11.遅球の女王
5月5日、長かった関東一周ツアーも最終日を迎えた。
今日の舞台は富士谷高校グラウンド。相手の比野台高校は頭が良いだけの平凡な都立高校なので、此方はAB混合のチームで臨んでいく。
「華恋ちゃん楽しみだわ〜。美少女だったらワンチャン狙うしかないっしょ〜」
「やめろ。ってか気になるなら野本か夏美に聞いてみれば?」
「ばっかおめー、こういうのは会うまでに想像するのが楽しいんだろーがよ」
そう力説するのは鈴木である。
富士谷を代表するチャラ男的には、相手にいる女子選手が気になって仕方がないようだ。
夏美と野本の親戚・大城華恋。
聞いた話だと左の軟投派投手で、正史通りなら2試合目に先発するらしい。
「こんにちわー!」
「ちわーす!!」
「しゃっしゃしゃーす!」
「コラ財原! 挨拶は真面目にやれー!」
暫くすると、比野台の選手達が姿を現した。
さて、時間を持て余した2年生(+津上)で様子を見に行ってみる。
女子生徒は計4人。全員制服なので誰が大城かは分からない。
「あら、圭太じゃない」
そう思ったのも束の間、一人の女子生徒が野本に絡み始めた。
気の強そうなツリ目の美人で、ストレートの黒髪を一つ結びにしている。
恐らく彼女が大城華恋。富士谷のマネには居ないタイプの綺麗系だ。
「おー、華恋。今日は試合でるの?」
「2試合目にね。圭太は?」
「僕も2試合目。一緒に野球やるの久々だね〜」
「そうね。中学以来かしら」
そんな会話をしていると、大城は此方をチラッと見てきた。
夏美と視線が合ったのか、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「にしても懐かしいわ。昔はよく3人で――って、一人は脱落してたわね」
「……っせーな。わざわざ聞こえる声で言うんじゃねーよ」
夏美はバツが悪そうに言葉を返した。
野本曰く、この二人は仲が悪い。夏美が性差を理由に選手を諦めた事で、大城は夏美を誂うようになったらしい。
「あら、居たのね夏美さん。男子が怖くて野球を辞めた貴方の事だから、女子校に行ったかと思ってたわ」
「はいはい。ボコられてマウンドで泣いてた奴がよく言うわ」
「貴方こそショートで震えたじゃない。だいたい――」
そんな感じで女同士の口論が始まった。
一方で、富士谷の選手は興味津々と言わんばかりに二人を見守っている。
「ふむ……珍しい喋り方だな。アニメやバブル期のVTR以外で聞くのは初めてだ」
「うひょ〜、後ろの穴弱そう〜。同時に攻めたいわ〜」
「土下座させて屈服させたいっすね」
そう言い放ったのは、堂上・鈴木・津上の人間舐め腐りトリオだった。
女性への配慮などあったもんじゃない。そして異世界でしか聞かない喋り方の堂上は、人の事を言える立場ではないだろう。
「偏差値が低いと冗談も下品なのね。まあいいわ、決着は試合で着けるとしましょう」
大城は動揺する事なく言葉を返した。
安易にツッコミを入れないあたり、気が強い風なだけの夏美とは違うようだ。
「特に……貴方にだけは絶対に負けない。では失礼」
大城は堂上を睨むと、そう言葉を残して去っていった。
夏美と同じように、彼女も中学最後の試合で堂上に現実を突き付けられている。
待望の再戦という事で、今日はリベンジに燃えているのだろう。
ただ、堂上は覚えていないのか、無表情のまま固まっていた。
そして顎に手を当てると、
「ふむ……また俺が何かやってしまったようだな」
「おまえマジで人のこと言えねえからな??」
なんて言い出したので、俺は思わず呆れてしまった。
※
グラウンド整備やアップを終えると、比野台との1試合目を行った。
尚、結果は下記の通りである。
比野台000 000 002=2
