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22.苦渋の決断

バドミントンの修正ありがとうこざいました。解決しました。

 ここは八王子市内にある某居酒屋。

 店内の角にあるテーブル席では、二人の男がジョッキを交わそうとしていた。


「乾杯……って言うべきなんですかね?」

「献杯する訳にもいかんだろう。ここは素直に乾杯といこうじゃないか」

「ははは。じゃ、乾杯」


 そう言ってジョッキを交わしたのは、富士谷高校教員の瀬川と畦上である。

 今日は練習の無い月曜日。野球部の指導者コンビは、抽選前最後の打ち合わせをしていた。


「酔いが回る前に本題に入りますか」

「私は酔っていた方が調子が出るのだがね」

「一応、選手達の明暗が掛かってるんで……」

「なあに、冗談だ。あ、生一つ追加で」

「(この人ほんと早いんだよなぁ)」


 早くも2杯目を頼む瀬川に、畦上は引き攣った苦笑いを見せる。


「……さて、先ずは暫定のベストオーダーから、お互いの構想を書いてみますか」

「うむ。渡辺の扱いはどうする?」

「ナシで。言い換えます、初戦のメンバーを発表しましょう」


 畦上は紙とペンを瀬川に手渡した。

 二人はビールに手を付けながら、スラスラとペンを走らせる。


「……すいません、八海山の冷を。畦上くんはどうする?」

「自分は白州のハイボールで。ってか相変わらず鬼早いっすね」

「んな事はない、だいぶ弱くなったよ。やっぱ歳には勝てんな」

「(昔はどんなモンスターだったんだよ……)」


 畦上はペンを走らせながら苦笑いを溢した。


「お子さんはどうなんです? 奥さんと次女は凄いって聞きましたけど」

「皆よく飲むな。恵はまだ分からないが」

「あー……まあ瀬川さんの娘ですから。恵ちゃんも酒豪になりそうっすね」

「どうだろうなぁ。恵はあんまり体が強い方じゃないから……」

「えー、意外っすね。けど一緒に飲める日が来るのは楽しみなんじゃないですか?」

「うむ、それは否定できん。……っと、私は書けたな」

「んじゃ、いきますか」


 そんな会話をしている内に、二人は初戦の暫定オーダーを書き終えた。

 お互いに紙を交換して比較してみる。尚、内容は下記の通りだ。



【瀬川案】

8中橋

5京田

6津上

1柏原

9堂上

3鈴木

7田村

2近藤

4阿藤


【畦上案】

8野本

7中橋

6津上

1柏原

9堂上

3鈴木

2駒崎

4大川

5京田



 やがて比較が終わると、二人は顔を見合わせた。


「やっぱ初戦はエースですよねぇ」

「うむ。去年は柏原を隠す為に堂上から登板させたが、今年はその必要もないからな」

「ですね。ただ2番京田は厳しいと思います。あと田村よりは野本っすね」

「うーむ……やっぱそうかね」


 瀬川は少し残念そうに言葉を溢した。

 彼のオーダーは上級生優先の傾向がある。畦上もそれに勘付いていて、少しばかり苦笑いを溢していた。


「あとキャッチャーに関しては、どちらにせよ併用かなって考えてます」

「それは同意だな。その辺は柏原や堂上の意見も聞いていきたい」

「ですね。ただ阿藤と京田を並べるなら駒崎スタメンが良いです。個人的にですが」

「なるほどな。あとは大会までの調子も見ていきたい所だが」

「まーそうなりますよね。何せ開幕まで半月ありますから。あ、そろそろ頼みます?」

「麦焼酎のストレート。あと何かツマミを頼む」

「じゃあタコワサと刺身と軟骨の唐揚げ頼みますね」


 二人は語り終えると、酒とツマミを注文した。

 結局、大会開幕までは後2週間ある。スタメンの結論は出し切れない。


「じゃ、次はベストメンバー20人。今度は瀬川さんが書いたのを自分が確認します」

「うむ、分かった」


 畦上は再び紙を手渡した。

 登録選手は今週末に提出するので、これは早急に決める必要がある。

 尚、結果は下記の通りになった。



①柏原 ⑪芳賀

