21.対策と彼の未練
青瀬戦の翌日、期末テストの最終日を終えて、放課後にミーティングを行う事になった。
と言っても、ミーティング開始までは2時間以上も空いている。
恐らく、瀬川監督と畦上先生は、テストの後処理に追われているのだろう。
と言うわけで、恵に呼ばれた俺は、1年3組の教室へと足を運んだ。
「お、誰もいねぇじゃん」
「へへへー、みんな追い出したからね~」
「お前ってけっこう発言力あるよな……」
追い出した後に男子生徒を招くって……変な誤解をされないか心配だ。
まあ仕方がない。これから行われる作戦会議は、未来を知る二人だけに許された内容だからな。
「かっしーは菅尾の事どこまで知ってる?」
「んー、4番は小野田さんだろ。んで奥原さん、堀江さん、山本さんあたりも結構打つよな」
東山大菅尾戦で鍵になるのが、高校通算58本塁打のスラッガー・小野田さんの攻略だ。
この選手は、外角攻めが主流のアマチュアでは無双するが、プロ入り後は内角攻め、特にフロントドアの球に苦しみ、僅か数年で戦力外になっている。
この選手はやりやすい。4番を置き物にできれば、だいぶ優位に進められるだろう。
「ふふっ。何か策がありそうな顔してるね。ま、投球面はかっしーに任せるよ」
「んじゃ攻めか。正史で2回戦は観てないんだよな?」
「そりゃー、うちは負けちゃったしね。転生できるって知ってたら観に行ったんだけどなぁ~」
恵は冗談混じりにそう言った。
「で、エースは大崎さんか。MAX142キロのストレートに、持ち球はスライダー、カーブ、シンカー、ツーシーム。何より制球が良い……と」
「そうそう。記事で見たけど、ツーシームは菅尾時代の孝太さんが伝授したんだよね~」
全く、余計な事してくれたな。
この時代にツーシームを投げる高校生はそう多くない。
つまり、打てる選手も限られてくるという事だ。
「……攻略法なくね?」
「ふっふっふっ。あるんだな~、これが」
恵がそう言って差し出したのは、水色のノートだった。
ページを捲ると、ランニングスコアがびっしりと書かれている。
「何これ」
「正史の西東京大会のスコア。思い出したやつを全部記録してるの」
「おまっ……まじで凄いな……」
恵の高校野球に対する姿勢は、もはや引くレベルの領域に達しつつある。
「この年の東山大菅尾は、失点が終盤に偏ってるんだよね。それと、西東京大会で大崎さんが完投したのは決勝戦だけだった気がする」
「つまり、現時点では体力面に不安があり、控え投手には十分な隙があると」
「そそ! 控え投手で継投した準々決勝は乱打戦になったしね~」
よく覚えてんなほんと。
ただ、その準々決勝は俺も少しだけ記憶がある。
練習が早く終わって、帰りの電車内で見ていたのだが、お互いに出る投手が次々と打たれていた。
まあ、相手の都大二高はエースが怪我で出れなかったらしいが。
「総括すると、大崎さんに球数を投げさせろって事だな」
「うん。終盤勝負に持ち込めばチャンスはあると思う」
耐球か。結局のところ、一定の打力を要する作戦になってしまうな。
ま、出たとこ勝負になるよりは全然いい。十分に優位が取れるだろう。
ミーティングでは、何とか待球作戦に持ち込むよう誘導した。
俺が提案し、恵が賛同すると、瀬川監督は顎を擦りながら頷いた。
実際、東山大菅尾は春まで継投が中心だった為、大崎さんは完投に慣れていない、という憶測は自然に立てる事ができた。
控え投手の実力に関してはゴリ押しになったが、エースよりは落ちるだろうという事で納得して頂いた。
ミーティングの後、孝太さんは複雑な表情でアンドロイドの画面を眺めていた。
「なに見てるんですか?」
「匿名掲示板。菅尾野球部のスレッドがあるんだよね」
そうそう、この人エゴサとかめちゃくちゃ好きなんだよな。
琴穂はまだガラケーだけど、孝太さんはこれをする為に買い換えたらしい。
どれどれ内容は……。
155:名無しのおじさん
『今年は行けそうじゃね? 小野田と山本いるし、大崎も覚醒したっぽい』
正史なら本当に優勝するんだよな。先見の明があるな。
156:名無しのおじさん
『大崎じゃ無理だろ。鵜飼を使った方がいい』
いるよな、試合に出てない選手の評価を上げる奴。
157:名無しのおじさん
『鵜飼練習しろ』
流石に本人は書かねえだろ。
158:名無しのおじさん
『金城戸倉鵜飼の三バカ推してた奴らは現実見ろよ。肩書きだけで誰もモノにならなかったじゃねーか』
……三バカか、随分な言われようだな。
他二人の事はあまり知らないけど、孝太さんと同じように、入学当初は期待されていたのだろう。
「仕方がないよ。実際に俺はここに居る訳だし」
孝太さんは残念そうに言った。東山大菅尾に未練があるのだろうか。
それなら――その未練を断ち切るのが俺の役目だ。
「そんな顔しないでくださいよ。絶対に勝って、富士谷に来て良かったって思わせてみせますから」
「竜也……」
俺は格好つけてそう言ってみた。
絶対に勝つ。正史では優勝する東山大菅尾に勝って、高校野球の――金城兄妹の歴史を変えてみせる。
それが、俺の人生を変える第一歩にもなる筈だから。
「けど俺、竜也が琴穂を泣かせたこと割りと根に持ってるからね」
「大変申し訳ございません……」
謝る俺に、孝太さんは「冗談だよ」と優しく返した。
補足「フロントドアとバックドア」
ボールからストライクに入ってくる変化球の事。
フロントは内角、バックは外角。