9.おじさんは誰に微笑む
高校球児という生き物は、春から夏の3ヶ月で劇的に成長すると言われている。
その間で最も長い連休はゴールデンウィーク。この連休の過ごし方は、夏の明暗を大きく分ける事になるだろう。
富士谷野球部では、球界の青狸こと相沢の協力もあり、関東一周遠征ツアーを行う事となった。
4月29日から5月1日の前半は北関東。5月3日から5月5日の後半は南関東。
Aチームは練習試合でレギュラーを争い、Bチームは八王子に残って基礎を鍛える。
先ずは1日目、お隣の埼玉県。
ちなみに、都大二高も同ツアーを行っているが、グラウンドが被るのは3日目だけ。
事実上の別行動だが、協定の一環という事で協力してもらえた。
富士谷の目的地は嵐山栄グラウンド。
関越道を嵐山児玉ICで降りて、過酷なツアーの初日に挑んでいく。
【遠征1日目/嵐山栄G(埼玉県)】
富士谷200 320 011=9
嵐山栄201 010 002=6
【投手陣】芳賀(3回3失点)、津上(6回3失点)
【本塁打】堂上、津上
戸坂西000 110 200=4
富士谷000 020 102x=5
【投手陣】中橋(5回2失点)、戸田(4回2失点)
【本塁打】なし
明日の方が強い相手とやれるので、投手陣は1年生中心の起用となった。
やはりと言うべきか、大型左腕の芳賀はまだ粗い。他の投手は及第点といった所か。
野手は今のところ全員好調。レギュラー当落線上の上級生も気合が入っていた。
2日目は群馬県。関越道を更に下って渋川伊香保ICで高速を降りる。
そこからR35→R145を進んだ先にある、吾妻学園大附Gが本日の目的地。
途中、草津温泉目的であろう渋滞に巻き込まれ、到着がギリギリになってしまった。
【遠征2日目/吾妻学園大附G(群馬県)】
吾妻大附100 100 000=2
都富士谷000 005 11x=7
【投手陣】堂上(9回2失点)
【本塁打】島井
建大水上200 000 001=3
都富士谷301 000 20x=6
【投手陣】柏原(9回3失点)
【本塁打】柏原
今日は主戦投手の二人が完投。
捕手は2試合共に併用で、2試合目は駒崎から近藤に繋げた。
実際に投げてみた感想としては、駒崎はスプリットの捕球が怪しいので少し投げ辛い。近藤は流石の安定感だが、打撃のほうは相変わらずお察しである。
尚、堂上は特に気にしていなかった。野手は変わらず好調、どの選手も必死にアピールしていた。
疲れてきた3日目。関越道で高崎JCTまで戻ると、東北道に乗り替えて西那須野塩原ICで高速を降りる。
今日は栃木県の塩原都大G。都大二高と合流して変則ダブルヘッダーを行った。
【遠征3日目/塩原都東大学高G(栃木県)】
都富士谷000 210 110=5
塩原都大014 000 001x=6
【投手陣】田村(2.2回5失点)、島井(6回1失点)
【本塁打】鈴木
都大二高200 110 000=4
都富士谷003 020 11x=7
【投手陣】芳賀(4回3失点)、戸田(5回1失点)
【本塁打】芳賀
田村さんの炎上で、関東遠征の連勝は4でストップした。
都大二高戦はお互いに下級生中心。一先ずは此方の1年生が力を見せつけてくれた。
「前橋英徳とか浦環学院とやりたかったわ〜」
「そう簡単には組めねえよ。各県の強豪とやれただけ有り難く思ってくれ」
帰りのバス内で京田が余裕をぶっこいていた。
練習試合だと無駄に強気だな。選抜の相手は21世紀枠を切望していたというのに。
そういえば、1年生達はどうだろうか。
3日連続のダブルヘッダーで、流石に喋る余裕もないだろう。
そう思ったのだが――。
「つーか聞いてくれよ。夏樹のやつ、息子までツルツルだったんだぜ」
「へへっ……これが除毛クリームの力よ。皆も真似してもいいぜ」
「しねえし! そんなもん買うくらいならゲーム買うわ!」
凄まじく元気が有り余っていた。
そして会話が普通に下品。夏美と琴穂も帯同しているので勘弁して欲しいものである。
「おいおい、自分で買う訳ないだろ。最近、家の風呂に生えてくるんだよコレが」
