20.圧勝で考える高校野球
開会式の翌日、俺達は上柚木公園野球場に乗り込んだ。
南大沢駅から徒歩15分、東京とは思えないほど緑に囲まれていて、球場の前からは山や畑が見渡せる。
そんな僻地にある自然豊かな場所で、都立青瀬高校との初戦を迎える事となった。
日曜日という事もあり、スタンドには保護者の姿が多く見受けられた。
一方で、期末テストの真最中という事もあり生徒の数は少ない。吹奏楽部も少人数で組まれていて、それは相手も同じだった。
雨上がりのグラウンドで、アップ、キャッチボール、トスバッティングを終えると、先攻の富士谷高校からシートノックを行う。
続いて、後攻の青瀬高校がノックを開始すると、ベンチからその様子を観察した。
「ん~、まあまあじゃね~?」
鈴木の言った通り、選手達の動きは悪くない。
青瀬高校はコンスタントに1、2勝する力がある。
実際、正史の富士谷は乱打戦の末に負ける事となった。
まあ、今の富士谷なら苦戦する事はないだろう。
この先の事を考えるのなら、最低でも7回までには仕留めたい。
グラウンド整備、整列、そして7球の投球練習が終わると、甲子園とは程遠い雑なサイレンと共に、青瀬高校との一回戦が幕を開けた。
『1回の表。都立 富士谷高校の攻撃は、1番 センター 野本君。背番号 8』
ウグイスコールと共に、野本が左打席に立った。
「バッター野本ー!」
「スマイリーお願いしまーす!」
続いて、恵と琴穂の声と共に、ブラスバンドの美しい音色が響く。
色々あったけど、ようやく夏が始まったと実感した。
試合は、初回から主導権を握る事に成功した。
先頭の野本が左中間への二塁打を放つと、2番の渡辺は四球を選ぶ。
孝太さんも右中間へのヒットで続き、簡単に1点を先制した。
『4番 レフト 柏原君。背番号 1』
無死一三塁、絶好のチャンスで俺に回ってきた。
そういえば、応援曲はどうなったんだろう。そんな事を思いながら右打席に入ると、
「バッター柏原ー!」
「さくらんぼ、お願いしまーす!」
と、二人の掛け声が聞こえてきた。
それは奇遇にも、関越一高に入学した正史の俺と同じ応援曲だった。
青瀬高校の先発は2年生の町田さん。
170cm58kgの左腕で、120台中盤の直球とスクリューボールを投げるが、変化球の制球は非常に悪い。
恵曰く「カウントが悪くなるとストレートを多用する」との事だった。
一球目、外角高めに浮いたストレート。
手を出してみたがファール。一塁側スタンドに切れていった。
思ったよりは打ち辛いが、苦戦するような投手じゃないな。
二球目、ワンバウンドするスクリュー。
意外とキレがあり、変化も大きい。
三球目、全く同じ球。
制球の悪い投手が、変化球を続けてカウントを悪くした。
なら次の球は――。
「(どうせストレートだろ!)」
外寄りのストレートを振り抜くと、けたたましい打球音と共に、白球はセンターの頭を越えていった。そのままフェンスに直撃すると、ボコッと気持ちいい音が響く。
その間、俺は二塁を蹴って三塁まで到達。走者一掃の三塁打となった。
やっぱ7回でも長すぎるな、5回で仕留めたい。
続く鈴木、堂上も長打を放ち2点を追加。初回から計5点を先制すると、その後も着々と点を重ねていった。
一方、先発した堂上は、大人げない投球で青瀬打線を圧倒する。四死球こそ3つ与えたものの、4回をノーヒットに抑えた。
試合は5回裏。気付けば10対0となり、この回を締めればコールドゲームが成立する。
マウンドには引き続き堂上。先頭打者がショートのエラーで出塁すると、続く打者が送って一死二塁。
今更バントかよ、なんて呆れている間に9番打者が三振した。
『1番 ショート 大西君。背番号 6』
二死二塁。少し音の掠れた情熱大陸と共に、小柄な選手が右打席に入った。
三塁側、青瀬ベンチでは、既に泣いている選手も見受けられる。
部員10人の無名都立に惨敗するだなんて、思ってもいなかっただろう。
「大西ー! まだ終わりじゃないぞー!」
「打ってくれええええ!!」
声援を受けた大西さんは、堂上の球に必死に食らい付いていった。
意外と粘るな。今更1点入った所で、5回コールドが6回コールドになるだけなのに。
少なくとも、それくらいの実力差は見せてきたつもりだった。
それでも、大西さんは最後まで諦めなかった。
そして迎えた9球目――大西さんはバットを出すと、捉えた当たりは左中間に飛んできた。
野本を止めて俺が捕球する。ランナーは既に三塁を蹴っていたが、俺はショートの渡辺に返した。
「うおおおおおおおお!」
「っしゃああああああああ!!」
三塁側、青瀬ベンチとスタンドから、精一杯の歓声と雄叫びが響き渡った。
完封、参考ノーノー、そして5回コールド。色々な物を阻止したが、コールド負けは決まったようなもの。
それなのに、青瀬の選手達は喜びを分かち合っていた。
ああ、高校野球ってこうだったな。
たとえ大差になっても最後まで諦めない。
それは誰かにやらされてる訳でもなく、誰しもがドラマの主役になれると信じて疑わず、逆転劇を夢見て打席に立つ。
そして――殆どの選手は、夢破れて涙を飲む。
自分が脇役である事に気付いて、次のステージに進むのだ。
結局、富士谷高校は6回表に1点を追加し、11対1の6回コールドゲームになった。
それでも、青瀬高校の選手達にとって、最後まで諦めずにもぎ取った1点は、意味のある物だったと思う。
富士谷512 021=11
青_瀬000 010=1
(富)堂上―近藤
(青)町田、大原、佐藤―石山
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補足1「参考ノーノー」
○回参考ノーヒットノーランの略。
9回未満のイニングを無安打完封した場合そう呼ばれる。
補足2「コールドゲーム」
5回以降10点差、7回以上7点差で試合が打ち切られる。
尚、東京においては決勝戦のみコールドゲームが適用されない。