33.天井知らずの最強世代
2011年7月26日。
西東京大会準々決勝は2日目を迎え、富士谷の面々は明治神宮野球場を訪れていた。
球場では1試合目、都大三高と八玉学園の選手達がアップを行っている。
俺達は三塁側スタンドに腰を掛けて、試合の前半だけ観戦する事になった。
「で、何でお前がいるんだよ」
「……ちょっと気になる事があってね。まあ気にしないで」
そう言葉を交わしたのは都大二高の相沢である。
何故か紛れ込んでいた。宿敵である三高の観察だろうか。
一応、この試合は正史では組まれていない。
どうせ三高が勝つと思うが「何か」が起きる可能性はある。
尚、メンバーは下記の通りとなった。
【八玉学園】
中 ⑧高橋(3年)
右 ⑨山崎(3年)
二 ④久保(2年)
投 ①横溝(2年)
捕 ②越谷(3年)
一 ③佐久間(3年)
左 ⑦北澤(3年)
三 ⑤川田(3年)
中 ⑥竹村(3年)
【都大三高】
中 ⑧篠原(2年)
二 ⑭町田(2年)
遊 ⑥荻野(2年)
三 ⑤木田(2年)
一 ③大島(2年)
左 ⑦雨宮(2年)
捕 ②木更津(2年)
投 ⑪宇治原(2年)
右 ⑬高山(2年)
特筆すべきは、都大三高は全員2年生という点だ。
去年からレギュラーの木代さん、金子さん、吉田さんはスタメンから外れている。
正史ではレギュラーだった筈だが……何か事情があるのだろうか。
『1回表 八玉学園高校の攻撃は、1番 センター 高橋くん。背番号 8』
そんな事を思っている内に試合は始まっていた。
マウンドには世代最速右腕の宇治原。正史通りなら2年時点で154キロを記録する。
「選抜では見れなかったからな〜」
「今回も初先発だっけ?」
「三高は都立としか当たってないから、今まで温存してたんだろうね」
「何キロ出るんだろ……」
富士谷の選手達も球速表示に注目していた。
この時代は163キロという記録が出る前。2年生で154キロが出れば、相当な衝撃を受けるだろう。
一球目、宇治原はワインドアップから腕を振り下ろした。
高めに浮いた豪速球。高橋さんは思わずバットを振ってしまう。
その瞬間――銃声のようなミットの音と共に、大歓声が巻き起こった。
「はっや……」
「嘘だろ……」
「バケモンじゃん……」
富士谷の選手達は言葉を失っている。
さてさて、宇治原の球速は――。
「…………はぁ!?」
球速表示を見上げた瞬間、俺は思わず叫んでしまった。
宇治原の一球目は158キロ。それは――本来であれば3年時に記録する球速だった。
これは正史でもあった誤計測なのだろうか。
俺は恵に視線を向けたが、恵も目を丸くして首をブンブン振っている。
一方で、相沢は真剣な表情で試合を見つめていた。
「うわああー」
「高校生の球じゃねえ……」
「貧打の八玉だと前にすら飛ばんかもな……」
二球目、157キロ。
これは見逃してストライクとなり、再び球場から歓声が湧き上がる。
そして三球目――。
「ットラーイク! バッターアウッ!」
「うおおおおおおおおおお!」
「やべー! これ甲子園4連覇あるだろ!」
渾身のストレートで見逃し三振。
球速表示は当時の高校生最速記録――159キロを示していた。
※
異常事態に伴い、転生者3人は人気の無い場所に移動していた。
「で、何が起きた?」
俺は相沢に問い掛ける。
彼なら何か知っている筈だ。でなければ、このタイミングで神宮には来なかっただろう。
「……上振れだね。結論だけ言えば、都大三高は正史よりも強くなってる」
相沢は真剣な表情でそう答えた。
上振れと言われても、当然ながらイマイチ理解できない。
「上振れって何〜?」
「ざっくり言えば福生と同じ。バタフライエフェクトで選手達の成長曲線が上にブレたんだと思う」