「嘘つけー! 本当は自分で買ってんだろ!」
「(いや掘り下げろよバカ。持ち主が姉の夏美さんなら、つまりそういう事になるぜ?)」
「(恵さんはどうなんだろう……じゃなかった。今のうちに明日の予習しとこ)」
そして遠回しに暴露される夏美の真実。
あまりにも品が無さすぎる。淡々と外を見ている津上や、教科書を開いている中橋を見習って欲しいものだ。
「家帰ったら殺す……あと使った分の金は毟り取る……」
「ど、どんまいっ。でさ、なっちゃんは何使ってるの?」
「薬局にあったやつ適当に買ったから分からん。まあ全身に使えるのは確認したけど。琴穂は?」
俺の前では、夏美と琴穂が男子禁制であろう女子トークを行っていた。
然りげ無く耳を傾けてみる……が、琴穂が此方をチラッと見てきた。
「……秘密っ!」
「おいコラ! 私にだけ言わせるなよ!」
これが噂のタダ乗りか。
まあ後ろの俺が起きてるから仕方がない。ついで言うと隣の堂上も起きている。
「ふむ……興味深い話ではあるが、それよりも今は続きをしよう」
「ああ、悪い」
ちなみに、俺と堂上は前半戦の反省会をしていた。
もう少し正確に言うと「もし明日から公式戦だったら」という仮定で、お互いの構想を出し合っている。
「投手陣は俺達+中橋で回すかな。3年生や津上はタイプが被るし、芳賀は格下でも出すの怖いわ」
「だいたい同意だな。戸田はどうだ?」
「正直、印象に残んないんだよなー。最速130キロの右腕だし、何よりモブっぽいというか……。まあ今日は抑えたけどよ」
野手は既に語り終えて、今は投手陣の話をしている。
俺と堂上が主軸になって、左サイドの中橋がアシストするのが無難という結論になった。
「なるほど。では、今までの内容を踏まえた上で総括といこう」
「そうだな、お互いに理想のスタメンを紙に書いてみるか」
「承知した。姉上、紙とペンを頼む」
「誰が姉上だ!!」
さて、紙に暫定のスタメンを書いてみる。
お互いに筆が止まると、書いた紙を交換してみた。
【柏原案】
8中橋
5京田※
6津上
1柏原
9堂上
3鈴木
2駒崎→近藤
7島井※
4阿藤※
中盤以降の得点圏で※に代打
【堂上案】
8野本
6渡辺
5津上
1堂上
9柏原
3鈴木
7田村
2駒崎
4大川→阿藤or卯月弟
然り気無く自分を4番でエースにしてきたな。
じゃなくて――殆ど意見が合っていない。完全に一致しているのは鈴木くらいだ。
「中橋抜くのか、勿体無いな」
「うむ。外野の実力が拮抗しているなら、控え投手として待機させたほうが良いだろう」
「俺的に中橋スタメンはマストだけどなぁ。あと駒崎フル出場はキツい、たまにスプリット逸らすから」
「なるほど。しかし、柏原は随分と守備重視の組み方だな。野本と渡辺まで抜くとは」
「あー……あれだ、島井さんの調子が良いから野本と入れ替えてみた。あと津上はショートで使いたいし、かと言って渡辺のセカンドはまだ怖いんだよ」
と、そんな感じで語ったものの、主軸の3人以外は甲乙付け難いのが現状だ。
津上はスタメン確定だけど、どこに置くかは他の選手次第である。
「ふむ……難しいな。確かに中橋を持て余すのは勿体ないが……」
堂上も同じ考えなのか、ずっと眉間に皺を寄せていた。
遊び半分の俺達ですら悩むのだから、首脳陣はもっと悩んでいるに違いない。
特に、3年生にとっては次が最後の大会だ。
レギュラーから外すとなると、指導者にとっても苦渋の決断になる。
果たして、瀬川監督と畦上先生は、どのようなレギュラーを組むのだろうか。
……と、そんな事を思っていると、琴穂と夏美が此方を見ている事に気付いた。
「……私もやるっ。監督経験者だからねっ」
「じゃ、じゃあ私もやってみようかな」
「姉上、4番とエースは分かっているな?」
「うるせえ! その呼び方やめねーならライパチにするからな!!」
スタメンにはするのか……という言葉を必死に飲み込みながら、俺達の乗るバスは東北道を走り抜けていった。
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