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36.壮絶な譲り合い

富士谷401 050 0=10

國秀久000 200 =2

【富】中橋、田村、芳賀―駒崎、近藤

【國】村上、高芝、高嶺、植松―大海


 7回裏、富士谷のマウンドには芳賀が上がった。

 体格は185cm90kg。1年生には思えない程、その体は大きく見える。


「富士谷の1年でっか!」

「豊田東シニアの芳賀だな。三高や早田からもスカウトされてる」

「どんな球なげるんだろ……」


 レフトに程近い三塁側スタンドからは、期待の声がポツポツと聞こえてきた。

 大衆はハーフや大型の投手を好む。小柄な選手よりもロマンがあるからだろうか。


『7回裏 國秀院久山高校の攻撃は、2番 ショート 野木くん。背番号 6』

「おっしゃす!!」


 國秀院久山の先頭打者は野木さん。叫びながら一礼して左打席に入った。

 コールド負け目前という事もあり、非常に気合が入っている。


「野木ー! 先ずは塁に出ろー!」

「頑張ってぇー!!」


 大歓声に包まれながら、芳賀は腕を振りかぶった。

 一球目、置きに行ったストレート。外に大きく外れる球は、悠々と見送られてしまった。


「ボール!」


 当然ながらボール。

 緊張しているのだろうか。明らかに腕が振れていない。

 富士谷には思い切りが良い投手が多い中で、悪い意味で高校生らしい投手と言える。


「……ボール、フォア」


 結局、先頭打者はストレートのフォアボール。

 捕手の駒崎がマウンドに駆け付ける。腕振ってこい、とか言っているのだろうか。


 続く打者は3番の大庭さん。

 中肉中背の強打者が、バットの真ん中を握りながら右打席に入った。


 右打者は左投手の球を見易い。

 一方で、左投手にとっても右打者はゾーンが広く感じられる。

 抑えられるかは置いといて、とりあえず腕は振りやすい筈だ。


 一球目、芳賀は腕を振り下ろす。

 しかし――。


「デッドボォ!」


 胴に当たる大暴投でデッドボール。

 無死一二塁、コールド回避の走者まで出してしまった。


「おいおい、大丈夫かよ」

「早めに代えないと追いつかれるぞー!」


 三塁側スタンドからは不安の声が漏れている。

 現時点で8点差。コールド回避は置いといて、普通に考えたら逆転される点差ではない。


 しかし――何が起こるか分からないのが高校野球と言うもの。

 事実、相手は先発が1回4失点、三番手が2/3回5失点と、裏目に出た起用がビッグイニングを作っている。

 もし富士谷が5点を返されたら10対7。試合は一転して乱打戦になる訳だ。


 不穏な空気が漂う中、4番の大海はレフト線へのタイムリーヒットを放った。

 7点差となり尚も無死一二塁。確実に流れが相手に傾いている。

 そして迎えた5番打者、江川さんの打球も三遊間を貫いた。


「おおー!!」

「大逆転あるぞ!!」


 大歓声に包まれながら、打球は俺の前に転がってくる。

 相手の打線が止まらない。そう思った次の瞬間――俺はその隙を見逃さなかった。


「竜也、バックホーム!!」


 コールド回避を焦った國秀院久山は、二塁走者が三塁を蹴っていた。

 俺はホームを目掛けて腕を振り下ろす。矢のようなレーザービームが駒崎のミットに吸い込まれていった。


「アウト!!」


 二塁走者は三本間で挟まれてタッチアウト。

 もはやスライディングする余裕すらない。他の走者は挟まれた間に進塁していた。


 あまりにも無謀な大暴走。

 こうなってくると、流れは再び此方に傾いてくる。


『6番 ピッチャー 植松くん。背番号 9』

「植松ー! 打ったら赤点取り消すぞー!!」


 一死二三塁、ブラスバンドが奏でるチャンステーマと共に、植松が右打席に入った。

 一際大きな声援は教師だろうか。状況が状況だけに笑いは起きない。


「(外野フライでも1点、とにかく落ち着いて行こう)」


 植松は右手で胸を叩いてたからバットを構えた。

 一球目、芳賀は腕を振り下ろす。速球は低めに吸い込まれていった。


「ットライーク!」


 見逃してストライク。球速は138キロと表示されている。

 ようやく腕が振れてきた。アウトを一つ取れたからだろうか。


「(……マジか。けどやるしかねえな)」


 植松はバットを構え直した。

 二球目、芳賀はセットポジションから足を上げる。

 その瞬間――。


「走ったぁ!」


 植松はバットを寝かせると、三塁走者はスタートを切った。

 まさかの7点ビハインドでスクイズ。正気の沙汰とは思えないが、此方としては困るのも事実である。


 三塁走者が帰れば7回コールドは回避。

 次の試合は中1日、それも相手は中2日になると考えたら、1秒でも早く終わらせたい所だった。


「(決める……そして俺も生きる……!)」


 そんな思いを他所に、白球は無情にも真ん中高めに吸い込まれていく。

 そして――。


「(しまっ……!)」


 プッシュ気味にバントした打球は、芳賀の真上に飛んで行った。

 頭を越えるか際どい当たり。芳賀は踏ん張って右腕を伸ばすと、白球はグラブの先に収まった。 


「アウト!!」

「ええええええええええええ!?」

「何やってん……」


 三塁走者は当然ながら飛び出している。

 芳賀は三塁に放って併殺完成。あまりにもグダグダな締まり方に、客席からは落胆と戸惑いの声が漏れていた。


 ただ、こんな展開でも、國秀院久山の選手達は地面に手を付いていた。

 観てる側からしたら残念なプレーも、選手にとっては必死にプレーした上での痛恨のミス。

 焦ってしまった相手の若手監督も、帽子を深く被って表情を隠していた。


 なにはともあれ、俺と堂上の温存には成功した。

 次は中1日で準決勝、相手は東山大菅尾である。


 忘れもしない去年の夏。

 この高校とのナイターゲームを制して、強豪都立としての富士谷が始まった。


 相手としても待望のリベンジマッチ、死闘になるのは間違いない。

 決勝の舞台を賭けた再戦は、中一日で二日後に行われる。

富士谷401 050 0=10

國秀久000 200 1=3

【富】中橋、田村、芳賀―駒崎、近藤

【國】村上、高芝、高嶺、植松―大海

※7回コールド


1話で片付ける筈が3話も掛かってしまった……。

甲子園始まりましたね〜。東海大菅生と二松学舎の健闘を祈ってます。


NEXT→8月11日or12日

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