49.遊ぶ暇はない
準決勝の第1試合が終わると、俺達は三塁側スタンドに身を移した。
理由は他でもない。決勝で当たるチームの偵察である。
グラウンド内では、本来なら優勝する早田実業と、正史よりも凶悪化した都大三高がアップを始めていた。
「もうちょっと勝利の余韻に浸りてーよなぁ」
「けど明後日には決勝だしね。そんな余裕ないんじゃないかな」
そう言葉を溢したのは京田と野本だった。
まったりする時間など存在しない。明日は東東京の準決勝、明後日には西東京の決勝が行われる。
そして敗戦した東山大菅尾も、9月から始まる秋季大会に向けて、即座に新チームを始動させているだろう。
そんな会話をしている内に、試合の方はプレイボールを迎えていた。
尚、スタメンは下記の通りである。
・早田実業
投 ①八代(2年)
二 ④道重(3年)
一 ③大宮(2年)
左 ⑦尾形(3年)
右 ⑨熊沢(2年)
三 ⑤二村(1年)
捕 ②国井(2年)
遊 ⑳深谷(1年)
中 ⑧石中(1年)
・都大三高
中 ⑧篠原(2年)
二 ⑭町田(2年)
遊 ⑥荻野(2年)
三 ⑤木田(2年)
一 ③大島(2年)
左 ⑦雨宮(2年)
捕 ②木更津(2年)
右 ⑬高山(2年)
投 ①吉田(3年)
全体的に下級生が多く、両校合わせても3年生は3人だけ。
そんな中、2年生が最強世代の都大三高は、エースナンバーの吉田さんを起用してきた。
恐らく、富士谷と同じでローテーションを組んでいるのだろう。
つまり明後日の先発は背番号11、世代最速右腕の宇治原の可能性が高い。
さて、初回の攻防だが、立ち上がりに弱い吉田さんは早々に失点した。
先頭の八代はフォアボール。道重さんは手堅く送ると、世代屈指の巨漢スラッガー・大宮はフェンス直撃のツーベースを放った。
「おお、三高負けるか〜!?」
「吉田さんの立ち上がりは相変わらずだね」
「球は速いんだけどなぁ」
吉田さんの最速は150キロ。但し、力を入れたボールではストライクが取れていない。
これは正史でも同じだった。本来よりも凶悪化した宇治原と比べると、吉田さんの実力は据え置きに見える。
そう言えば、3年生の控え投手は比野に滅多打ちにされていた。
来年の春夏連覇とは関係ない3年生は、相沢の言う「上振れ」の対象外なのだろう。
一死二塁、続く打者は尾形さん。
センター前に鋭い打球を放つと、巨漢の大宮は三塁も蹴っていった。
あまりにも足が遅い。しかし、センター篠原の送球も大概で、大宮は何とかホームに辿り着いた。
「あのセンター肩弱いよね」
「篠原は肩やってるからな。けど範囲が異次元に広いからセンターなんだよ」
「センターに飛んだらゴーでいいな〜」
「捕ってから投げるまでは早いから、そこは注意しないとね」
選手達はそんな言葉を交わしている。
高校野球史最強とも名高い軍団だが、ゲームで言う「オールA」が9人いる訳ではない。
それぞれに個性があり、そして弱点がある。故障持ちの篠原は弱肩なのがウィークポイントだ。
他にも、世代最速右腕の宇治原は高低の制球が非常に怪しい。
ボール球も打つキチガイ様こと木田哲人は、怠慢走塁で次の塁を狙ってこない。
あと審判にも嫌われている等々、最強軍団にも少なからず隙は存在する。
「アウト!」
「おお、キャッチャーよく見てたなー」
そんな中、全く隙らしい隙を見せないのが、牽制で一塁走者を刺した木更津である。
高出塁率、冷静なリード、的確な判断、そしてスローイングも良い。
強いて言うなら性格は悪いが、むしろ捕手としては好材料だろう。
「アウトォ!」
「(……あークソい。俺が捕るなら堂前でいいのに、何でクソノーコン共を使うかな)」
続く打者は死球だったが、即座に盗塁を刺してスリーアウト。
木更津はダルそうに足場を慣らして、一塁側ベンチに引いていった。
都大三高を倒すにあたって、この男の攻略は必要不可欠である。
しかし、東東京の選手だった俺は、彼の事を詳しくは存じ上げなかった。
また球界の青狸に頼るしかない。困った時の相沢先生だ。
「2点かー。守りきれるかな?」
「八代じゃキツイだろ。早田は打ち勝つしかねえよ」
攻守が代わって都大三高の攻撃。
早田実業の先発・八代は、最速137キロのオーソドックスな右腕である。
そんな投手が三高打線に通じる筈もなく――。
「フルボッコじゃん!」
「だから八代じゃ守り切れないって。早田が勝つなら10点勝負だわ」
怒涛の反撃であっと言う間に逆転、1回裏には5点が刻まれた。
彼らにとって140キロは絶好球。もはやバッセンの感覚なのだろう。
2回表は1得点。吉田さんは3連打で失点したが、その後は立ち直って完璧な投球を披露した。
一方、都大三高の打線は止まらない。代わっていく投手を次々と攻略していく。
早田実業も大宮のツーランで反撃するが、その程度で追い付ける筈もなく――。
「ットライーク! バッターアウト!!」
「あの早田をコールドかよ……鬼つええ……」
「前人未到の4連覇あるわこれ」
最後は背番号18の堂前が締めてゲームセット。
13対5、西東京の超名門を7回コールドで下して、都大三高が決勝に駒を進めた。
早田実業210 020 0=5
都大三高522 203 x=12
【早】八代、服部、石島、田和―国井
【三】吉田、堂前―木更津
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