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15.これが夏

都大二高001 030 000=4

福__生400 000 00=4

【都】田島、大野―岩田

【福】桐山、森川―入谷


 熱気が溢れる多摩一本杉の地には、ブラスバンドが奏でる前略道の上よりが響いていた。

 どうでもよい事だが、この曲を採用している都立高校は非常に多い。

 にも関わらず――甲子園では聞く機会が少ないのは、都立が全国まで勝ち上がらないからだろう。


 9回裏、無死満塁。迎える打者は1年生の水口。

 マウンドの大野さんは、140キロに迫るストレートを中心に組み立て、2ストライク2ボールまで追い込んでいた。

 そして迎えた5球目。気迫溢れる直球を振り下ろすと、水口は引っ張り方向に弾き返した。


「(捕れる……!)」


 強めのゴロが三遊間を襲う。

 これは――とも思ったのも束の間、相沢はダイビングキャッチで白球を捕らえた。

 起き上がって本塁に送球する。その瞬間――。


「わあああああああああああ!!」

「うわああああああああああ!!」


 悲鳴混じりの歓声と共に、相沢の送球は横に逸れてしまった。

 ベースの斜め前でハーフバウンドになる送球。捕手の岩田は逆シングルで捕りに行く。

 しかし――白球は前に溢れると、それと同時に三塁走者の中里はホームを踏んだ。


「セーフ!!」

「っしゃあああああああ!!」

「やったあああああああ!!」


 主審の両手が横に広がる。

 その瞬間、まるで優勝したかのように、福生の選手達はベンチから飛び出してきた。


「(くそっ……俺が捕れてれば……)」

「(はー……やっちゃったなぁ)」


 捕手の岩田は膝を付いたまま俯いている。

 相沢も膝に手を付いて、大きな溜め息を吐いているように見えた。

 しかし2人はまだ2年生。()()に比べたら傷は浅いのかもしれない。


 マウンドの大野さん、ショートの八谷さん、守備固めで出てきた両翼の外野手。

 そして――ベンチに数多く控える3年生達は、その場で踞って顔を隠していた。


「毎週一緒に練習してたから、ここで負けるのを見るのは悲しいね」

「……ああ」


 少し悲しげな恵に、俺は適当に言葉を返した。

 伏兵に敗れて夏を終える気持ちは、一度経験した俺にも痛い程分かる。

 3年生にとって、悪い意味で忘れられない夏となるだろう。


「都大二高、整列急いでー!」


 無情にも審判達から集合を急かされた。

 一部の3年生は、肩を支えられながらホームに向かっている。

 前年王者と伏兵の一戦。その結末は、あまりにも呆気ないものだった。





 試合終了後、球場の外で都大二高の選手達と遭遇した。

 彼らは一様に涙を流している。この世の終わりと言わんばかりだった。


 そんな中、俺は相沢を見つけ出した。

 流石に彼は泣いてはいない。ただ、少なからず悔しかったようで、ネットに寄り掛かりながら俯いていた。


「おつかれ。残念だったな」

「……普通、この地獄みたいな空間に来る?」

「もし立場が逆だったら、お前は来るだろ?」

「勿論。背に腹は代えられないからね」


 相沢と言葉を交わすと、その場から少し離れた。


「自分のプレーで負けた割には元気だな」

「何度も経験してきた事だし、俺の本番は来年だからね。ただ、本来ベスト4のチームを負けさせた事への罪悪感はあるよ」


 相沢はあっさりした雰囲気で語っていた。

 最後の夏に失敗するのも辛いが、先輩の夏で失敗するのも辛い部分がある。

 周回している相沢でなければ、これもトラウマになり得る案件だろう。


「で、福生のこと聞きに来たんだよね」

「ああ。単刀直入にどうだった?」

「選手の詳細は後でメールするよ。その上で、一つ言うならだけど――」


 相沢はそう言って言葉を続ける。


「これで燃え尽きるチームではないね。むしろ勢いに乗ってるかもしれない。特に森川さんからはそれくらいの気迫を感じたよ」


 そして淡々と語り終えると、俺は固唾を飲み込んだ。

 ジャイアントキリングを達成した高校は、燃え尽きて次戦で消える事が多い。

 その中で、相沢は福生を「勢いに乗ってくる」と評価してきた。


 やはりと言うべきか、次は苦戦を強いられる可能性が高い。

 幸い、偵察では優位を取れるので、手に入れた情報を整理して挑みたい所だ。


「あ……集合するみたい」

「おう。また後でメールよろしく」


 早すぎる都大二高の敗退。そして――3人のツチノコを擁する伏兵・福生。

 ここまで無風だった西東京に、夏の嵐が吹き荒れる予感がした。

都大二高001 030 000=4

福__生400 000 001x=5

【都】田島、大野―岩田

【福】桐山、森川―入谷


NEXT→7月19日

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