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48.再来か、開放か

富士谷000 000 320=5

東山菅000 002 002=4

【富】堂上、柏原―駒崎、近藤

【東】板垣、本多、藤井―小寺



 真昼の明治神宮野球場には、聞き飽きた菅尾Mixの音色が響いていた。


『1番 セカンド 奥原くん。背番号 4』


 9回裏、1点リード、そして二死一三塁。

 大声援に包まれながら、東京No.1セカンドの奥原さんが左打席に入る。


「(さてと、堀江に繫げてやんねーとな)」


 奥原さんは落ち着いてバットを構えた。

 彼は選球眼が非常に良く、際どいゴロをヒットにするだけの足もある。

 できれば三振かフライが欲しい。ゴロで打ち取るのはリスクを伴う。


「ボール!」

「ボール、ツー!」


 一球目、二球目は外れてボール。

 決して抜けた訳ではない。厳しいコースを攻めた結果、僅かに外れて見逃されてしまった。

 打ち取り方まで拘ると、どうしてもコースが限られてしまう。


「(できれば同点で回したいんだけどな。堀江は緊張するだろうし)」


 三球目はストレート。インハイを厳しく攻め立てる。

 奥原さんはバットを出してきたが――。


「ファール!!」


 これは後ろに飛んでファールになった、

 左打者という事を考えても、出来ればインコースで打ち取りたい。

 高めならストレートで内野フライ、低めならスプリットで空振り三振。

 そう組み立てる為にも、どこかで外を使いたい所だ。


「(シンカー……じゃなくてスクリューはどうよ)」


 近藤のサインは外のスクリュー。

 見逃されたら3ボールだが、勝負を急いで打たれたら本末転倒である。

 ここはゴリラに従おう。そう思いながらスクリューを放る。


「ボール、スリー!!」


 しかし、奥原さんは悠々と見逃してボール。

 憎いくらい冷静に球を見れている。これが東京No.1セカンドの選球眼なのだろうか。


「(さっきのコースを振らせたいな)」

「(やっぱ次はイン? 狙ってくかぁ)」


 これで3ボール1ストライク、近藤はミットを内に構えている。

 サインは再びストレート。詰まらせて内野フライを狙う算段だ。


 五球目、内角高め一杯を狙って腕を振り抜く。

 その瞬間――奥原さんはバットを振り抜いてきた。


「おおおおお!!」


 金属バットの音と共に、一瞬だけ大歓声が沸き上がる。

 しかし――。


「ファール!!」

「ああ〜……」


 打球は一塁側スタンドに飛び込んでいった。

 落胆と安堵の声が響き渡る。俺は然りげ無く汗を拭った。


 さて、これで追い込んだ。

 五球目はアレが使える。伸びるストレートを見せた後なので、より有効に決まるに違いない。


「(柏原、ここに決めてこい)」


 近藤は内角低めにミットを構えた。

 六球目、俺はセットポジションの構えから左足を上げる。

 そして流れるような動きで着地すると、挟み込んだ白球を投げ込んだ。


「(確かこれは、キャベツ3個分落ちて――)」


 白球は内角低め、股の高さに吸い込まれていく。

 奥原さんはバットを出すと、白球は鋭く沈んでいった。

 しかし――。


「(――外れる!)」


 出かかったバットは、振り切る前にピタリと止められた。

 空振りを取られても可笑しくないハーフスイング、そして高さも際どい場所を通過している。

 果たして主審の判定は――。


「ボール、フォア!!」


 無情にもボールが告げられると、奥原さんは鮮やかな動きでバットを投げ捨てた。

 近藤はスイング判定を求めるが覆らず。客席からはドッと歓声が沸き上がった。


「(……ま、最低限は出来たな。あとは頼むぜ名古屋人)」


 今のは相手を褒めざるを得ない。

 未だ二人にしか打たれていない、サイドスローからのスプリット。

 そんな魔球を、奥原さんは見逃す形で凌いできた。


 これで二死満塁、完全に退路を絶たれてしまった。

 同点か、逆転か、或いは無得点か。次で必ず何かが起こる。

 まさに最終決戦とも言える場面。ここで迎えるのは――。


『2番 レフト 堀江くん。背番号 7』


 昨年もラストバッターだった悲運の好打者、堀江さんが左打席に入った。

 野球の神様の悪戯なのだろうか。もはや運命と言っても過言ではない。


「堀江ー! 悔いのないスイングなー!」

「お兄ちゃん打ってー!!」

「かっしー! 甘いのダメだよー!」

「柏原ー! 都立の意地見せろやー!」


 球場には大歓声が響いていた。

 それも去年とは違い、両者の背中を後押ししている。

 今年の東山大菅尾は全校応援。気合の入り方は富士谷とも引けを取らない。


「(……遂に来たな。ぜってー打つ)」


 堀江さんは真剣な表情でバットを構える。

 初球は逃げるスクリューから。悠々と見送られてボールになった。


 去年とは違い、今年の堀江さんは冷静に球を見れている。

 二球目はインローのスプリット。入るか入らないか際どい所を攻めていく。


