7.大穴
炎天下の八王子市民球場では、先攻の大平高校がシートノックを行っていた。
ブラスバンドが奏でる「小さな恋のうたが」の音色が美しい。
選手達の動きも軽快で、3回戦で当たるには惜しい相手に思えた。
「堂上さん、序盤はストレートで押してく感じでいいっすか?」
「ふむ……異論はない。リードは全て任せよう」
「うっす(この人は首振らないから楽なんだよなぁ)」
今日のバッテリーは堂上と駒崎。
俺と堂上はローテーションが組まれて、基本的には交互で先発する。
また、他のメンバーは下記の通りになった。
【富士谷】
中 ⑧野本
左 ⑱中橋
遊 ⑮津上
右 ①柏原
投 ⑨堂上
一 ③鈴木
捕 ⑫駒崎
二 ④阿藤
三 ⑤京田
【大平】
左 ⑦芦原
遊 ⑥大池
中 ⑧中野
三 ⑤権藤
一 ③蓮山
捕 ②白石
二 ④菊池
右 ⑨篠崎
投 ①福井
投手が変わった以外は2回戦と同じ布陣。
最近、近藤の出番が少ない気がする。本人も気にしているのか、駒崎を睨んでいる時間が目立ってきた。
「集合! えー……これより、都立富士谷高校と、都立大平高校の試合を開始します。礼!」
「「おっしゃーす!」」
予定より少し遅れて14時35分、球審から試合開始が告げられた。
先攻は大平。俺はライトの位置に付いて、控えに回った近藤とキャッチボールする。
「腐んなよ。大事な試合では必ず出番が来るからな」
「お、おう」
俺はそう語り掛けると、近藤はぎこち無く言葉を返した。
さて、堂上の投球練習が終わっている。俺はライトの定位置に着いた。
『1回表 都立大平高校の攻撃は 1番 レフト 芦原くん。背番号 7』
ウグイス嬢のアナウンスと共に、ブラスバンドが奏でる狙い撃ちが聞こえてきた。
今日の目標もコールド勝ち。堂上は5回までに下げたい所である。
そんな期待に答えるかのように、1回表は3人で終わってくれた。
続けて1回裏。野本は詰まらせて一ゴロ、中橋はセーフティバントを狙うも、相手の好守に阻まれて投ゴロに抑えられた。
大平のエース・福井さんは流石に落ち着いている。
昨年からエースナンバー、それもベスト16まで残っただけあって、都立ながらも経験値は非常に高い。
ただ、次の津上は日の丸を背負った男。
福井さんも警戒しているのか、フルカウントからの四球となった。
『4番 ライト 柏原くん。背番号 1』
二死一塁、ブラスバンドが奏でるさくらんぼと共に、俺は右打席に入った。
外野はフェンスの手前まで下がっている。長打1本で点を取るのは難しい。
ここは走者を溜めて堂上に繋ぎたい所。
広く空いた内外野の間が狙い目だろうか。
マウンドの福井さんがセットポジションに入る。
彼は176cm72kgの右腕、ストレートの最速は136キロと聞いた。
インコースの制球に長けている他、右打者へのフロントドア、左打者へのバックドアにも定評があるらしい。
という事で、狙いはインコースを引っ張り方向へ――と言いたい所だが、俺には一つ名案がある。
ここは敢えてのセカンド狙いだ。何故なら、セカンドを守る菊池さんは、腰を故障していて隙があるから。
一球目、フロントドアのスライダーが真ん中に入ってきた。
センター返しを打つにはちょうど良い、俺は合わせるようなスイングで打ちにいった。
「セカン!」
「くっ……!」
打球は福井さんの足元を抜けて、二遊間へと転がっていく。
ややセカンド寄りの完璧な当たり。しかし――菊池さんは逆シングルで捕えると、歯を食いしばりながら一塁に送った。
「……アウト!」
「おー! 菊池うめー!」
「よっ! さすがイケメン!!」
流石3年生と言うべきか、根性だけで無理やり体を動かしている。
ただ、隙も再確認できた。セカンドは何時かボロを出すし、打つ方は確実に機能しないだろう。
2回表、堂上は2者連続三振を奪うも、6番の白石さんには左中間への二塁打を許した。
ここで問題の菊池さんに回ってくる。彼は目を細めながら右打席に入った。
「(……ここで俺かよ、なんとか四球でやり過ごせねーかな)」
179cm73kg、顔の整った男がバットを構える。
見るからに野球が上手そうな風貌で、応援曲のアフリカンシンフォニーも強打者感を漂わせていた。
しかし――。
「……ットライーク!」
一球目、バントの構えから引いてきた。
やはりというべきか、打つ方は自信が無いのだろう。
「ットラーイク!」
二球目も同じくバントの構えだけ。
これで追い込んだ。次のストライクは振らざるを得ないが、果たしてどう出るか――。
「ットライーク、バッターアウッ!」
「(……ダメだ、今じゃねぇ)」
バットを止める素振りを見せて見逃し三振。
予想通りの見逃し方。こうなってくると、此方としても楽できると言うものだ。
「あぁ〜……なんだよそれ〜……」
「おいおいキャプテン、しっかりしてくれよー!」
「打順落ちてるしスランプなのか?」
客席から落胆の声が漏れていた。
無理もない、一般客の方々は菊池さんの怪我を知らない。
2年生ながら4番打者を打った「本来の菊池選手」を期待していたのだろう。
「(……気にしても仕方がない、今はとにかく我慢しよう)」
菊池さんは淡々と守備に着いた。
その姿はなんとなく映えている気がする。
イケメンって得だよな、と思いながら、堂上の打席を見届ける事にした。
大_平00=0
富士谷0=0
【大】福井―白石
【富】堂上―駒崎
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