159キロ投げるやつは間違いなく天才側の人間、世間から見たらお前もあっち側だぞ」
あと俺もな、とまでは言わなかった。
宇治原はクソノーコンだが、紛れもなく天才側の人間である。
そして――彼らに見合う選手が揃っているのが、都大三高というチームなのだ。
「なんや急にデレたな。やっと俺の良さが分かってきたんか」
「調子乗んなよクソノーコン。明日は逆球1球につきジュース1本だからな」
「そんなんやったら破産するわ」
そんな言葉を交わしながら、俺達は投球練習場から引き上げていった。
明日は西東京大会の決勝戦。そう長く練習していても仕方がない。
相手は何かと縁がある富士谷高校。
所詮は都立高校だが、俺達と同等かそれ以上の選手――柏原竜也がいる。
もはやスペックは語るまでもない。彼もまた天才側の人間だろう。
しかし、野球はチームスポーツ。彼と他数名だけでは限界がある。
もう一つ、俺は柏原を得意としている。分かりやすい人間というのは、俺にとって格好の餌食だった。
あの逆張り野郎に現実を教える時が来た。
去年、転校を拒んだ事を後悔させてやるよ。
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