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15.墓穴に埋まる黒歴史(前)

 それは、とある日の練習後の事だった。


「そういえばさ、かっしーって何時から琴ちゃんが好きなの?」


 そう問い掛けてきたのは恵である。

 何時から――と言われても、厳密な始まりは覚えていない。

 気付いたら琴穂の事が好きだった。少なくとも俺はそう記憶している。


「生まれた時から」

「そういうのいいから……」

「まあ一目惚れだからな。出会った時としか言えねえよ」

「てことは中学?」

「一応、小学校も一緒だったよ。クラスは殆ど違ったけどな」


 琴穂とは小学校の頃から一緒だった。

 とは言っても、同じクラスだったのは4年生の時だけ。

 運悪くすれ違いが続いた事もあり、小学生の頃は話した記憶が――。


「あ、思い出したわ」

「詳しく!!」


 そこまで振り返った所で、琴穂との初接触を思い出した。

 恵は目を輝かせて期待している。話さないと解放しないと言わんばかりだ。


 仕方がない。別に隠す事でもないので、ここは正直に語ってあげよう。

 そう思いながら、幼き柏原少年の記憶を探る事にした。





 さて――琴穂との出会いだが、小学生の頃まで遡る。

 低学年の頃、琴穂は「体操着の妖精」と影では呼ばれていて、学年では少しばかり有名な子だった。

 理由は「よく粗相をして体操着に着替えているから」という大変不名誉な物だったけど、当時から俺は琴穂を可愛い子だと思っていた。


 小学4年生の頃、俺達は初めて同じクラスになった。

 しかし、小学生というのは捻くれた生き物で、用も無く女子に――ましてや体操着の妖精に話し掛けると、男子のクラスメイト達に(からか)われてしまう。

 そう思った俺は、琴穂と同じ係に立候補して、話さざるを得ない状況を作るに至った。


 二人が手を挙げたのは飼育係。

 小学校ではニワトリを2羽飼っていて、その世話をするのが仕事だった。


「はいっ。柏原くんが先でいいよっ」

「お、おう。ありがと」

「柏原くんはそれどうするの?」

「卵かけご飯にしようかな。新鮮だろうし」


 飼育係の特権として、雌鶏が生んだ卵をテイクアウトできるルールがあった。

 最初の卵は俺が貰った。そして用途を聞かれたのを覚えている。


「金城はどうするの?」

「私は育てるっ! ヒヨコさんが可愛そうだもんっ!」

「えっと、この卵から雛は生まれないよ?」

「えー? なんで分かるのー?」

「うっ……」


 純粋無垢だった当時の琴穂は、生命の神秘を存じ上げなかった。

 無精卵という概念も知らず、卵は適度に温めれば雛になると思っていたらしい。


「ほ、ほら。他の動物は交尾しないと赤ちゃん出来ないだろ? それと同じで、ニワトリも交尾しないといけないんだよ」

「へー。じゃあ、ピーちゃんとピヨくんでちゅーさせればいいの?」

「いや……交尾ってそんな簡単じゃないから……」

「そうなの? やり方教えてよっ」

「えぇ!? たぶんだけど……こう、下の方に何か生えてるヤツをお尻に……」


 俺は恥を忍んで、琴穂に仕組みを解説した。

 今思えば、合法的に琴穂に性を教える貴重な機会だったが、当時の俺は恥ずかしくて仕方がなかった。そして知識も足りな過ぎた。


「交尾って難しいんだね……ヒヨコさん見たかったなぁ……」


 この世の真実を知った琴穂は、物凄く残念そうにしていた。

 恐らく、可愛い雛が産まれるのを楽しみにしていたのだろう。

 そんな心境を察した俺は、琴穂を喜ばせたくて、つい人道に反した奇策に出てしまった。


 俺達の小学校では、雄鶏と雌鶏を1羽ずつ飼っていた。

 どちらも同じ鳥小屋での飼育。ただ、2羽が勝手に交われないよう、中は金網で仕切られていた。


 そこで――俺は図工室から工具を持ち出して、この金網に細工を施した。

 外から見て1番奥の部分だけ、扉のように開閉できるようにしたのだ。


「これで次までには交尾してるかもね」

「わー、柏原くん凄いっ! ヒヨコさん楽しみだなぁ〜」


 あとは帰り際に小窓を開放して、誰よりも早く来て小窓を閉める。

 今思えば隙だらけの作戦だが、金網の小窓は我ながら力作で、先生達もまんまと騙されてくれた。


 やがて2つ目の卵が産まれると、今度は琴穂が持ち帰る事となった。

 彼女は凄く喜んでいて、可愛い雛を育てると息巻いていた。


