16.墓穴に埋まる黒歴史(後)
夜闇に染まる西八王子駅前の商店街で、俺は考え事をしながら歩いていた。
その横では、機嫌を損ねてしまった琴穂が、ムスッとした表情で黙々と歩いている。
「……」
沈黙が非常に重い。
とは言っても、今回は些細な事だし、日を跨げば忘れてくれそうな気もする。
ただ、琴穂には何時も笑っていて欲しい。だからこそ、この問題は早急に解決する必要がある。
「あっ……」
そんな事を思っていると、琴穂がピタリと足を止めた。
視線の先には肉屋がある。富士谷5年目の恵によると、ここのメンチとコロッケが美味しいらしい。
「……食べる?」
「いい」
琴穂は素っ気なく言葉を返したが、同時に「ぐぅ〜」と間抜けな音が響いた。
彼女は固まったまま顔を真っ赤にする。そして上目遣いで見上げてきた。
「俺も腹減ったし買ってくるよ」
俺はコロッケとメンチを一つずつ注文した。
コロッケを琴穂に手渡す。彼女は小さな声で「ありがと」と言って、嬉しそうに齧りついた。
「あふっ……はふはふへほいひいっ!」
秒で何時もの琴穂が帰ってきた。
ありがとう肉屋さん。駅前の商店街も捨てたもんじゃない。
「メンチも美味いな。高山で食った飛騨牛メンチカツの次くらいに美味い」
「あははっ、それと比べるのはダメだよ〜」
俺もメンチを食べてみた。
まあ普通に美味い。サイズが大きいので野球部としては助かるな。
それよりも琴穂だ。ニコニコと笑みを浮かべる姿が最高に可愛い。
「メンチちょーだいっ」
琴穂はそう言って手を伸ばしてきた。
その瞬間――喉まで出かかった「食い掛けだけどいいの?」の一言を必死に飲み込む。
何時だってフラグを折るのは余計な一言。俺は黙ってメンチを差し出した。
「コロッケ食べる?」
「食べる」
そして二つ返事でコロッケを受け取る。
俺はメンチ派だけど、今日だけはコロッケが凄まじく美味しく感じた。
「メンチも美味しいねっ。もう合体すればいいのに」
「確か上里SAの上りにメンコロってのがあったな」
「そーなんだっ! かっしーってそういうの地味に詳しいよね〜」
「(しまった……)」
地方やSAのBグルメを語る高校生は不自然だったか。
家族旅行によく行く……という設定にしておこう。最後に行ったの幼稚園くらいの頃だけど。
そんな感じで機嫌を直した琴穂と楽しく下校した。
ちなみに不名誉なアダ名の件は謝った。琴穂は「昔の事だしそんなに気にしてない」と言っていたけど、また恥ずかしげに顔を赤くしていて、その姿が凄く可愛かった。
やがて北府中で電車を降りると、俺達は自宅へと向かっていった。
「……でさっ、なっちゃんがお風呂で凄い見てきてさ〜」
「俺には分かるけど、夏美は女の子の体に興味があるんだよ」
「そうなの!?」
他愛もない雑談をしながら夜道を歩いていく。
そんな中、甲高い声で「にゃー」と鳴き声が聞こえてきた。
「なっ、なっ何!?」
「猫かな」
俺は声の主を探してみる。
すると「拾ってください」とベタな張り紙と共に、ダンボール箱が捨てられている事に気付いた。
「わー! 猫ちゃんだー!」
「捨て猫か。酷いことするもんだなぁ」
琴穂は楽しそうに灰色の子猫を抱えた。
紺色のカーディガンに毛が付きまくっている……が、本人は全く気にしていない。
俺も箱を覗いてみる。琴穂が抱えている分も合わせて、計3匹の子猫が捨てられていた。
「にゃ〜ん」
「かわいいー。よ〜しよ〜し」
君の方が可愛いよ、と言うだけの勇気は無かったけど、猫と戯れる琴穂は凄まじく可愛い。
そして――動物と戯れる姿を見ると、つい飼育係での出来事を思い出してしまう。
「……決めた。私、この子飼うっ!」
思いに耽る俺を他所に、琴穂は子猫を抱えながらドヤ顔で宣言した。
「さすが琴穂……と言いたいけど、家の人は許してくれるの?」
「お、お兄ちゃんが何とかしてくれる……」
「さすが孝太さん……」
そして利用される孝太さん。
ただ、これで尊い命が一つ救われるのだから、彼女の行いは普通に素晴らしいと思う。
「みゃ〜」
「にゃー」
一方、箱に取り残された2匹は、此方を見上げながら鳴いていた。
琴穂は辛そうな表情で箱を見つめる。そしてチラチラと此方の顔色を窺ってきた。
「じゃ、じゃあ俺も飼おうかなぁー……」
「ほんとっ!? やった!」
2匹と1人の圧力に負けた俺は、思わずそう宣言してしまった。
琴穂の頼みなら仕方がない。正史通りなら家庭崩壊を起こす連中の為に、猫を育てるという課題を与える……という事にしておこう。
「取り敢えず2匹預かるよ。1匹は知り合いを当たってみる」
「わーいっ! みんな良かったね〜」
琴穂は嬉しそうに子猫を抱きしめた。
俺も2匹の子猫を抱える。すると、琴穂は何か決意した表情で俺を見つめてきた。
「……今度はちゃんと育てようねっ」
そして――そう語り掛ける姿を見て、俺は何だか嬉しくなってしまった。
「産まれなかった雛の件か。琴穂も覚えてたんだな」
「うん。忘れる訳ないよ。たぶん一生忘れないと思う」
決して良い思い出ではないけれど、雛の件は琴穂とのファーストコンタクトだ。
琴穂も覚えていた、という事実だけで俺は嬉しく思える。
彼女にとっても、俺という存在が有象無象では無いと感じられたから。
と、そんな事を思っていると、琴穂は顔を赤くしながら視線を逸した。
俺には分かる。次に来るのは、きっと愛の告は――。
「あ、あと……かっしーが交尾について語ってたのも……ねっ……」
琴穂はゴニョゴニョと言葉を溢した。
今度は俺の顔が熱くなる。その話はそれ以上いけない。
「両手を使って、こうやって必死に……」
「やめて。そして忘れてくれ」
「あとさ……かっしーあの時……お尻って……」
「やめろ!!」
幼馴染とは、黒歴史を共有する存在である。
その事実をお互いに痛感しながら、俺達は各々の帰路についた。
ちなみに最後の1匹は元女房役の土村に預けた。
奴は意外と動物好きなので大丈夫だろう。たぶん。
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