34.通過点にしたい試合
準々決勝も残すところ後1試合。
富士谷と國秀院久山の選手達は、人工芝のグラウンドでアップを行っていた。
「中橋、調子はどうよ」
「バッチリです! なんなら完投できますよ!」
ブルペンで投げているのは左腕の中橋。
今日は俺と堂上を温存し、3番手以降の投手で乗り切る予定だ。
また、他のメンバーは下記の通りである。
【富士谷】
中 ⑧野本(2年)
遊 ⑥渡辺(2年)
三 ⑮津上(1年)
左 ①柏原(2年)
右 ⑨堂上(2年)
一 ③鈴木(2年)
捕 ⑫駒崎(1年)
二 ④阿藤(3年)
投 ⑱中橋(1年)
【國秀院久山】
二 ④上田(3年)
遊 ⑥野木(3年)
三 ⑤大庭(3年)
捕 ②大海(2年)
左 ⑦江川(3年)
右 ⑨植松(2年)
一 ③宮崎(3年)
中 ⑧西川(2年)
投 ⑩村上(3年)
富士谷は先発を除けば無難なスタメン。
一方、國秀院久山も背番号10が先発。ただし、これは温存等ではなく、継投を前提とした起用だった。
今年の國秀院久山は継投で勝ち上がっている。
絶対的なエースは存在せず、個性豊かな投手で凌いでいくスタイルだ。
尚、籤運にも恵まれていたが、ここまで全ての試合で4点以上は取られている。
「くっそ〜、舐められてるな〜」
「そりゃ相手は選抜ベスト8だしな。俺らは去年も都立に負けてるし……」
「ラッキーラッキー、柏原達が出てくる前に試合決めちゃおーぜ」
やがてベンチ前に整列すると、國秀院久山の選手は密々と言葉を交わしていた。
相手は腐っても強豪校。打線は中々に仕上がっている。
如何にして序盤に主導権を握れるか、それが試合の焦点だった。
「集合! ……これより、國秀院久山高校と、都立富士谷高校の試合を開始する。礼!」
「おっしゃす!」
予定より少し遅れて12時45分、ベスト4最後の椅子を賭けた戦いが始まった。
マウンドには左腕の村上さん。168cm77kgと体には厚みが感じられる。
「うわっ、変なフォームだな〜」
「アウトステップな。打席から見ればむしろ打ち易いよ」
村上さんはオーバースロー、ただしアウトステップに踏み込む癖がある。
体の開きが早い為、左腕にしては球の出処が見易い。
一方で、体の勢いに比べて腕が遅れて来るので、それに騙されないかが攻略の鍵になる。
『1回表 都立富士谷高校の攻撃は、1番 センター 野本くん。背番号 8』
1回表、富士谷の攻撃は野本から。
ちなみにジャンケンには勝っている。その上で、阿藤さんは先攻を選んでいた。
とある栃木の名将は、必ず先攻を取ると言われている。
その理由は、いきなり守備から入ると先発投手が緊張するから。
先に攻撃を済ます事で、試合開始から投球開始までの「ゆとり」を作りたいらしい。
そして今日の先発は不慣れな中橋。
ここは「先発の投げ易さ」を優先して先攻を取るに至った。
最悪、僅差で9回裏を迎えたら俺が投げれば良い。
さて、初回の攻撃だが、野本は六球目を右中間にかっ飛ばした。
快足を飛ばしてツーベース。続く渡辺はセカンドへの進塁ゴロで一死三塁となる。
そして――津上は初球を叩き付けると、打球はワンバウンドしてサードの頭を越えていった。
「おー! 今日は打線の調子いいなー!」
「おいおい、久山はまた都立に負けるのかよ」
津上のタイムリーであっさり先制。
判定こそヒットになったが、上手いサードなら下がって捕れた当たり。
籤運に恵まれた國秀院久山は、ここにきて浮き足が立っているのだろう。
『4番 レフト 柏原くん。背番号 1』
一死一塁、ブラスバンドが奏でるさくらんぼと共に、俺は右打席に入った。
できれば7回で決めたい試合。初回から景気良く行きたい所だ。
「(簡単に打たれるな畜生。もっと際どい所に――)」
一球目、ストレートは大きく外れてボールになった。
球速表示は128キロ。出処が見易いので速さは感じない。
「ボール、ツー!」
「ボール、スリー!」
二球目、三球目も外れてボール。
いきなりポンポンと打たれた結果、慎重になっているのだろうか。
「……ボール、フォア!」
結局、四球目も見送ってフォアボール。
一塁側、國秀院久山のブルペンでは、早くも次の投手が準備を開始していた。
『5番 ライト 堂上くん。背番号 9』
一死一二塁となり、続く堂上が右打席に入る。
彼はホームベースを叩いてからバットを構えた。
「(休める打順ねえな。本当に都立かよ)」
怪盗少女の音色が流れる中、村上さんはセットポジションに入った。
ここで打てるか、それとも抑えられるか。試合のターニングポイントなのは間違いない。
一球目、村上さんは腕を振り下ろした。
フォアボール直後の甘い球。堂上はフルスイングで捉えると、美しいフォロースルーでバットを投げ捨てた。
「わあああああああああああ!!」
「すげー! 140mくらい飛んだか!?」
「2試合連続でコールドは勘弁してくれ……」
大歓声と共に、打球はレフトスタンド中段に突き刺さった。
堂上のスリーランで4点目。マウンドの村上さんはガックリと項垂れている。
やはりと言うべきか、この投手陣なら幾らでも点は取れる。
問題は投げる方。果たして、強力打線に中橋達は通用するだろうか。
その答えは、すぐそこまで迫っている。
富士谷4=4
國秀久=0
【富】中橋―駒崎
【國】村上―大海
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