10.楽なのはここまで
4回戦当日、俺達は地元の八王子市民球場に乗り込んだ。
相手は同じ八王子市の八玉実践。今回は第1試合なので、予定通り10時開始の見込みとなっている。
尚、オーダーは下記の通りとなった。
【富士谷】
中 ⑧野本
左 ⑱中橋
三 ⑮津上
投 ①柏原
右 ⑨堂上
一 ③鈴木
捕 ⑫駒崎
遊 ⑥渡辺
二 ⑭大川
【八玉実践】
中 ⑧山田
右 ⑨野際
二 ④恩田
一 ③鷲谷
遊 ⑥松橋
投 ①栗林
左 ⑪加山
捕 ②堺
三 ⑤谷川
怪我明けの渡辺がスタメン復帰。
もう1つ、速球対策で阿藤さんを外すに至った。
八玉実践の先発・栗林さんは最速143キロの右腕。
183cm80kgと体格にも恵まれていて、空振りの取れるスライダーも投げられる。
ただ、他の選手は大した事がない。4番の鷲谷さんは雑誌で紹介されていたけど、ノックを見る限り守備のレベルは低かった。
このチームは右腕の育成に長けているが、伝統的に守備が脆い傾向にある。
だから毎年のように140キロ右腕を擁しながらも結果が出ない。
地元シニアとのパイプもあるだけに、非常に勿体無い高校だった。
「集合! これより、都立富士谷高校と、八玉実践高校の試合を開始します。れぇい!」
「「おっしゃーす!」」
9時57分、富士谷の先攻で試合開始が告げられた。
先頭打者は野本。投球練習でタイミングを取ってから左打席に入る。
栗林さんは速球中心の投球で、ツーストライクツーボールとなった。
「(球に勢いがあるね。ノック見た限り転がせば何か起こりそうだし、とにかく上から叩いていこう)」
五球目、栗林さんはワンバウンドする変化球を振り下ろす。
野本のバットは空を切って空振り三振。しかし――。
「野本走れ!」
「ラッキーラッキー」
捕手が後逸してしまい、その間に振り逃げが成立した。
2番打者は中橋、初球からセーフティバントを決めて無死一二塁。
津上はショート真正面のゴロを放ったが、痛恨の後逸で先制点を挙げた。
『4番 ピッチャー 柏原くん。背番号1』
無死一三塁、追撃のチャンスで俺に回ってきた。
聞き飽きたさくらんぼと共に右打席に入る。マウンドの栗林さんは、外野に下がるよう指示を出していた。
「(クソッ、打たれてねーんだけどな)」
初球、落差のあるスライダーから。
思わず空振りしてストライク。しかし――捕手は横に弾いてしまい、その間に津上は二塁に到達した。
こうなってくると、低めには投げ辛くなってくる。
投手頼みのチームなら尚更だ。ここで捕手は強気に出られないだろう。
二球目、栗林さんは速球を振り下ろした。
予想通り高めに浮いた球。俺は捉えて弾き返すと、打球は左中間に飛んでいった。
「相変わらずうめー!」
「野手でもプロいけそう〜」
痛烈な打球は、後進した左中間の手前でワンバウンドした。
中橋と津上は余裕でホームに帰ってくる。外野が後進していた事もあって、俺はギリギリで二塁を落とした。
早くもコールドの様相を呈してきた。
後続も繋いで更に1点を追加。4点リードで1回裏の守備を迎える。
「……アウトッ!」
1番打者、初球を打って一邪飛。
「ットライーク! バッターアウッ!」
2番打者、スクリューで空振り三振。
「アウトォ!」
3番打者、サード正面の平凡なゴロ。
あっさり3人でチェンジとなった。
八玉実践の打線は4番の鷲谷さん頼み。
3番、5番、6番も比較的パワーはあるが、他は60kg前後の華奢な選手が並んでいる。
正直、この時点で勝ちは決まった。後は何回までに決めれるかである。
2回以降、暫くはお互いに0が並んだ。
相手は腐っても好投手。リズムに乗ってくると、そう簡単に点を取れる物ではない。
しかし――6回に相手のミスが連鎖すると、そこから連打で栗林さんはノックアウト。
鷲谷さんにスイッチしてきたが、似たような右の本格派に抑えられる筈もなく。
一挙7得点で11点差。その裏は梅津が抑えて6回コールドが成立した。
※
試合後、俺は線路情報サイトを眺めていた。
その理由は他でもない。多摩一本杉球場の第2試合が都大二高vs福生なので、これから偵察に行けないか調べていたのだ。
波乱が起こるとしたらこの試合である。
そして福生は情報が非常に少ない。偵察こそ向かわせているが、この目で確かめたいというのが本音だった。
「あ、もしかして一本杉いこうとしてる?」
「ああ。けど1時間以上かかるな。どう考えても試合開始には間に合わねえ」
絡んできた恵に、俺はそう吐き捨てた。
八王子市民球場から多摩一本杉球場は、電車+バスで約1時間15分かかる。
直線距離だと近いのだが、電車だと大幅に迂回するので時間が掛かるようだ。
「ふふっ、しょうがないなぁ〜。こっち来て!」
恵の白い右手が、俺の日焼けした右腕を掴んだ。
手を引かれるがままに引かれると、球場の近くにある駐車場に辿り着く。
そこには、バンパーがボッコボコに歪んだワゴンRと共に、恵の姉――瞳さんがドヤ顔で車に親指を向けていた。
「乗れと……?」
「うん。車なら30分だしね〜」
恵の言う通り、車だと30分程で一本杉まで行ける。
ただ、一度免許を取った俺は知っている。運転者が相当下手糞じゃないと、ここまで悲惨なバンパーにはならない事を。
「このバンパーやばない?」
「いいから乗った乗った!」
恵にグイグイと押されて、仕方がなく後部座席に座った。
「かっしーくん、今日もナイスピッチ〜」
「あざっす。車ボロボロでしたけど、修理とか買い替えたりとかしないんですか?」
「どうせ直ぐボロボロになるし! なら最初からボロボロの軽でいいよね的なね〜」
「前に乗ってたオデッセイ廃車にしたもんね……」
「そうそう、ボンネット全部潰れてワゴン車みたいになってさ〜」
「……」
生きて辿り着きますように、と願いながら、俺達は多摩一本杉球場に向かった。
都富士谷400 007=11
八玉実践000 000=0
【富】柏原、梅津―駒崎
【八】栗林、鷲谷―堺
NEXT→7月13日(火)