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13.都立の限界

都大二高001 0=1

福__生400 0=4

【都】田島―岩田

【福】桐山、森川―入谷

 雲一つない炎天下の多摩一本杉では、ブラスバンドが奏でる怪盗少女の音色が響いていた。

 5回表、無死一二塁。U―15日本代表の大浦が左打席に入る。


「(バントのサインは無し。1年の俺に任せてくれるって事ね)」

「(無死一二塁でさっきホームランの1番か。へへっ、最高に熱い展開じゃねーか)」


 マウンドには福生の背番号3・森川さん。

 体格に恵まれた右のオーバースローで、ワイルドな顔立ちをしている。

 その出で立ちは、いかにもチームの中心人物と言った感じだ。


 一球目、森川さんはセットポジションから腕を振り下ろした。

 緩やかな球は、弧を描いてミットに吸い込まれていく。


「ットライーク!」


 大浦は見逃してストライク。

 バックドアのスローカーブだろうか。しっかり低めに制球されている。


「(それ入ってんのか。次は内の速い球で来そうだけど……そこまで制球できるのかな)」


 二球目、内角高めに見えるストレート。

 大浦はバットを止めると大袈裟に仰け反った。


「ボール!!」

「(ほら、出来ない。となると外でカウントを稼ぐしかないんだよ)」


 大浦は頷きながらバットを構え直す。

 三球目、外角低めに見えるストレート。大浦は鋭く振り抜いたが――。


「……ファール!!」


 ライナー性の当たりは、三塁側スタンドに飛び込んだ。


「(外の制球は良いな。偶然か?)」

「(ゴロ打たせてーんだけど、どうすっかな)」


 四球目は内の速い変化球。これはワンバウンドしてボールになった。

 そして五球目――。


「……ファール!!」

「(あっぶな、それボールにしか見えないんだよ)」


 バックドアのスローカーブは、追っつけて打ってファールとなった。

 この後のストレートは物凄く早く見える。大浦としては緩急に警戒したい所だ。


「(狙いは外のストレート。スローカーブ連投ならカットする)」


 六球目、森川さんはセットポジションから速球を放つ。

 大浦はバットを振り抜くが――。


「ットライーク! バッターアウッ!!」

「おおおおおおおおおおおお!!」

「ないぴー!!」


 渾身のストレートで空振り三振。

 この50キロ近い緩急は、分かっていても打てるものではない。


「(結局三振とっちまったな。ま、抑えられりゃ何でもいっか)」


 大歓声に包まれながら、森川さんは半笑いでボールを受け取った。

 一死一二塁となり、昨年の富士谷戦では先発した折坂が左打席に入る。


「(サード足おっせえしな。それなら――)」


 その初球――折坂はサード側へのセーフティバントを試みた。

 しかし、森川さんは迷わず白球を捕りに行くと、流れるような動きでサードへ送球する。


「……アウトォ!!」


 三塁審の右腕が上がって三塁封殺。

 サードは併殺を狙いに行くが、握り直して送球を諦めた。


「すまん森川」

「オッケーオッケー、ツーアウトな」


 森川さんは、人差し指と小指を立てて手を振っていた。

 一方、相沢は真剣な表情で左打席に入る。フゥーと一息吐くと、シンプルな構えでバットを握った。


「涼ちゃん(相沢)大丈夫かな〜」

「まあ見てろって。伊達に何十周もしてねえよアイツは」


 相変わらず怪盗少女が鳴り響く中、俺と恵は言葉を交わした。

 マウンドにはツチノコの森川さん。相沢が最も苦手とする、本来は陽の目を浴びない隠れた逸材だ。


 しかし、相沢は何十回も高校球児をやり直して、自分の体の使い方を熟知している。

 いくら好投手とはいえ、140キロ前後のストレートで抑えられる器ではない。


 初球、森川さんは速球を振り下ろした。

 外角低め一杯であろう全身全霊のストレート。

 そんな球に対して、相沢は鮮やかな流し打ちで白球を捉えた。


「おおおおおおおおお!!」

「きたあああああああ!!」


 打球は三遊間への強い当たりとなった。

 ショートの中里はダイビングするが、白球はグラブの先を抜けていく。


「抜けたああああああああ!」

「ホームホーム!!」

「(ホームは踏ませねえ……!)」


 二塁走者の八谷さんは三塁を蹴った。

 それを見た福生のレフトは、助走をつけて片手でゴロを捕りに行く。

 しかし、ここで思わぬ事態が発生した。


「ああっ!」

「まわれまわれぇー!!」


 福生のレフトは痛恨の後逸。

 打球はフェンスまで転々と転がり、一塁走者の田島も悠々と生還した。

 そして――。


「……セーフ!!」


 相沢も生還してランニングホームラン(記録は単打と失策)が成立。

 高校野球を知り尽くした男の一振りで、試合を振り出しに戻した。


「きゃー、さすが涼ちゃん!」

「だから言ったろ。良くも悪くもそう簡単に抑えられる奴じゃないんだって」

「福生もここまでっすね。あの守備じゃまだ点取られますよ」


 福生にとって、ここで同点は非常に厳しい展開である。

 しかし、マウンドの森川さんは、舌を出しながら半笑いを浮かべていた。


「(しゃーないしゃーない。簡単に勝てたらつまんねーしな)」


 味方の失策に慣れ過ぎて、もはや悟りを開いているのだろうか。

 動揺する気配は全く無い。それどころか、逆境を楽しんでいる素振りすらある。


 こうなってくると展開はまだ読めない。

 投手が折れなければ大量失点は避けられる。都大二高の田島も粗いので、福生が勝ち越す可能性は十分にあるだろう。


「……まだ分かんねえな。折れてないよ福生は」

「そっすかねぇ。俺がピッチャーならサードとレフトぶん殴ってますよ」

「試合で絶対にやるなよ??」


 そんな言葉を津上と交わしながら、俺達は試合の行方を見守る事にした。

都大二高001 03=4

福__生400 0=4

【都】田島―岩田

【福】桐山、森川―入谷


NEXT→7月17日(土)

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