23.折れない心
福_生000 02=2
富士谷002 0=2
【福】中里、森川―入谷
【富】柏原―駒崎、近藤
炎天下の八王子市民球場には、ブラスバンドが奏でる夏祭りが響いていた。
「……プレイッ!」
『只今のバッターは、8番 サード 大山くん。背番号 5』
無死一三塁。右打席には大柄な大山さん。
ガチムチという訳ではなく、少し腹が出ているように見える。
「(鈍臭そうだしな。変化球からいくか)」
ホームの先には春まで正捕手だった近藤。
打撃は都立の下位打線レベルだが、守備に関しては名門のレギュラークラスと遜色ない。
まさに捕手のプロフェッショナル。守備で流れを引き寄せるには適任だろう。
一球目、外のスライダー。
大山さんは手を出してきたが、大袈裟な空振りでストライクになった。
「(無様なスイング見せちまったなぁ。もう一球くるか?)」
二球目、内のストレート。
これは見送られてストライク。内角ギリギリにズバッと決まった。
「(とにかく前に飛ばしたいなぁ。前進してるし、強く叩けば抜けると思うんだけど……)」
追い込んで三球目、大山さんはバットを寝かせてきた。
この選手に小技は無い。三塁走者も俊足ではないので、セーフティスクイズは考え辛いだろう。
俺はセットポジションから左足を上げる。
少し勿体ない気がする――が、より絶望を与える為には致し方ない。
そのまま腕を振り抜くと、白球は鋭く落ちていった。
「ットライーク! バッターアウト!」
大山さんはバスターするも空振り三振。
白球は近藤のミットに収まっていた。
伝家の宝刀・サイドスローからのスプリット。
この球は相沢にしか打たれていない。都立の選手にはカットするのも難しいだろう。
「スプリットきた。3球目?」
「うい。ま、俺には使わんだろうけどな」
続く打者は途中交代の山我さん。
大山さんと言葉を交わしてから左打席に入った。
この打者は俊足の左打者だ。
打力自体は9番目の選手だが、打ち損じの内野ゴロで1点入る可能性は否めない。
つまり、この選手も三振で打ち取る必要があるという事だ。
一球目、俺は外角低め一杯にストレートを投じた。
「ットライーク!!」
振り遅れてストライク。正直、振りは非常に鈍い。
続くサインは内角高めのストレート。定石の対角線である。
「(……よし、決めるぜ)」
二球目、セットポジションから左足を上げる。
その瞬間――。
「走った!!」
走者は一斉にスタートを切ると、山我さんはバットを寝かせてきた。
しかし、俺は気にせず腕を振り抜く。白球は内角高めに吸い込まれていった。
「ファール!!」
山我さんはバットに当てるのが精一杯。
打球は近藤の後ろに飛んでファールとなった。
そう簡単にスクイズが決まったら苦労はしない。
事実、去年の都大三高ですら、俺のストレートを転がす事は出来なかった。
福生の9番打者には無理がある要求だろう。
「(あーやばいやばい。三振はダメ、三振はダメ……)」
2ストライク0ボール、スクイズ失敗で精神的にも優位に立った。
三球目、外へ逃げるスクリューを放る。山我さんはバットを出したが――。
「ットライーク! バッターアウト!!」
「柏原すげー!」
「ああ〜……勿体ないなぁ」
片手で当てに行くも空振り三振。
客席からは歓喜と落胆の声が漏れていた。
やはりと言うべきか、都立高校の下位打線は弱い。
限られた推薦枠と練習環境。その中で、9人全員が繋がる打線というのは、富士谷レベルの改革をしないと作れないだろう。
『1番 キャッチャー 入谷くん。背番号2』
しかし、ここで打順は上位打線に戻ってくる。
ブラスバンドが奏でる紅と共に、好打者の入谷さんが右打席に入った。
「(……フォアや甘い球は期待できねぇ。自分ならどう組み立てるかってのを考えて、狙い球を確実に振り切んぜ)」
入谷さんは都立レベルの好打者。
俺相手に長打は無いと思うが、芯に当てて単打を放つだけの打力はある。
少なくとも、都大二高の試合を見た時はそう感じた。
「(考えろ俺。ここまでストレート多めだけど、1番の俺にも同じ攻めするか……?)」
入谷さんは深呼吸してバットを構える。
近藤のサインは低めのサークルチェンジ。ここまで直球主体だったので、あえて遅い球で打者のテンポを崩す狙いだ。
一球目、セットポジションから腕を振り抜いた。
緩やかな球はミットに吸い込まれていく。しかし――。
「(遅い……けど待てる……!)」
入谷さんはコンパクトにバットを出してきた。
鋭い当たりは三塁方向に飛んでいく。不味い――と思ったのも束の間、京田は渾身のジャンプで白球を捕らえた。
「アウト! アウトォ!!」
「おおおお! ナイスプレー!」
「ああー惜しいいいいい!」
サードライナーでスリーアウト。
一塁側、富士谷の応援席からは大歓声が巻き起こった。
同点で無死一三塁、一打勝ち越しの場面から無得点。
ここまで出塁に恵まれなかった福生としては、非常に手痛い攻めになっただろう。
「惜しかった惜しかった。ナイバッチ入谷」
「っはぁー、やっぱ相手は上手えわ。大山なら抜けてたのに」
「ちょ、酷くない?」
しかし、これでも折れないのが福生である。
選手達は和気藹々と、各ポジションに散っていった。
「(やるじゃねーか。ま、そう簡単には勝てると思っちゃいねーけどな)」
マウンドの森川さんと視線が交差する。
4番でエース同士の投げ合いは、また暫く続く予感がした。
福_生000 02=2
富士谷002 0=2
【福】中里、森川―入谷
【富】柏原―駒崎、近藤
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出来れば28日に投稿しますが、間に合わなかったら29日にします……!