「いつも持ち歩いてるね、それ」

「うんっ! 頑張って温めないとっ!」

「お、おう。割らないようにね……」


 琴穂は日常的に卵を持ち歩いていた。

 授業中は人肌で温めて、離れる時は毛糸のベッドに包んでいく。

 絶対に何時か割ると思ったが、奇跡的に割れないまま暫くの時が過ぎた。


「うーん、なかなか産まれないねっ」

「もしかしたら無精卵だったのかも」

「そっかぁ。じゃ、柏原くんこれ食べる?」

「いらないよ。絶対に腐ってるじゃん……」


 ただ、何日が経っても雛は産まれなかった。

 普通なら産まれている時期なので、俺達はこの卵を無精卵だと結論付けてしまった。

 ……卵が少しだけ大きくなっている事に気付かぬまま。


「誰かが食べたらお腹壊しちゃうし、ここで捨てていこっか」

「うん。次はヒヨコさん入ってるといいなぁ〜」


 今思えば、俺が内々で処理すれば良かったと思っている。

 しかし――そんな気が回らなかった当時の俺は、放課後の花壇で卵を割ってしまった。


「うわ……」

「ひっ……!」


 そして二人は言葉を失った。

 卵から出てきたのは、既に冷たくなった雛鳥だった。

 それも産まれる直前くらい。誰が見ても雛だと分かるくらい、しっかりと原型を留めていた。


 これは後から知った事だが、人肌や毛糸では温度が足りず、産まれる前に絶命してしまうらしい。

 逆に温める事を完全に放棄していれば、ここまで大きくなる前に液状化するとの事だった。

 つまり――中途半端に温めた結果、原型を留める程度には成長して、産まれる前に絶命してしまったのだ。


「……埋めてあげよっか」

「うぅ……ぐすっ……ヒヨコさん……ごめんね……」


 琴穂は涙をボロボロ流しながら、ずっと謝っていたのを覚えている。

 その姿を見て、俺はこの子を守ってあげたい、もう悲しませたくないと内心で決意した。


 しかし――そんな決意も虚しく、この一件で琴穂とは少し気まずくなってしまった。

 そして2学期になり係が変わると、話す機会が無いまま再び別々のクラスになった。





 俺は語り終えると、恵はニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「なんだよ」

「いや〜、かっしーにも可愛い時期があったんだなぁって」

「まるで今は可愛くないみたいな言い方だな?」

「当たり前でしょ……。中身は小柄な子とJKの百合シーンに欲情するアラサーのおじさんじゃん」

「当たってるけど嫌な言い方はやめろ」


 20後半はギリギリおじさんじゃない、と出かかった言葉は何とか飲み込んだ。

 恵は凄く満足気というか、いい事を知ったと言わんばかりの表情をしている。


「かっしーお待たせっ!」

「おう。んじゃ帰るか」


 そんな会話をしている内に、気付けば琴穂の着替えが終わっていた。

 夜間練習の際は琴穂と帰る。今や日常になっているが、昔なら考えられない幸福だ。

 その幸せを噛み締めて、俺は今日も帰路に着く。


「(琴ちゃんいいなぁ〜。毎日一緒に帰れるし、昔の事も知ってるし……。ふふっ、ちょっと意地悪しちゃおーっと)」


 恵は悪戯っぽい笑みを浮かべて、琴穂の側まで寄ってきた。

 俺には分かるけど、何か悪巧みをしている顔である。


「ねね、琴ちゃん。体操着の妖精って何?」

「……っ!?」


 そして――笑顔でそう問い掛けると、琴穂はワナワナと震えながら、顔を真っ赤にして此方を見上げてきた。


「オレジャナイヨ」

「嘘……かっしーしか知らない筈だもん……」


 俺は咄嗟に目を逸らす。

 しかし、同じ小学校出身は俺しかいないので、もはや言い逃れようは出来ない。


「ご、ごめん……ってか琴穂も知ってたんだな……」

「み、皆言ってたから知ってるよっ! もうかっしーなんて知らないっ!」

「ちょ……!」


 機嫌を損ねた琴穂は、俺を置いて先に行ってしまった。

 思わず恵を睨んでしまう。彼女は相変わらず得意気な表情を浮かべていた。


「ほらほら、早く追っかけて機嫌とらないと〜」

「おまえマジで覚えてろよ……」


 恵に促されて、俺は必死に琴穂を追いかけた。

 とりあえず琴穂の機嫌を取らなくては。恵へのお仕置きは後から考えよう。


NEXT→6月20日(日)

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