27.総力戦
福_生000 020 002=4
富士谷002 000 01=3
【福】中里、森川―入谷
【富】柏原―駒崎、近藤
「ットライーク! バッターアウト!」
「ナイピッチ柏原ー!」
9回表、後続は抑えてチェンジになった。
選手達は一塁側ベンチに撤収していく。その表情に余裕はない。
堂上と津上を除く選手達は、少なからず焦りを見せていた。
「柏原、打たれた事は気にすんな。お前は良く投げたよ」
「うっす」
そう声を掛けてきたのは田村さんだ。
頭にはヘルメットを被り、両手にはバッティンググローブが着けられている。
代打で出るのだろうか。近藤への代打なら無難な選択と言えるだろう。
「……後は3年生で何とかすっからな。任せとけ」
田村さんは言葉を続けると、バットを引き抜いて打席に向かっていった。
ネクストには阿藤さんが入っている。瀬川監督は3年生に全てを託したのだろう。
『都立富士谷高校、代打のお知らせ致します。8番 近藤くんに代わりまして、ピンチヒッター 田村くん。背番号 7』
ブラスバンドが奏でるアフリカンシンフォニーと共に、3年生の田村さんが左打席に入った。
彼は今でこそベンチだが、実力は強豪の選手と遜色ない。
もし、約1年間に及ぶ一時退部が無ければ、今日もスタメンで出場していただろう。
「(思い出代打なんかじゃねえ。俺が反撃の狼煙を上げる……!)」
「(都立はここからがよえーからな。自滅しねーように気を付けねーと)」
一球目、森川さんはワインドアップから腕を振り下ろした。
恐らく外角低めのストレート。田村さんは初球からバットを振り抜くも、打ち損じた打球はゴロになってしまった。
「ショート!」
打球はショートの正面に転がっていく。
しかし――。
「ああっ!!」
「わああああああああああ!!」
ここで中里はファンブルしてしまった。
一塁には投げられない。田村さんは駆け抜けると、振り返ってガッツポーズを見せた。
「っしゃあ!! (クソだせぇけど結果オーライだぜ!)」
これで無死一塁。
手に汗握る展開に、客席からも大声援が響いている。
伏兵、とりわけ公立校は9回からが非常に弱い。
8回まではリードしていても、9回や延長で逆転されるのはよくある話だ。
強豪側が9回二死から連打で逆転、なんて話も珍しい事ではない。
「すいません!!」
「いいよいいよー。一個ずつなー!」
守備は兎も角、森川さんは相変わらず動じていなかった。
続く打者は阿藤さん。1点差で此方が裏なので、当然ながら送りバントである。
「おおおおおお!」
「上手い!!」
阿藤さんは三塁線に転がした。
偶然ながらも絶妙なバントに、客席からは響めきが起こっている。
しかし――森川さんは流れるような動きで捕球すると、ノーステップで一塁に放った。
「アウトォ!!」
「うおおおお!!」
「惜しいいいい!!」
一塁は際どいタイミングでアウト。
送りバントは成功したが、相手の好フィールディングで内野安打は阻止された。
相手も3年生。そう簡単には道を譲ってはくれない。
なにはともあれ一死二塁。一打同点の好機である。
ここで迎える打者は野本。スマイリーの音色と共に左打席に入る。
「のもっちー! 大きいのいらないよー!」
「得意の内野安打でいいぞー! 繋げ繋げー!」
大声援に包まれながら、野本は左打席でバットを構えた。
初球、二球目は見送ってボール。相手も慎重になっている。
そして迎えた三球目――バックドアのスローカーブを振り切った。
「おおっ!!」
「わあああああああああ!!」
捉えた当たりは一二塁間に飛んでいく。
そのまま抜けるかと思われたあたり。しかし――セカンドの正津は飛び込むと、ノーバウンドでキャッチした。
「アウトォ!!」
「セカン!!」
セカンドライナーでツーアウト。そして――二塁の田村さんは飛び出している。
不味い――と思ったのも束の間、正津はボールを握り損ねて地面に落とした。
「ああ〜……」
「あぶねぇー」
「けど追い詰められたぞ……」
二塁には投げられない。客席から安堵と落胆の息が漏れた。
捕球後の落球という事で、セカンドライナーの判定は変わらず。
これで二死二塁。とうとう完全に追い詰められた。
「(2番は京田だろ? ま、代打だろうな)」
続く打者は京田だが――当然ながら代打が送られる。
しかし、渡辺や駒崎は交代済み。田村さんも使ってしまった。
ここで出てくる選手は――。
『都立富士谷高校、代打のお知らせ致します。2番 京田くんに代わりまして、ピンチヒッター 中道くん。背番号 13』
「ざわざわ……」
「えっ……誰だよ……」
1年生の中道が打席に向かうと、客席からは困惑気味の声が漏れた。
福_生000 020 002=4
富士谷002 000 01=3
【福】中里、森川―入谷
【富】柏原―駒崎、近藤
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