富士谷001 022 63x=14
【投手陣】梅津(6回0失点)、藤島(3回2失点)
【本塁打】柏原、上野原
両翼とバッテリーはBチーム、他は上級生中心の起用となった。
先発の梅津は怪我で出遅れた長身右腕。四死球は6個あったものの、1安打8奪三振と才能の高さを見せつけた。
また、外野コンバートした上野原は3安打、他の選手も持ち味を発揮して、Bチームの面々がアピールしていた。
そして迎えた2試合目、両軍のスタメンは下記の通りとなった。
【富士谷】
(中)野本
(右)中橋
(遊)津上
(左)芳賀
(投)堂上
(捕)駒崎
(一)中道
(三)大川
(二)卯月弟
【比野台】
(中)石橋
(遊)安藤
(三)花井
(右)河野
(左)志村
(捕)西井
(一)財原
(二)松野
(投)大城
恐らく恵の仕業で2試合目は全員Aチーム。
1試合目に出場した面々(俺含む)は外されたが、夏美を侮辱する子は許さないと言わんばかりのガチっぷりだ。
ちなみに、相手は大城と財原だけ覚えておけば問題ない。
財原は130キロ左腕の2年生。1試合目で先発しているが、この試合も登板してくる可能性がある。
というのも、中学時代は夏美達のチームのエースで、大城と交互に投げるスタイルを確立していたらしい。
「っちぇ、俺も2試合目が良かったわー」
「わかる。ホームのカバーに入った所で交錯したかったよな〜」
アホの京田と鈴木を他所に、富士谷の先攻で試合が始まった。
1番打者は野本。いきなり親戚対決である。
「(華恋の投げるボール苦手なんだよなぁ)」
「(圭太は野球になると脳筋なのよね。今日も勝たせてもらうわ)」
大城は常時セットポジションのようだ。
ゆっくり左足を上げると、球の出所を隠すようにクラブを掲げて、サイド気味のスリークォーターから白球を投じる。
「……ストライクッ!」
緩やかな球は見送られてストライク。
目測だが100キロも出ていない。恐らく、今まで対決した投手で一番遅いのではないだろうか。
「おっっそ! こんなの打ち放題じゃん! 2試合目に出るやつズルすぎだろ!!」
「いや〜、こういうのって意外と打ち辛いかもしれないぜ〜?」
実況の京田、解説の鈴木みたいな構図になってきた。
それはさて置き、大城は多彩な変化球を投げ込んでいく。
その全てが凄まじく遅い。スローカーブは70キロも出ていないように見える。
そして――。
「(げ、出た……!)」
最後に披露したのは、山なりの遅球――イーファスピッチ。
野本は打ち上げてピッチャーフライとなった。
「すげー、超スローボールだ!」
「これは逆に打てないパティーンだな〜。かっしーどう思う?」
「単打なら打てるかな。この手の投手は焦らずコツコツ繋げりゃ楽に攻略できるよ」
強力打線は遅い球が苦手、なんて言われがちだが、それは偏見も良い所である。
稀に球の遅い投手が抑えると、それが物凄く目立ってしまうだけだ。
でなければ、強豪同士の対決では、毎回110キロの遅球が飛び交っているだろう。
と、そんな事を考えている内に、後続も打ち取られてチェンジとなっていた。
中橋はセーフティ狙いの投ゴロ、津上はレフトフライ。
中橋は兎も角、脳筋の選手達が早くもフライアウトを積み上げている。
「(ったく、何やってんだよ。財原より打つの楽だろ……!)」
一方、スコアラーの夏美はご機嫌斜めだった。
大城が簡単に通用してしまっては、性差を理由に諦めた夏美の立場が無いからだろう。
「そんなイライラすんなよ。飴やるから」
「し、してねえし! 飴は貰うけどな!」
とりあえず甘味で機嫌を取りながら、2試合目の行く末を見守る事にした。
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