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18.レギュラー争いの裏側で

 選手達がレギュラー争いに精を出す一方で、裏方ではもう一つのメンバー争いが勃発していた。


「恵でよくね? 父さんとやれるの最後だろ」

「最後じゃないし! 秋と選抜もあるからなっちゃんが入りなよ〜」

「いや、私はもういいって。いいから恵が入れよ」


 壮絶な譲り合いをしているのは、私――卯月夏美と恵である。

 なんてことはない、二人で記録員の座を譲り合っていたのだ。


「二人で入れば……?」

「なら琴ちゃん先輩も合わせて3人で入ったらどうっスか?」

「わ、私はいいよっ! 所詮は他所者だし!」

「(他所者……?)」


 ちなみに記録員は3人まで登録できる。

 ただし、ベンチに入れるのは1試合につき1人まで。

 スタンドワークの兼ね合いもあるので、富士谷は1人を選ぶ方針だった。


「なっちゃんでいいって! あんまりしつこいとちゅっちゅしちゃうよ〜?」

「やれるもんならやってみ……って本当にやるんじゃねぇ!」

「仲良しさん……」


 迫ってくる恵を、私は必死に押さえ付けた。

 今回ばかりは譲れない――いや、譲らない訳にはいかない理由がある。


 瀬川監督は今年で定年退職だ。

 選抜までは指揮を取ると思うが、夏は今年が最後になる。

 となると、ベンチに居るべき人間は私ではなく恵だろう。


「じゃ、恨みっこなしの多数決で決めようぜ」

「えー……まあいいけどさ〜」


 埒が明かないので、私は多数決を提案してみた。

 ちなみにこれは出来レース。恵以外の人間とは事前に打ち合わせている。


「じゃあ恵が適任だと思う人〜」

「はーいっ」

「ウッス!」

「(わざわざ口に出す必要ある……?)」


 言うまでも無く恵以外の全員が手を挙げた。

 恵は少し困惑した様子で私を睨んでくる。


「ちょっ、絶対仕組んだでしょ!」

「まあまあ、最後の夏くらい父さんと一緒に居てやれよ」

「もー……しょーがないなぁ〜」


 私は恵の背中を叩くと、恵は満更でもない表情を浮かべた。

 彼女は妙に大人ぶる部分がある。こうでもしないと素直に受け入れてくれない。

 本当に困ったものだ。思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「よしっ、じゃあ球拾い行ってこよ〜っと」

「あ、私も行きますよ」

「自分もお伴するッス!」

「ふふっ、一緒に行こっか〜」


 上機嫌になった恵は、後輩達を連れてグラウンドに出ていった。

 本当に分かりやすい。最初から立候補してくれたら良かったのに、と思ってしまう。


「私はボール縫うっ」

「お、珍しいな。一緒にやるか」


 残された私と琴穂は白球を手に取った。

 琴穂は恵に懐いてる部分がある。私と一緒に居ようとするのは珍しい。

 尤も、昔と比べて話せるようになったので、二人だと気不味いなんて事は無くなったが。


「……」


 しかし――今日だけは少し違った。

 琴穂は一向に口を開かない。チラチラと此方を見ては、何か言いた気な雰囲気だけを出している。


「……どうした?」


 私は顔を歪めながら問い掛けた。

 琴穂はキョロキョロと辺りを見渡すと、息を吐いてから口を開く。


「なっちゃん、今日練習のあと時間ある?」

「まあ少しなら。ちなみに何で?」

「えっとね、ちょっと相談に乗って欲しい事が……」


 夜間練習の後に勘弁して欲しい……とも思ったが、無碍にする訳にもいかなかった。

 恐らく、これは他の人間には知られたくない――私にしか話せない内容だ。

 友人が私を頼っているのだから、ここは相談に応じようと思う。


「分かった。1時間な」

「やった! なっちゃん大好きっ」

「コラ! くっつくな!」


 なんだか恵に似てきたな……と思いながら、抱き着いてきた琴穂を突き放した。

 さて、相談の内容についてだが、思いつく限りだと3つくらいに絞られる。


 先ずは話の流れからして、記録員をやってみたいと言い出すパターンだ。

 割と穏便で平和な相談。これなら来年は琴穂にやらせれば解決する。

 ただ、琴穂も瀬川監督が定年なのは知っているので、このタイミングで切り出すとは考え難い。


 次に考えられるのは、バスケ部に未練があって、野球部を辞めたいと切り出すパターン。

 これは考えたくない可能性だ。しかし、琴穂を虐めていた現3年生は引退間近なので、戻るには丁度いい時期でもある。

 正直、見当違いであって欲しいが、もし復帰を考えているなら応援するしかない。


 そして最後に考えられるのは――。

 ……いや、止めておこう。これは誰かが必ず傷付く事になる。

 恐らく、琴穂が悩んでいるのはコレなんだろうけど、私は穏便に終わる可能性に縋っていたかった。


 ……と、そんな事を考えていると、もう一つの可能性が頭に浮かんだ。

 絶対に違うと思うし、琴穂にも失礼すぎる案件だけど、平和的な一縷の望みに賭けてみよう。


「……夜中の便所が怖いなら、寝る前の水分を控えるといいぜ?」

「やっぱなっちゃん嫌い……」

「ごめん……」


 やっぱ違うよなぁ、と思いながら、私は全力で琴穂に謝った。


次の日曜か月曜くらいに4章完結予定です。

7月3日、現実の東西東京大会開幕と同時に夏大編を始められたらな〜と考えています。

ようやく現実の季節に追い付いた……!


NEXT→6月23日(水) 



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