23.抽選会、そして――
2011年6月18日。
今日は蒼山学院の体育館にて、全国高等学校野球選手権西東京大会・東東京大会の抽選会が行われる。
会場に向かったのは瀬川親子と阿藤さん。富士谷に残った面々は、阿立新田高校との練習試合を行った。
「今年は楽できるといいなー」
「実にくだらん。何処が相手でも勝てば良いだろう」
練習試合に勝利した後、俺達は抽選結果の報告を待つ事になった。
さて――今年の組み合わせだが、正史通りになれば序盤は強豪と当たらない。
問題は「正史通りになるのか」という部分だが……恐らく正史通りになると思われる。
今までの経験上、籤を引く順番と人間が同じなら抽選結果は変化しない。
今大会は全校ノーシード。そして富士谷は正史でも主将変更で阿藤さんが引いている。
引き手の環境は変化したが、去年の孝太さんは正史通りの籤を引いたので、たぶん問題ないだろう。
「ドキドキするねっ」
そう言って肩を叩いてきたのは琴穂だった。
相変わらずクソ可愛い。最近前髪に付けてくるヘアピンも個人的にツボである。
「ああ。ってかそれ似合ってるね」
「そう? えへへ〜、ありがとっ」
褒めてあげると、琴穂は嬉しそうに笑みを溢した。
最近の琴穂は、以前にも増してお洒落に気を使っているように見える。
非常に喜ばしい事だが――もし男の影があるようなら、その男とは決闘も辞さないな。
「……イチャついてるとこ申し訳ないんですけど、恵さんから連絡きましたよ」
「来たか。見せてくれ」
そんな事を思っている内に、恵からの連絡が来たようだ。
金野からアイフォンを借りる。そして画像を確認すると、正史通りである事が確認できた。
さて、今年の富士谷は2回戦からの登場だ。
初戦の相手はパウル聖陵学園。相手も2回戦からなので、お互いに初戦という事になる。
「パウル聖陵って聞いたことないな〜。強いの?」
「クソ弱い! っしゃー、今年はついてるぜー!」
抽選結果を受けて、京田は渾身のガッツポーズを掲げていた。
この時代のパウル聖陵と言えば、初戦コールド負けの常連校という印象が強い。
弱すぎて危ないという理由で、軟式野球部への変更を打診された逸話もあるくらいだ。
ただ、このパウル聖陵は2年前に指導者が変わっている。
その際に野球推薦も取り入れられて、野球部強化に取り組んでいる所だった。
去年は籤運に恵まれず、今春もブロック予選中止で息を潜めていたが、実力的には中堅校で間違いない。
事実、正史の富士谷は負けている。今の富士谷なら負けないと思うが、油断していると足を掬われるだろう。
「その次は大平かな。去年ベスト16だし」
「八玉実践もいるなー。エースが140キロ投げるんだっけ?」
「八実っていつも強い強い詐欺じゃん。勝ち上がってるところ見たことねぇ」
ちなみに3回戦は都立大平高校、4回戦は八玉実践高校の予定だ。
何れもベスト8を狙う中堅校。悪く言えば気が抜けない、良く言えば調整には都合の良い中堅校が続いていく。
そして5回戦は――。
「げ、5回戦で都大二高かよ!」
「去年のリベンジマッチだね。けど僕的には比野台が来て欲しいなぁ」
「福生もいい投手がいるって聞くけど……まあ都大二高だろうなー」
正史通りであれば、相沢を擁する都大二高が勝ち上がってくる。
昨夏のリベンジマッチ。練習試合は再三と組んでいるが、正式に孝太さんの仇を討つ絶好の機会だ。
「都大三高、早田実業は揃って逆側かー」
「なかなか早田とは当たらないな。まあ当たりたくねーけど」
「学院の方の早田ならこっち側にいるぜ。準々で当たるかも」
「早田学院って強いの? ってか、そのヤマは久山だろー」
選手達は早くも先の話をしている……が、夏は何が起こるか分からない。
準々決勝以降は一旦割愛。足を掬われないよう、常に一戦必勝で臨みたい所である。
※
