4.現実を突き付けるピッチング
富士谷1=1
パウル=0
【富】柏原―駒崎
【パ】松野―迫
緑溢れる上柚木の地には、少し音の掠れた情熱大陸が鳴り響いていた。
マウンドの俺は落ち着いて足場を整える。そして顔を上げると、背番号20の選手が右打席に立っていた。
『パウル聖陵学園高校の攻撃は 1番 ライト 真弓くん。背番号 20』
「しゃーす!」
1回裏、パウル聖陵の先頭打者は真弓。
スタメン唯一の1年生で、広角に強い打球を放てる中距離ヒッターだ。
まだ細いが上背もそこそこ。正史では好打者として話題になっている。
「(春休みにテレビで見た投手だ。へへっ、打つイメージはバッチリだぜ)」
真弓はバットを寝かせ気味に構えていた。
配球は駒崎に任せてみよう。初球は……外角低めのストレートか。
俺は1つ目のサインに頷くと、セットポジションの姿勢に入った。
ちなみに今季から常時セットポジション。その方が投げ易いので変えてみた。
左足を上げて、グラブを出しながら着地する。
そして腕を振り抜くと――次の瞬間には、ミットの激しい音が響いていた。
「ットライーク!」
「(は、はえぇ……こんな速いサイドスロー初めて見た……)」
真弓は空振りしてストライク。だいぶ振り遅れていた。
駒崎は素早くサインを出す。今度は内角低めのストレート。
「ットライーク!」
「(ちょ、球もテンポも速いって! 打てる気しねぇ!)」
見逃してストライク。早くも追い込んだ。
駒崎は透かさずサインを出す。三球目のサインは外角高めのストレートだった。
近藤とのバッテリーでは使わない外角高め。
というのも、外角高めは見易く打ち易いコースなので、意図的に投げるメリットがあまり無いのだ。
強いて言うなら、内角低めの後なら対角線になるのと、盗塁を刺しやすい事くらいか。
「(真弓の意識は低めに寄ってます。普段使わないコースだからこそ、ここは外角高めも意識させましょう)」
ただ、今回は任せると決めている。
俺はセットポジションから、外角高めに向かって腕を振り抜いた。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(ああクソ! テレビで見るより全然速い!)」
真弓のバットは空を切って空振り三振。
先ずは幸先よくアウトを一つ奪った。相手の選手達は呆気に取られている。
「こ、ここからここから〜! (速すぎ……何キロ出てるんだよ……)」
「相手ピッチャー速いだけだぞー! (真弓が当てる事すらできないとは……)」
やがて絞り出すように声を上げてきた。
しかし、2番の左打者も簡単に追い込むと、最後はサークルチェンジで空振り三振。
そして――。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(えぇ……真横に曲がったように見えたぞ……。パワ○ロかよ)」
3番の右打者は高速スライダーで空振り三振。
これは打てそうにない、後1点もやれないという雰囲気が、早くも相手の選手達に漂っている。
「点差以上に実力差がある」とは、この事を言うのだろう。
2回表、先頭の鈴木は左中間への二塁打を放った。
駒崎は四球、阿藤さんは送りバント。京田はバントの構えで揺さぶった後、セーフティスクイズを決めて2点目を奪った。
「(こんな簡単に点取られるなんて……)」
「まだまだ2点差! しっかり守って反撃しよーぜ!」
地道だが確実に相手の戦意を削いでいく。
後続の野本は倒れて1点止まり。2回裏はパウル聖陵ご自慢の菅井さんからだ。
しかし――。
「ああ〜……」
「……アウト!」
押し負けた当たりはセカンドフライになった。
チーム1番の強打者が弱々しい内野フライ。それでも、後続の選手達は「俺が切り開く」と言わんばかりに気合が入っている。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(外スラえっぐ。ぜんぜん当たんねえ)」
「ットライーク! バッターアウト!」
「(うわぁ……全く手が出なかった……)」
そして、俺はその気合を根刮ぎ刈っていく。
先発投手の松野さんは外スラで空振り三振、好守で流れを切った下川さんはストレートで見逃し三振。
圧倒的な投球で、この回も反撃の隙を与えない。
「(まだ一巡目、とにかく今は耐えるしかねぇ)」
3回表もマウンドに上がる松野さん。
パウル聖陵としては、依然として1点も与えられない状況が続いている。
しかし――最速130キロ前半の右腕が通じる程、今の富士谷打線は弱くない。
3回表、先頭の中橋はバントヒット(記録は失策)で出塁した。
更に津上の二塁打、俺の三塁打が続くと、堂上は犠牲フライを決めて3点を追加。
これで試合は5点差となり、流石にコールド勝ちが濃厚になってきた。
一方で、3回裏も三者凡退。
下位打線はコンパクトに当てて来たが、三邪飛、投ゴロ、三振で外野には1球も飛ばず終い。
4回表にも1点が入ったので、俺はレフトの守備に回された。
それから先も一方的な展開となった。
二番手の中橋は3回を投げて1失点。意地で7回まで粘られたが、7回表には集中打が出て15対1になった。
そして迎えた7回裏、三番手の芳賀は1点を失ったが――。
「ットライーク! バッターアウト!」
「(畜生……前が霞んでボールが見えねえ……)」
最後は渾身のストレートで、代打の3年生を空振り三振に打ち取った。
7回コールドで試合終了、審判の方々が集合を促している。
しかし――三塁側ベンチでは、顔を抑えたまま動けない選手もいた。
パウル聖陵の3年生は、野球推薦を取り入れた最初の世代で、今年の夏は勝負の年だった。
事実、正史では5回戦まで駒を進めている。実力的に言っても、初戦コールド負けで消えるような高校ではない。
ただ、これも高校野球なのだ。
籤運一つで、勝ち上がりは実力以上にも実力以下にもなり得る。
そして――籤運に恵まれなかったパウル聖陵の3年生は、力がありながらも公式戦未勝利で終わってしまった。
「整列! 15対2で7回コールドゲーム、富士谷高校の勝利とする。ゲーム!」
「「ありがとうございました!!」」
最後に整列をすると、俺は相手の背番号1――立川と手を交わした。
結局、彼は最後まで投げなかった。せっかくなら見てみたかったが……これも仕方がない事だ。
何故なら彼はツチノコだから。少し歴史を変えた程度では、お目にかかれない存在なのだろう。
富士谷113 130 6=15
パウル000 010 1=2
【富】柏原、中橋、芳賀―駒崎
【パ】松野、倉野、佐原、三田村―迫
ストック無しからの日刊しんどい……!
けど夏だからがんばります……!
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