恵の問い掛けに、相沢はそう答えた。
ただ、都大三高は福生とは違い、元から最高の環境と意識で練習している。
いくら歴史が変わったとは言え、環境や意識が更に高まるとは思えない。
「なんでまた……」
「んっとね、歴史って基本的に修正を嫌うんだよね。それも歴史が大きければ大きい程ね」
俺は言葉を溢すと、相沢は言葉を続ける。
「逆に言えば小さい事には寛容なんだ。例えばだけど、福生と武蔵境北の勝敗が入れ替わるとか、何度も優勝してる大阪王蔭が優勝逃すとか、西東京代表が東山大菅尾から都大二高に変わるとかね」
だいぶ寛容だな、というツッコミは心に留めておいた。
「ただし――来年の都大三高の春夏連覇は、高校野球史に残るビッグイベント。
そこに待ったを掛ける存在が現れたとしたら、都大三高に上方修正が掛かっても可笑しくはない……っていうのが俺の見解かな」
相沢は語り終えると、残念そうに息を吐いた。
「俺らのせい……?」
「たぶんね。雨天コールドながらも下級生中心で勝って、かつエース温存で善戦もしたからね。三高の選手に直接干渉してるし間違いないよ」
その見解を聞いて、俺は言葉を失ってしまった。
ただでさえ凶悪な都大三高の強化。この絶望は計り知れない。
「あ、じゃあ5回戦の結果も変わってたんだ!」
「そうだねー、正史では主力投手が投げて11対6だったよ。だから気になって来たんだ」
「ほらぁ〜! 私の言った通りじゃん!」
恵は体を揺さぶってきたが、俺は失意に飲み込まれていた。
何故なら――もし相沢の説が正しければ、完全に詰んでいるからだ。
「それイタチゴッコにならねぇ……?」
俺は言葉を振り絞った。
いくら此方が強くなっても、相手が更に強くなるのなら、もう勝ち目は無いのではないだろうか。
「まあまあ、物理法則は無視できないから上限は必ずあるよ」
「日本人高校生の物理的な限界に挑めってか……」
「そういう事になるね。あと実力が拮抗してれば弱い方も3割は勝てるし」
相沢は気楽そうに語っている。
まるで他人事と言わんばかりだ。
「お前、何か楽しそうだな……?」
「いやあ、一瞬は絶望したけどさ。ポジティブに捉えれば、都大三高を脅かす存在が現れたって事でしょ?
何十周もしてて初めての事だから、何というか……少しだけワクワクしちゃうよね」
相沢はそう言って笑みを見せた。
彼ですら初めて体験した都大三高の凶悪化。それだけ富士谷(か都大二高)が強くなったという事なのだろうか。
「ま、そう言われると自信にはなるな」
「でしょ。俺達のやってた事は間違って無かったって事だよ」
「あの都大三高を脅かすチームかぁ。なんかすっごく高い所に来ちゃったなぁ〜」
来年の都大三高が「中学生が考えた最強の野球チーム」みたいな理不尽な戦力なのは今更である。
この事実はポジティブに捉えよう。俺は今、確実にラスボスの足を掴んでいる。
「じゃ、そろそろ戻ろうか」
「横溝くん頑張ってるかな〜?」
「あいつは動けるオタクだからな。そう簡単には打たれな――」
そんな言葉を交わしながら、俺達は三塁側のスタンドに戻った。
ふとバックスクリーンを見上げてみる。1回裏には「7」の数字が入っていた。
「フルボッコじゃねえか……」
「八玉は守備いいのにね〜」
「(……帰ったら今後のプランを練り直そう)」
やはりと言うべきか、都大三高の2年生は常識破りの戦力である。
その事実を再確認してから、目先の準々決勝に切り替えるのだった。
八玉学園000 00=0
都大三高735 0x=15
【八】横溝、古市、星野、羽山、横溝―越谷
【三】宇治原、堂前―木更津
※5回コールド
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