抽選会から数日後、選手達には背番号が配られる事になった。
集合場所は小体育館。全選手を集めて、瀬川監督が一人一人に手渡して行く方式だ。
「1番、柏原」
「はい」
先ずはエースナンバー、当然ながら俺だった。
「2番、近藤」
「あっす! (っしゃ、勝ったか!?)」
次に捕手、ゴリラはニヤける顔を必死に抑えている。
「3番、鈴木」
「うぃ〜っす」
「4番、阿藤」
「はい!」
「5番、京田」
「しゃっす!!」
「6番、渡辺」
「はい」
6番まで配られると、近藤の表情から笑顔が消えた。
なんてことはない、津上が6番までに入っていなかったので、一桁番号=レギュラーではないと気付いたのだろう。
そんな感じで、次々と背番号が配られていった。
尚、結果は下記の通りである。
①柏原 ⑪梅津
②近藤 ⑫駒崎
③鈴木 ⑬中道
④阿藤 ⑭大川
⑤京田 ⑮津上
⑥渡辺 ⑯卯月弟
⑦田村 ⑰戸田
⑧野本 ⑱中橋
⑨堂上 ⑲高松
⑩芳賀 ⑳松井
やはりと言うべきか、そこに島井さんの名前は無かった。
それと上野原ではなく高松が選ばれたのは、前半戦の内野手不足を懸念しての事だろうか。
なんにせよ、これが現状のベストメンバーだ。今大会は上記の20人で戦うしかない。
「かっしーおつ! 少し時間ない?」
その日の練習後、恵と少しだけ話す機会があった。
「ん、どうした」
「私ね、記録員を島井さんに譲っちゃった」
その報告を聞いて、俺は思わず目を丸めてしまう。
今年は瀬川監督のラストイヤー。恵としても、本当は一緒に居たかっただろう。
「勿体ないな。夏美に譲ってもらったんだろ?」
「ううん。だって私達には秋もあるし。島井さんは遠慮してたけど、そこは最後の人に入ってもらおうって事で」
「本当にそれでいいのかよ。ってか島井さん字書けんの?」
「両投両打の練習の延長で、箸やペンも左手で使ってたらしいよ。皮肉にも練習の成果が活きる的なね〜」
恵は冗談っぽく笑みを溢した。
恐らく、これは彼女なりの罪滅ぼしだ。歴史を変えて、島井さんから背番号を奪ってしまった事への。
「ねね、ところで今大会の目標は?」
ふと、恵は話題を切り替えてきた。
そういえば去年も聞かれた気がする。そして俺は優勝すると答えた。
さて、今年の目標は――既に決めている。
それは漠然としているけど、明確な理由のある目標だった。
「そうだな、国体に出よう」
俺はそう言うと、恵は小さく笑みを溢した。
国体とは、選手権上位の高校+αで行われる大会である。
開催時期は10月上旬。俗に言う「甲子園大会」の後に行われる、非常に影の薄い全国大会だ。
出場までの道は険しく、その割に地方大会よりも盛り上がらない。
それでも――国体はハイレベルな全国大会。そして10月なら島井さんも間に合う。
「ふふっ、島井さんを公式戦に出そうって事ね。地域性とかも考慮されるんだっけ?」
「ああ。だから具体的な数字は何とも言えねーし、前提として西東京大会優勝はマストになるな」
「いいじゃんいいじゃん。お父さんにとっても最後の夏だし、行けるとこまで行っちゃお〜!」
恵は嬉しそうに笑みを溢していた。
俺達は歴史を変えて、島井さんの背番号を奪ってしまった。
それなら――俺はもう一度歴史を変えて、再び彼に背番号を与えよう。
たった一度の2011年の夏。
東京の開会式は7月9日に行なわれる。
これで4章完結です。
ここまでお付き合いありがとうございました。
5章は7月3日、現実の東西東京大会の開幕に合わせて投稿予定です。
その間に富士谷高校&西東京のライバル選手の紹介と、余裕があれば閑話を1つ投稿するかもしれません。
最後になりましたが、いつもコメント、ブックマーク、評価ありがとうございます!
今後も可能な限り、日刊に近いペースで投稿できるよう頑張りますので、これからも応援よろしくお願いします!