19.四度目の開会式(後)
富士谷の定位置に戻ると、やがて入場行進が行われ、開会式が始まった。
強烈な日差しが照り付ける中、偉い爺さん達のクソ長い話が延々と垂れ流される。
殆どの選手にとっては退屈な時間なんだろうけど、転生して二度目の現役を迎えた俺にとっては、少しだけ懐かしく、何だか嬉しい時間だった。
開会式が終わると、ようやく開幕ゲームが開催される。
選手証を持つ俺達は無料で入れる為、試合を観ていく事になった。
しかし、結果がわかっている試合ほど退屈な物はない。
というわけで、俺と恵はこっそり抜け出して、割りと涼しい通路に避難した。
「じゃーん! 選手名簿買ってきたよ!」
「お、いいもの持ってるな。青瀬の体格はどんなもんよ」
「まーまー、先ずは富士谷から見てこうよ」
選手名簿には、ベンチ入り選手の利手と出身地、そして身長と体重が記載されている。
俺達は富士谷のページを捲ってみた。
① 柏原 竜也/1年/177/72/右右/府中
② 近藤 健一/1年/170/70/右右/府中
③ 鈴木 優太/1年/177/70/右右/武蔵野
④ 阿藤 智樹/2年/170/58/右右/八王子
⑤ 京田 洋介/1年/163/53/右右/八王子
⑥ 渡辺 和也/1年/171/62/右右/武蔵野
⑦ 堂上 剛士/1年/178/75/右右/新宿
⑧ 野本 圭太/1年/175/64/右左/日野
⑨ 金城 孝太/3年/180/78/左左/府中
⑩ 島井 寛人/2年/169/63/右右/八王子
記 卯月 夏美/1年/ 日野
左から背番号、氏名、学年、身長、体重、投打、出身地だ。
現時点で180cmは孝太さんだけか。俺、鈴木、堂上に加え、野本も175cmあるので、この4人は将来的に180cmに届きそうだ。
青瀬の選手は……うん、全体的に小粒だな。20人埋まっているが、体格は富士谷のほうが良い。
「ねね、強豪校の1年生ピックアップしてかない?」
「ああ、なるほど。知ってる選手の情報を共有する訳か」
「そそ! 1年生でベンチ入りしてる選手は、ほぼ間違いなく脅威になるからね~」
恵がそう提案して来たので、俺達はページを捲っていった。
「あ、都大三高の宇治原と木田は知ってるわ」
「その二人は言うまでもないでしょ~。なんて言っても、私達の代のラスボスなんだから」
真っ先に確認したのは、都東大学第三高校。
正史通りなら2年後、甲子園春夏連覇を果たす、まさにラスボスのような存在だ。
木田は頭のおかしい世代最強三塁手、宇治原は世代最速の豪腕。
ちなみに、勝ち上がれば5回戦で当たる。
「早田実業の大宮くんと八代くんは?」
「あー、いたいた。確か八代は留年するよな」
続いて早田実業学校。
この早田実業と都大三高が、当時の西東京における二強だ。
大宮は強打の一塁手、八代は打力も高い右投手だったかな。
2010年の西東京において、全国区の名門校は上記の二校のみである。
数年後には東山大菅尾も入れて三強となるが、現時点では二番手グループに落ち着いている。
そして西東京では、この二番手グループの高校が異常に多い。
ネットでは「ドングリの背比べ」なんて言われているが、どの高校も地域によっては優勝できる戦力を擁していて、都立や新興勢力にとっては大きな壁になっている。
名門校から見ても、甲子園1~2回戦レベルの強豪が10校以上もあるのだから、厄介な事この上ないだろう。
「八玉学園の久保は同じシニアだからわかるよ。守備めちゃ上手い」
「久保くんはあんまり目立たなかったよね~。あ、国秀院久山の大海くんは?」
「名前だけ。正史では当たらなかったからな」
「大海くんは打力があるよ。それから創唖の――」
「待て、創唖は後回しにしよう。確か5人くらい1年いただろ」
と、そんな感じで擦り合わせを行っていった。
強豪校で1年夏からベンチ入りする選手は、最低でも一度くらいは話題になる時期が来る。
勿論、その多くは実力を評価される事になるが、中には下級生時代がピークとなり、悪い意味で話題になる選手もいる。
そして――。
「……結局、二人とも知らなかったのは、都大二高の相沢だけか」
人知れず消える選手も、全く存在しないわけではない。
「うーん、記憶にないなぁ。都大二高のもう一人の1年生はわかるんだけど」
「折坂は有名になったよなぁ、最後は4番でエースだったし」
二人して首を傾げたが、なんら不思議な話ではない。
全国レベルの名門校ならまだしも、都内の強豪レベルでは、ベンチ入りしただけでは注目されない。
1年夏なら試合に出る、秋以降ならそれなりの活躍が必要とされる。
恐らく、この相沢涼馬という選手は、悪い意味ですら注目されなかったのだろう。
「気になる?」
「っていうか、救えないかなって」
「うーん……敵に塩を送る事になるからねぇ」
未来を知る人間としては、彼みたいな「消えた逸材」を救うのが、野球界の発展として正しい行動なのだろう。
ただ、恵の言う通り、それは敵に塩を送る行為であって、都立から甲子園を目指す俺達にとっては悪手でしかない。
「ま、今年は2、3年生が相手だしね。続きは今度しよっか」
「そうだな、先ずは青瀬を倒そう」
と、そんな事を話している内に、試合はコールド点差となっていた
富士谷に戻って準備をしなくては。俺達の試合は明日、上柚木公園野球場で行われる。
・補足1「選手名簿」
現実の選手名簿には、出身地ではなく出身中学が記載されている。
今作では大人の事情で出身地に変更。
・補足2「選手証」
東京都では、背番号を貰った選手に選手証が与えられる。選手証を持っていれば、その大会に限り無料で球場に入場する事が可能。
但し、バックネット裏では観戦できない他、マネージャーが一括で管理してる場合が多く、敗戦後に捨てられてしまう事も多い。
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▼阿藤 智樹(富士谷)
170cm58kg 右投右打 二塁手 2年生
二人いる2年生のレギュラーのほう。顔は整っているものの、マイナス思考な一面がある。
攻守共に無名校にしては上手いほうだが、強豪で通用する程の力は無い。
▼島井 寛人(富士谷)
169cm63kg 右投右打 全部 2年生
二人いる2年生の補欠のほう。バッテリー含め全てのポジションを守れる。
無駄に強肩であること以外は、何をやっても並以下の選手。