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6.ドラマは地方で起きている

 3回戦の当日、俺達は八王子市民球場を訪れた。

 最寄り駅は富士谷高校と同じ西八王子。隣接する富士森公園は程よい自然に囲まれている。

 そんな地元とも呼べる場所で、都立大平との一戦を迎える事となった。


「おー、前座やってんねー」

「うっし! 早く観に行こうぜ〜」


 球場に辿り着くと、中から夏祭りの演奏が聞こえてきた。

 俺達は一塁側からスタンドに入る。その瞬間――歓声と悲鳴が巻き起り、ヒットのファンファーレが鳴り響いた。


「1点差でワンマンかよ!」

「うひょ〜、いきなり熱いねぇ〜」


 グラウンド内では、1試合目の都立田梨と都立分国寺の試合が行われていた。

 それも1点差で9回表。2対1で田梨の1点リードだが、一死満塁のピンチを迎えている。


「バッター将希ー! 紅お願いしまーす!」

「将希いけええええ! 男を見せろおおおお!」


 一塁側、分国寺の応援スタンドは熱気に包まれていた。

 迎える打者は6番の右打者。マウンドの小柄な右腕は汗を拭っている。


 セットポジションからの一球目、フロントドアの変化球が放たれた。

 分国寺の打者はバットを振り抜く。しかし、打球はショートの真正面に飛んでしまった。


「ああー!!」

「うわああああああああああああああ!」


 そして次の瞬間――球場は歓声の渦に巻き込まれた。

 田梨のショートは痛恨の後逸。打球は左中間を転々と転がっていた。


「あーあ、やっちゃったな〜」

「うわぁ……これ一生言われるやつだろ……」


 富士谷の選手達も哀れんでいる。

 併殺で試合終了の筈が逆転タイムリーエラー。もし全国大会だったら、選手のSNSが特定されて炎上しているだろう。


 高校野球にはドラマがあると言われている。

 アマチュア故にミスや番狂わせが起こり易く、最後まで何が起きるか分からない。

 そんな期待と実績から、ファン達は高校野球を「筋書きの無いドラマ」だと語る。


 ただ、彼らの多くは全国大会――もとい甲子園しか観ていない。

 しかし理屈で言えば、より粗さが目立つ地方大会のほうが、彼らの語る「ドラマ」は起こり得るのだ。


「……アウトォ!」

「っしゃー! 勝ったああああああああ!」

「ああ……ショートの心中をお察しするわ……」


 と、そんな事を思っている内に、分国寺の逆転勝利で試合が終わっていた。

 田梨のラストバッターは奇しくも背番号6。一塁ベースの近くで蹲っている。

 恐らく、これは正史通りの出来事だろうけど、俺は少しばかりの同情を捧げた。





 2試合目は都立西府西と都立平南の一戦。

 一応、西府西には元チームメイトが何人かいるので、その姿を見届ける事にした。


「この試合、有馬から聞かされた事あるから全部知ってるんだよなぁ」

「まあまあ、結果が分かってるのは今更でしょ〜」

「そうだけどよ」


 恵と小さな声で言葉を交わす。

 有馬は府中本町シニアの同期だ。彼自身はAチームの控え一塁手で、他にも何人かBチーム出身の選手が所属している。


 さて――試合の方はと言うと、正史通り1対1のまま5回に突入した。

 ここまでは互角の展開。打線は西府西の方が振れているが、平南のエースが良い投球をしている。


 平南のエースは180cm67kg。

 スライダーの調子が良く、ストレートも130キロくらいは出ている。

 打っても5番なので、彼がチームの要なのだろう。


 5回表、二死三塁の好機で、平南のエースに打席が回ってきた。

 ここは自援護したい所だったが、3球目を引っ掛けてショート正面の当たり。

 元チームメイトが無難に捌いて、一塁の有馬に球を送った。


「……アウト!」

「なかなか点入らねーなー、去年みたいに待たされるのは勘弁だぜ?」


 特に話題にする事も無い、ごく普通のショートゴロに見えた当たり。

 しかし――一塁を駆け抜けた平南のエースは、蹲ったまま起き上がらなかった。


「あれ? どうした?」

「たぶんだけど、ファーストとバッターランナーの足が交錯したんだよ」


 この話は正史で聞かされたから覚えている。

 平南のエースは、右足で一塁ベースを踏みに行ってしまい、左足と一塁手の足が交錯したのだ。


 一塁手と打者走者の交錯と言えば、甲子園でも起きて炎上した記憶がある。

 ただ、地方大会では珍しい話ではない。レベルが下がれば下がる程、このような事故も起こり得るのだ。


「あの背番号1泣いてんじゃん」

「……自分でも分かってるんだろうな、プレー続行は出来ないって」


 顔を抑える平南のエースは、控え選手に支えられながらベンチに退いていった。

 背番号10が慌てて飛び出す。マウンドで投球練習を開始するが、エースと比べると球威もキレもない。


「西府西のファーストはケロッとしてんな〜」

「まあアイツは186センチで105キロあるからな、約40キロも違えば当たり負けないよ」

「うへぇ、チビの俺は気を付けなきゃ……」


 京田と言葉を交わしてから、俺達は外野席の芝生でアップを開始した。

 試合は見るまでもない。正史通り西府西が勝つだろうし、そもそも富士谷とは当たらない。

 それよりも次の試合だ。相手の都立大平にも、少しばかり訳ありの選手が存在する。


 大平は昨年ベスト16の実力校。当時のバッテリーと4番は下級生だった。

 しかし――4番だった菊池さんは、今回7番まで打順を落としている。

 その理由は他でもない、腰を怪我して万全の状態ではないのだ。


 4番とバッテリーが残っている事もあり、今年の大平に期待している通は多かった。

 ただ、その期待は大きく外れる。それも期待されている選手は不発で終わり、本人も不完全燃焼のまま野球人生を終える。


「あ、コールドになりそうだね。そろそろベンチ裏いこっか」

「うっす」

「阿藤さんがキャプテンなの未だに違和感あるわ〜」

「えぇ……俺のせいじゃないし勘弁してよ……」


 試合は西府西の7点リードになっていた。

 俺達はアップを切り上げて、一塁側のダッグアウト裏に向かう。

 八王子の地では、誰も知らないドラマが始まろうとしていた。

実例解説


・満塁からの逆転タイムリーエラー

第98回西東京大会1回戦 田無6―3国分寺

2対1、田無の1点リードで迎えた8回表、満塁のピンチでショートがエラーしてしまった試合。

実例の方では田無が再逆転し、何とかトラウマは回避されました。

全国だと神村学園―石巻工(2012選抜)で、満塁からの逆転タイムリーエラーがあった気がします。


・打者走者と一塁手の足が交錯

第98回西東京大会2回戦 府中西6―2南平

南平のエースと府中西の一塁手が交錯し、負傷交代した南平はマシンガン継投を余儀なくされた試合。

ちなみに、大阪桐蔭―仙台育英(2017選手権)で一塁手と打者走者の交錯が起こったのは、この翌年の事でした。

故意疑惑もありネットでは炎上しましたが、交錯自体は地方レベルだと珍しくない出来事だったりします。


NEXT→7月9日(金)

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