「ファール!!」


 これは振り切られるも、打球は堀江さんに当たって自打球になった。

 選球眼は非常に冴えている。ただ、狙い球は絞り切れていないようだ。

 ここは際どいコースを続けてカウントを取りたい。


「(内の変化球を続けてみるか? チェンジでどうよ)」


 三球目、フロントドアのサークルチェンジ。

 俺は白球を握り込むと、セットポジションから腕を振り抜いた。


「(……打てる!)」


 堀江さんはバットを振り抜く――が、白球の上を通過していった。

 空振りしてストライク。これで早くも追い込んだ。


「(合ってなかったな。続けるか)」


 近藤のサインは再びフロントドア。但し次はスクリューである。

 より変化が大きい変化球で空振りを奪う算段だろう。


 しかし、俺は首を横に振った。

 堀江さんは都内屈指の好打者。そう簡単に三振を奪えるとは思わない。

 ここは内角のスプリットだ。緩急と決め球を同時に使って確実に仕留める。


「(ふー……俺が打たなきゃ負けだ。そして去年は打てなかった。今年こそは――)」


 堀江さんは落ち着いてバットを構え直した。

 四球目、俺はセットポジションから左足を上げる。

 そして右腕を振り抜くと、白球は内角低めに吸い込まれていった。


「(ストレート……じゃない!!)」


 堀江さんのバットは出かかったが、早い段階でピタリと止まった。

 白球は際どい高さに沈んでいく。それは――高校野球ならストライクでも可笑しくない球だった。


「ボール! ツー!」


 主審が叫んだ瞬間、客席からは安堵と落胆の息が漏れた。

 堀江さんも大きな息を吐いている。打席を少し外すと、深呼吸してから戻ってきた。


「(あぶねぇ……今年もやらかす所だった。けど凌ぐだけなら何とかなりそうだな)」


 これで2ストライク2ボール。初球以外は全て内角である。

 いつ対角線の外角を使うか。ここが勝負の別れ目になるだろう。


「ファール!!」

「ファール!!」


 五球目、内角高めのストレートはファール。

 六球目、内角低めのスプリットもファール。

 そして――。


「ボール!!」


 七球目、内角低めのサークルチェンジは見逃された。

 遂にフルカウント。スプリットもファールと見逃しで凌がれている。

 球数制限以前に、いつ押し出しになっても可笑しくない状況だった。


 外を使うなら次しかない。

 去年と同じ球――アウトローのストレートを。


「(ふぅ……次で来るかな。振れなかったあの球が)」

「(使うなら次しかないな。緩急で速く見せられる)」


 堀江さんはバットを構えると、近藤は外角低め一杯にミットを構えた。

 狙うコースはホームベースの奥角、高さは膝下ギリギリ。

 打てないけどストライクになるデッドゾーン。投げるならココしかない。


「(来いよ柏原、今年は絶対に決めてやる……!)」


 堀江さんと視線が交差すると、俺はゆっくり左足を上げた。

 全走者が一斉にスタートを切る――が、気にしても仕方がない。

 俺はそのまま着地すると、近藤のミットを目掛けて投げ込んだ。


 白球は構えた所に吸い込まれていく。

 完璧に制球されたストレートは、ミリ単位すらズレていないように見えた。


「(……届け!)」


 しかし――そんな完璧なストレートに対して、堀江さんは鋭くバットを出している。

 流し方向を意識した、お手本のような美しいスイング。

 堀江さんはバットを振り切ると、客席からは大歓声が沸き上がった。


 けたたましい音が聞こえてくる。

 果たして、白球の行方は如何に――。


「ットライーク!! バッターアウト!!」

「わあああああああああああああ!!」


 その瞬間、近藤は渾身のガッツポーズを掲げた。

 本日最速タイの148キロ、外角低めギリギリに決まるストレート。

 堀江さんも鋭く振り抜いたが、白球はミットに収まっていた。


「(嘘だろ……あと一本だったのに……)」

「(堀江が打てないならしゃーない。しゃーないけど……くそっ……)」


 東山大菅尾の選手達が泣き崩れていく。

 そんな中――打席の堀江さんは天を仰いでいた。


「……振っても当たんねえんじゃ仕方ねえや」


 彼は小さな声で呟くと、ヘルメットを深く被った。

 最後まで縺れた一年越しの再戦。最後はエースの力投で勝利を呼び寄せた。

富士谷000 000 320=5

東山菅000 002 002=4

【富】堂上、柏原―駒崎、近藤

【東】板垣、本多、藤井―小寺


NEXT→8月27日

投稿遅れました。文字数が2話分くらいまで膨らんだせいで……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 堀江君今年は悔いないかなあ
[一言] 神戸本当に惜しかった...野球は九回ツーアウトからと言うのを見せてくれました。泣きました
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