表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
242/699

44.フレッシュパワー

富士谷000 000 1=1

東山菅000 002=2

【富】堂上―駒崎

【東】板垣、本多―小寺


 7回表、1点ビハインドで迎えた一死一二塁。

 炎天下の明治神宮野球場には、ブラスバンドが奏でる某三世のテーマソングが流れていた。


『2番 レフト 中橋くん。背番号 18』


 左打席には好打者の中橋。

 小技も上手い選手だが、一死からの送りバントは非効率である。

 ここは打たせて欲しい。やるとしてもセーフティバントだ。


「(少し前に来てるなー。まあ散々バントしたし当然か)」


 中橋はベースの両角を叩いてからバットを構えた。

 初球はセーフティバントの構えだけ。バットを引いてボールになった。


 球速表示は136キロ。

 左打者の中橋にとって、インステップする左腕は非常に打ち辛い。

 それも140近い速球となれば、かなり窮屈なバッティングを強いられる。


「(小寺さんの指示はインコースか。左のイン攻め疲れるんだよな。まあ投げるけどさ)」


 二球目、マウンドの本多は腕を振り抜いた。

 インコース一杯のストレート。中橋はバットを振り抜くも、詰まった当たりは一塁側のファールゾーンに転がった。


 本多の独特なフォームは、まるでサイドスローのように横の角度が付く。

 特に内角の球は打ち辛い。左打者だと、球が背中から迫ってくるように見えてしまう。


「(……すげえ角度。このコースは打ってもヒットになんねえや。捨てよ)」


 中橋は淡々とサインを確認すると、頷いてからバットを構え直した。

 三球目、またも内角のストレート。これは見逃してストライクになった。


 四球目、五球目はボールになる変化球。

 フルカウントになると、ここから中橋は驚異の粘りを披露した。


「ファール!」

「ファール!」

「ファールボォ!!!」


 枠内で暴れるストレートに対して、中橋はカット打ちで対向していく。

 やがて十三球目を迎えると、捕手の小寺さんは内角いっぱいに構えた。


「(本多、これで決めろ。腕振って投げてこい)」


 ほぼ無敵に近い、極端なインステップからのインコース。

 しかし、そう簡単には投げ切れたら苦労はしない。制球の荒い本多なら尚更だ。

 高校野球はそういう競技。捕手の考える配球は、無力な事のほうが遥かに多い。


「(当てても死球、外れても四球だからな。当てるつもりで投げるぜ)」


 セットポジションからの十三球目。

 本多は1つ目のサインに頷くと、遠心力を使って左腕を振り抜いた。

 しかし、白球は構えたコースの真逆――外角高めに吸い込まれて行く。


「(……打てる!)」


 その瞬間、中橋は合わせるように振り抜いた。

 芯で捉えた当たりはレフト線へと飛んでいく。


 ラインを割るか際どい当たり。

 ここでも不利な判定が出ると、集中の糸が切れかねない。

 強めの打球は白線の上でバウンドする。三塁審の判定は――。


「フェア! フェア!!」

「おおおおおおおお!!」

「きたああああああ!!」


 三塁審からはフェアのジャッジが下された。

 スタンドからは大歓声が湧き上がる。二塁走者の渡辺は三塁も蹴っていた。


「サード!!」


 ホームには投げられない。

 レフトの堀江さんは三塁に送球する……が、野本の足が勝って三塁もセーフ。

 送球間に中橋も二塁まで到達して、事実上の同点タイムリーツーベースになった。


「(残してやったんだから打てよー)」


 中橋は二塁ベース上で、淡々とバッティンググローブを外していた。

 執念の粘り勝ち。逆に言えば、本多としては投げ負けた事になる。

 この同点打は、1点以上の重みがあるに違いない。


「(さてと、舞台は整ったな。本多さんには悪いけど、外角高めの抜け球を狙って勝ち越そっと)」


 一死二三塁、尚も勝ち越しの好機で津上の打順を迎えた。

 彼はU―15日本代表出身。本多も日本代表の経験があり、お互いの事はよく知っている。


「……プレイ!」


 津上はゆったりした動きで右打席に入った。

 ブラスバンドが奏でる紅の音色、そして全校生徒に近い大声援が勢いを後押ししている。


 制球の悪い本多だと、塁を埋めるという選択は取り辛い。

 もっと言うなら、4番からは上級生の強打者が続いていく。

 ここは勝負しかない。そう思いながら勝負の行方を見守る。


「ボール!」

「ボール、ツー!」


 投球は連続でボールになった。

 三球目はベルトの高さのストレート。津上は豪快なスイングで捉えるが――。


「ファール!!」


 ポール際の当たりは僅かに切れてファール。

 この当たりが威嚇になったのか、四球目は大きく外れてボールになった。


 3ボール1ストライク。

 一塁は空いているので、甘い球は期待できない場面。

 小寺さんのミットはアウトコース、それもギリギリに構えている。


「(柏原は意外と最低限が上手いからな、ワンアウトで回したくねぇ。ここはバックドアで一つ貰うぞ)」


 五球目、本多はセットポジションから腕を振り抜いた。

 バックドアの変化球。しかし、少しだけ甘く入ってくる。


「(ほら来た。そこに抜けるんだよ)」


 その失投を、世代最強内野手は見逃さなかった。

 津上は高めを振り抜くと、ライナー性の打球は左中間に飛んでいく。


 前進守備の間でバウンドしそうな当たり。

 レフトの堀江さんは、回り込まずに最短で追い掛けている。


「(くそ、これ以上はやれねぇ……!)」


 それは――抜けたら三塁打になる打球だった。

 しかし、レフトの堀江さんは、ギャンブルに出て飛び込んでいく。

 白球の行方は――。


「……アウト!!」

「おおおおおおおおおおおお!!」


 ダイビングキャッチが決まってレフトフライ。

 一塁側スタンドから大歓声が沸き上がる……が、三塁走者は俊足の野本である。

 スタートを切って犠牲フライが成立。待望の勝ち越し点が入った。


 ようやく地力の差が出てきた感じがする。

 しかし、点差は僅かに1点。それも富士谷は先攻であり、東山大菅尾の方が残す攻撃は多い。


 二死二塁、まだ追加点が欲しい場面。

 俺は初球をセンター前に運ぶが――。


「……アウト!」

「しゃあ!!」


 東山大菅尾のセンター、板垣さんの完璧なバックホームが決まってホームタッチアウト。

 相手も甲子園を目指す強豪校、それも昨年のリベンジに燃えている。

 まだ気持ちは切れていない。それどころか、流れを再び引き寄せようとしている。


「柏原、次の回からブルペン行け」

「うっす」


 ライトの守備へ向かう前、畦上先生からそう告げられた。

 残す攻撃は後2回、対して守備は後3回。1点はリードしたが、依然として油断が出来ない状況が続いていた。

富士谷000 000 3=3

東山菅000 002=2

【富】堂上―駒崎

【東】板垣、本多―小寺


NEXT→8月21日or23日

仕事の関係で22日は休刊になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