1.五度目の夏が始まる
今回は大会パートなのであらすじ割愛。
閑話は……間に合いませんでした……!
2011年7月9日。激しい日差しが明治神宮野球場を照り付けていた。
球場の外側では、東西合わせて250校を越える選手達が待機している。
人が多いせいで余計に暑苦しい。酸素が足りない気すらしてきてしまう。
今日は全国高等学校野球選手権大会、東東京・西東京の開会式。
東京中の野球部が集まっているだけあって、辺りはガヤガヤと騒がしくなっている。
「おいおい、あの赤い高校クソ弱そうじゃね。当たりたかったわ〜」
「ほんとな。俺らは初戦から菅尾なのに……」
「今の青いチーム見た? プラカード手書きだったぜ」
「ああ……多磨大聖ヶ崎だな……」
他校の選手達は様々な言葉を交わしていた。
待機中は暇な故に、目立つ存在は良くも悪くも話題になってしまう。
そこに例外は存在しない。普通ではないチームや選手は、少なからず注目の的になるのだ。
「おい、富士谷だぜ……」
「これが噂の富士谷か」
「え、マジ? どこどこ?」
そして――今となっては富士谷高校も例外ではない。
ドラフト上位候補を擁する選抜ベスト8。個人としてもチームとしても、注目されるのは必然の流れと言えるだろう。
そう思ったのだが――。
「マネージャーが超可愛いらしいな」
「そうそう。メアド聞きに行こうぜ」
「鷺谷のマネよりも可愛いの? 見たい見たい」
「ユニフォームだっさ。日本代表気取りかよ」
そっちかよ、と出かかった言葉は何とか飲み込んだ。
所詮は高校生、最も話題を集めるのは美少女マネージャーである。
富士谷の他だと、都立鷺谷と都立小河のマネが可愛いらしい。
「お、あれじゃね」
「みんな可愛いな。噂の子はどれ?」
「巨乳の子たまんねー。少し透けてんじゃん」
「鷺谷の子よりタイプだわ。小河も見に行こうぜ」
大勢の視線が2年生マネ達に向けられる。
琴穂は少し怯えているのか、夏美の手をギュッと握っていた。
「めっちゃ注目されてるじゃん! あー満たされる〜」
一方で恵はご満悦である。
流石、富士谷が誇る承認欲求モンスター。視線程度では全く怯まない。
「さすが選抜ベスト8。注目されてるね〜」
そう声を掛けてきたのは、都大二高のユニを着た選手――相沢だった。
彼もまた、暇潰しで散策しているのだろうか。
「残念ながら理由はそれじゃねーけどな。ってか何してんの」
「俺は開会式で体調を崩す人も把握してるからね。対策でスポドリ飲ませてる」
「無駄に良い奴ぶりやがって……」
開会式と言えば、体調を崩す人が出るのも風物詩だ。
無理もない。待機時間が長い上に、開会式中も炎天下に晒される。
俺としては好きなイベントだが、無駄だと思う人も多いのではないだろうか。
「あとはスタンドいる女子マネなんだけど、今からだと渡すタイミング無いし、セクハラとか疑われそうで困ってるんだよね」
「ああ、なら恵に任せりゃいい。どうせスタンド行くしな」
「えー! いま私にモテ期が来てるのに……あ、もしかして妬いてる?」
「全然。ほら早く行ってこい自称女神」
「頼んだよ恵ちゃん」
「もー、女神使い荒いなぁ」
そんな感じで、相沢の慈善活動は恵に託した。
ちなみに恵と相沢は接触済み。もう隠す必要が無いので、転生絡みの密談も3人で行っていた。
「……っと、そろそろ定位置に戻れって指示きそうだな」
「そうだね。じゃ、5回戦で会おう」
「5回戦ねぇ……」
俺達はそんな言葉を交わして、その場を後にした。
都大二高とは5回戦で当たる。しかし、それは順当に行けばの話だ。
夏は何が起きるか分からない。
そして――東京の高校野球という小さな世界で言えば、既に歴史は大きく変わっている。
バタフライエフェクトが起きていれば、チーム状況が変化している高校もあるだろう。
組み合わせは正史と同じ。ただ、結果は大きく変わるかもしれない。
たった1度しかない夏が、今年も始まろうとしていた。
今日、現実でも東西東京大会の開会式が行われました。
残念ながら天気予報は雨続きですが、どの高校も悔いのないように頑張って欲しいですね……!
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