21.レギュラー争いの果てに
2名の負傷者が出た所で試合は中断された。
渡辺と島井さんの交錯。渡辺は咄嗟に体を縮ませて、島井さんは上に被さる形で交錯したらしい。
その結果、バランスを崩した渡辺は右足首を捻ってしまい、島井さんはグラブの無い右手だけで着地してしまった。
言うまでもなく2人は早急に病院へ向かった。
残った選手と畦上先生で試合は再開。瀬川親子と下級生マネの金野、そして俺は病院に付き添う事となった。
「どうだった?」
「……捻挫だって。3週間から1ヶ月くらいかかるみたい」
先ずは渡辺。右足を固定して松葉杖を突いている。
どうやら捻挫にしては重いようだ。こうなってくると、西東京大会開幕には間に合わない。
復帰後の調整も考えると、合流は早くても大会中盤になるだろう。
そして――。
「ヘヘっ……完全に折れてるって。やっちまったぜ……」
そう語る島井さんは、引き攣った表情で苦笑いを浮かべていた。
右腕の骨折。激しい運動を再開するとなると、少なくても3ヶ月前後は掛かる。
それが何を意味するのか――もはや語るまでもない。
「すいません、自分のせいで……」
「いいって。俺も周りが見えてなかったからな。それに渡辺はレギュラーだし、逆じゃなくてよかったわ」
謝る渡辺に、島井さんはそう言葉を返した
逆じゃなくて良かった――とは言うが、2年生の渡辺には来年もある。
一方で、3年生の島井さんに来年はない。そう考えると、この結果は最悪だと言える。
「っし、ちょっとウンコしてくるわ」
「もうちょっとオブラートに包んでください……」
島井さんはそう言って、男子トイレに向かっていった。
辺りが静寂に包まれる。そして次の瞬間――。
「くそっ!!」
「ガンッ!」と、ブース扉を叩く音と共に、島井さんの叫び声が聞こえてきた。
物に当たらないで下さい……なんて言える訳がない。渡辺は気不味そうに視線を逸らしていた。
「……同情してる場合じゃねえぞ。お前は間に合うんだからな」
「う、うん。出来るだけ早く復帰するよ」
「いやまあ無理はしなくていい。ちゃんと完治してから復帰してくれ」
一応、渡辺には焦らないよう釘を刺しておいた。
負傷した選手は必ず復帰を急ぐ、或いは怪我を隠して強行出場しようとする。
それは一周目の俺も同じだった。気持ちは痛い程に分かる。
幸い、正史通りの組み合わせになれば、富士谷は5回戦まで強豪とは当たらない。
渡辺は要所までには間に合う。問題は――やはり島井さんの方だろう。
大会直前に3年生が負傷で離脱。
それは決して珍しい事ではないし、強豪校でもよくある事である。
派手な話だと、プロ注目のエースが体育の授業(バドミントン)で骨折し、背番号1ながら未登板で終わった案件もあった。
ただ、当事者としては「よくある事」では済まされない。
一生に一度しかない夏。それが不完全燃焼で終わったという事実は、大人になっても引き摺るし、何度でも夢に出てきてしまう。
事実、俺はそうだった。だからこそ――島井さんには同情を禁じえない。
「渡辺先輩の家、いくら連絡しても繋がらないんですけど……」
「あ、言うの忘れてた! ナベちゃんはお姉さんに直電して!」
「了解でーす(複雑なのかな……)」
俺の側では、恵が金野に指示を出していた。
各所への連絡も一段落着こうとしている。取り敢えずは、当事者達と瀬川監督に任せて良さそうだ。
「かっしーおつ。……大変だったね」
「ああ。正直、なんて言ったらいいか分かんねえわ」
自動販売機の側に身を移して、恵と二人の時間を作った。
恵は正史の富士谷を――本来の島井さんを知っている。
だからこそ、この出来事はショックだっただろう。
「島井さんって、正史ではレギュラーだったん?」
ふと、俺は恵に問いかけてみた。
それは――知る必要は無いし、知らない方が良い事なのかもしれない。
ただ俺は知りたかった。本来の島井さんを。
「背番号は9だったよ。けど1番の中里が肘痛めたから島井さんが実質エースだった。それで負荷になるからって主将を阿藤さんに変えて……ふふっ、懐かしいなぁ〜」
恵は寂しげにそう語った。
本来なら背番号9を貰い、実質エースになる人間が、負傷による離脱で夏を終える。
その結末を招いたのは紛れもなく俺達だ。罪悪感は拭えない。
歴史を変えるという事。
それは――報われる人間が居る一方で、不幸になる人間も現れるという事だ。
富士谷が勝てば勝つ程、富士谷の代わりに負ける高校が増えていく。
もし俺がドラフトで指名されたら、代わりに指名されない人間が出るかもしれない。
そして――優秀な選手を補強すれば、当然ながら本来レギュラーの選手に皺寄せが来るのだ。
「どうすりゃ報われるんだろうな……」
俺はこの日――歴史を変える難しさを改めて痛感した。
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