②近藤 ⑫駒崎

③鈴木 ⑬中道

④阿藤 ⑭大川

⑤京田 ⑮津上

⑥渡辺 ⑯卯月弟

⑦田村 ⑰戸田

⑧野本 ⑱中橋

⑨島井 ⑲松井

⑩堂上 ⑳梅津



 畦上は一通り確認すると、呆れ気味に息を吐いた。


「……すいません、個人的には認められないです」


 畦上は真剣な表情で言葉を続ける。


「一桁番号を上級生優先にしたのは別に良いです。都立校では()()()()()をするチームが多いのも分かります。ですが――ウチはもう甲子園を目指すチームです。3年生ってだけで、試合に出れない選手をベンチに入れるのは……流石に……」


 畦上はそう語って視線を逸らした。

 彼が難色を示したのは、言うまでもなく島井を選定した事である。

 島井は復帰の目処が立っていない。つまり、ベンチ枠が1つ無駄になってしまうのだ。


 これは弱小校ではよくある事だった。

 例え怪我で出られない選手でも、最後の記念として背番号を与える。

 努力への対価として、或いはせめてもの救いとして、試合に出られない3年生に背番号を与えるのだ。


「うーむ……しかし島井は主将だからなぁ」

「瀬川さん……自分も島井を3年間見てきたので気持ちはわかります。けどチーム状況を考えたらそれは無理ですよ」


 瀬川の言い分も間違ってはいない。

 強豪校の中には、実力度外視の精神的支柱をメンバーに入れる高校もある。

 ただ、富士谷にはそれが出来ない理由が3つあった。


 1つ目は、島井の他にもう1人、渡辺という負傷者がいる事だ。

 彼の復帰は大会中盤の見込み。となると、序盤は2人欠員という状態になってしまう。


 2つ目は、第三捕手を兼ねていた島井の負傷で、松井をメンバーに入れる必要がある事。

 松井は壁以外としては使えない。そして駒崎と近藤が併用になる以上、捕手2人体制はリスクが高すぎる。

 松井を入れざるを得なくなった事で、戦力的には3欠になってしまうのだ。


 そして3つ目は――今大会は全校ノーシードで、序盤から強豪校と当たるリスクがある事だった。

 1点を競う場面になると、代走要員の高松の活躍で試合の明暗が分かれるかもしれない。

 乱打戦ともなれば、代打の駒として上野原を必要とする場面が来るかもしれない。

 そう考えた時、試合に出られない選手で1枠は使えないのだ。


「20人以上いる1年生への示しもあります。辛いかもしれないですけど、ここは英断を……!」


 畦上はそこまで語ると、レモンサワーを一気に飲み干した。

 瀬川は顎に手を当てる。そして諦めたかのように息を吐いた。


「……私は()()()()()()()を書いただけだ。本当にこうするとは言っていない」


 瀬川はポツリと呟いて言葉を続ける。


「実は昨日、島井から申し出があってな。自分はベンチに入れなくて良い、試合に出れる選手を入れて欲しいと言われたよ」

「そんな事が……」

「ああ。私達が思っている以上に選手は成長しているみたいだ。私も長いこと監督をしてきたが、こんな選手は初めてだったよ」


 瀬川はそこまで語ると、麦焼酎に口を付けた。


「だから島井を入れる予定は端から無かった。ただベストメンバーと言われたものでな、つい理想と言うか……私の細やかな希望を書いてしまった」


 語り終えた瀬川は、少しだけ寂しげな表情を見せていた。

 放任主義で育った島井の自主性。そして――瀬川の選手に対しての思い。

 それらを感じた畦上は、思わず無言で感心してしまった。


「……自分を犠牲にして勝つことを選んだ島井の為にも、この夏は絶対に勝ち切りたいですね」

「ああ。必ず甲子園に行こう。あと注文を……」

「(締まらないなぁ……)」


 メニュー表を探す瀬川に、畦上は呆れ気味に苦笑いを溢した。

 指導者達の夜は始まったばかり。彼らは終電近い時間まで語り合うのだった。


NEXT→6月27日(日)

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