23.長すぎる前座
金曜日、俺達は2回戦の舞台である八王子市民球場へと足を運んだ。
西八王子駅から徒歩で約10分、最寄が同じ富士谷高校からも徒歩20分くらいで、今日は授業を終えた生徒が沢山来る見込みになっている。
東山大学菅尾との対戦は3試合目、14時30分開始予定。という事で、余裕を持って12時前に到着したのだが――。
「うわ……まだ7回かよ」
1試合目、八玉学園と都立大平西高校の試合は、5対5の同点で7回に入った所だった。
なんてことはない、昨夜から降り続いた雨の影響で、試合開始が遅れてしまったのだ。
おまけに内容も5点勝負、時間もかかる訳だな。
「卯月、ここの勝者と当たる可能性はあるのか?」
「んー、4回戦で当たるかもな。まあ順当にいけば八玉だろ」
「なるほど。観る価値はある、という訳だな」
堂上と卯月がそんな会話をしていた。
ちなみに卯月の予想は大ハズレ。西東京の強豪・八玉学園は、この試合で早くも消える事になる。
俺達は一塁側スタンドの奥に座り、自分達の出番を待つ事になった。
三塁側スタンドの奥に目を向けると、東山大菅尾の選手達が気楽そうに談笑している。
都立に苦戦する八玉学園を嘲笑っているのだろうか。
気持ちはわからないでもない。
俺も関越一高にいた頃は、他の強豪校の「やらかし」を願っていたものだ。
試合はお互いに1点を追加し、延長戦に突入した。
退屈してる俺とは裏腹に、1回、また1回とイニングを重ねる毎に、球場全体が盛り上がる。
そして迎えた13回裏、大平西が一死一三塁のチャンスを作ると、ブラスバンドが奏でる夏祭りと共に、観客のボルテージは最高潮に達した。
「大関ー! 自分で決めろー!」
「大関くーん! 打ってぇー!」
一塁側、大平西の応援席。
「うひょ~、これオニシ勝つっしょ!」
「都立が勝てば、うちも流れに乗れるかもね」
富士谷の選手達。
「ははは、マジで八玉負けそーじゃん」
「だから末広はクソだって言ったろ」
東山大菅尾の選手達。
95:名無しのおじさん
『末広またピンチかよ、高卒プロは絶対無理だな』
96:名無しのおじさん
『大平西すげええええええ!!』
ネットで実況する高校野球ファンの方々。
それは異様な光景だった。
三塁側の一部、八玉学園の関係者を除く誰しもが、大平西の勝利を願っていたのだ。
カキーンッ!
「「わぁー!!!!!!」」
大平西の背番号1・大柄な右打者が放った打球はショートの頭を超えていった。
八玉学園のプロ注目左腕・末広さんがその場で泣き崩れる。
その瞬間――球場は大歓声に包まれ、大平西の選手達がベンチから飛び出した。
スタンドでは、泣きながら喜ぶ女子生徒や、金網に張り付いて叫ぶ男子生徒。果ては全く関係なさそうなオッサンまでもが、大平西の選手達に歓声を浴びせていた。
「ふむ……まるで優勝したかのような騒ぎだな」
「いや~感動したわ。勝てるもんなんだな~」
「僕は八玉に同情しちゃうなぁ。あれじゃあ選手はやり辛いよ」
本当にその通りだ、野本。
全ての根本は、判官贔屓が生んだ異様な世界観にある。
球場全体が弱者を味方し、強者に重圧を与え、大衆が望むドラマを作り出したのだ。
かつて強豪私学にいた身としては複雑だ。
強豪のほうが多大な努力を重ねているのに、無様に負ける様を期待されているのだから。
けど仕方がない。観客の多くは面白い波乱を待ち望み、現役選手や関係者も、強豪校の早期敗退を心の何処かで期待している。
つまり――感情と利益の両面で「高校野球の判官贔屓」は生まれているのだ。
※
続く第2試合、都立福生高校と都立保野高校の対決は、試合開始予定時刻の11時30分から大幅に遅れ、14時10分の開始となった。
東山大菅尾に勝てば、この試合の勝者と対決する事になる。
偵察を兼ねて真面目に観戦したのだが、これまた凄まじく長い試合となった。
福生の2年生・森川さんと、保野の3年生・坂山さん。
両右腕による投げ合いは、お互いランナーを出しながらも、要所を締める投球で、ロースコアながらも的確に時間を稼いでいった。
試合が中盤に差し掛かると、俺達は芝生の外野スタンドに身を移し、ストレッチやランニングをして体を暖めた。
やがて9回を迎え、ダッグアウト裏へと身を移す。
しかし、無情にも試合は延長戦へと突入し、退屈な時間は暫く続いた。
「いや~……流石に飽きてきたわぁ……」
待機中、鈴木がそう溢した。
お前はまだマシだろ。俺なんて既に結果知ってるんだぞ、最初から苦痛だったまである。
ちなみに保野が勝つ。恵が言ってた。
その後、恵の言った通り、延長12回表に得点が入り、4対3で保野が勝利した。
この時点で時刻は17時に迫っていて、空は夕焼けに染まっている。
整備やシートノック等を含めたら、試合開始は18時近くになるだろう。
富士谷高校と東山大菅尾高校の一戦は、点灯試合になる事が確実となった。