8.新体制と小さな悩み事
仮入部期間も無事終わり、新しい富士谷野球部が始まろうとしていた。
新入部員は選手だけで25人。上級生と合わせると計35人いるので、練習試合の際はチームを分ける事が出来る。
尚、暫定のAチームは下記の通りとなった。
【投手】
柏原
【捕手】
近藤、駒崎
【内野】
阿藤、鈴木、京田、渡辺、中道、大川、卯月、津上
【外野】
田村、島井、野本、堂上、芳賀、中橋、戸田
選抜されたのは計18人。
東西東京大会のベンチ枠は20人なので、少なくとも2人は昇格する可能性がある。
もう1つ、野本以外の外野陣は投手兼任。津上にも投球練習はさせる予定だ。
新入部員といえば、女子マネージャーの入部希望者も現れた。
仮入部では総勢7人の入部希望。これには選手達も心を躍らせていたのだが――。
「えっ……全員入れる訳ないでしょ。そんなに居ても持て余すだけだし」
恵の一言で、マネージャーは厳選する事となってしまった。
「ええー!! なら黒髪ロングで御淑やかな清楚系を頼む!!」
「じゃ、俺は都合いい感じの軽い子を所望するわ〜」
アホな事を言っているのは京田と鈴木。
さて、このマネージャー希望者の選別だが、野球部に限らず運動部では珍しい事ではない。
未経験者のマネージャーは、沢山居ても持て余してしまう事がある。
人数を制限している高校も存在していて、富士谷野球部もその例に倣う事となった。
尤も、関越一高は来る者拒まずで、多いときは20人くらいの女子マネが居た訳だが……。
「にしても、恵にしては珍しい判断だな。マネージャー希望者が多いって喜ぶかと思ったのに」
二人になる機会があったので、さりげなく恵に問い掛けてみた。
恵はマネージャーに誇りを持っていて、琴穂や夏美への仲間意識も非常に強い。
マネを目指す後輩は支持すると思っていた。この判断は少し意外である。
「それだけど……私は正史で入る子を知ってるからね。富士谷の試合を見て感動してくれた子とかなら歓迎だけど、実績だけ見て野球部に舵を切った子や、ナベちゃんとかに釣られた男目当ての子はちょっとね〜」
恵はそう言って口を尖らせた。
彼女は正史の富士谷を知っている。故に、本来なら入部しない子達の下心を察してしまうようだ。
個人的には、切っ掛けは下心でも良いと思うのだが、恵的にはどうしても譲れないらしい。
そんな訳で、野球部では2人のマネージャーを歓迎する事になった。
恵の言う「実際に試合を見て入りたくなった」なんて子は1人もおらず、正史通りの2人が入部。
後輩マネとはあまり絡まないと思うが、一応紹介だけしておこう。
「津上ー! アンタまた燃えるゴミにペットボトル入れたでしょー!」
「っせーなブス。燃やせば全部灰になんだから何でもいいだろ」
「そういう問題じゃないの! ってかブスじゃないし!」
いかにもツンデレっぽいのは金野亜莉子。
丸みのある金髪のボブカットで、身長は恵と夏美の間くらい。
若干キラキラネームだが、マネージャーの誰よりもしっかり者に見える。
「桃の節句ッスか?」
「そうそう、桃のセックッス」
「ほほう……桃の節句って女の子のイベントだと思うんスけど、鈴木さん的には何処が好きなんスか?」
「あ〜違う、少し遠のいたわ〜」
「(何やってんだコイツら……)」
喋り方が少し独特なのが黒瀬真奈。
黒髪のポニーテールで身長は夏美より少し低い。
夏美や野本の後輩で、卯月弟とは二遊間を組んでいたらしい。
「二人とも良い子だよ〜。亜莉子ちゃんは野球ド素人だけど、ちゃんと家でルールの勉強してくるからね〜」
「そうだな。名字と髪色が一致しているあたりも非常に良いわ」
「えぇ……何処にありがたみ感じてるの……」
そんな感じで、富士谷野球部の2011年度がスタートした。
ちなみに、残りの5人は全員渡辺目当て。恋人が居ると知ったら、5人揃って自主的に引いてくれたらしい。
※
人数が大幅に増えた事で、富士谷から弱小らしい文化が消えていった。
全員内野で受けるシートノック、スタメン選手が交代で行うコーチャーなど。
他にも挙げたら幾つかあるが、人数不足による不自由は完全に無くなった。
「姉上、守備は足りているからベンチに戻るといい」
「ん……ああ。ってかお前の姉になった覚えはねぇよ!」
夏美の外野守備もその一つである。
今までは重宝されていた野球経験者の夏美だが、選手35人となれば守備に着く必要はない。
最近は選手の代役をする事も無くなり、マネージャーらしい仕事が多くなっていた。
「なっちゃん〜、後輩ちゃん達も交えて久しぶりにカップリングゲームしようよ〜」
「いい。ちょっとそのへん歩いてくる」
ベンチに戻った夏美は、恵をスルーして部室へと向かった。
守備を外れた影響かは分からないが、最近の夏美は少しピリピリしている気がする。
心配だな。少し様子を見てみるか。
そう思って部室に向かうと、夏美は木製のバットを握っていた。
「ん……柏原か。どうしたん」
「腹痛い……って事にしといてくれ。夏美は何してんの」
「見りゃ分かるだろ。バット振ってる」
ちなみに、夏美の素振りはこれが初めてではない。
部室の近くを通ると、バットを振っている夏美を見掛ける事は何度かあった。
「ストレスでもたまってんのか?」
「別にストレス発散で振ってる訳じゃねえよ。まあ今は少しイライラしてるけどな」
「ふぅん。やっぱ練習に入れなくて物足りないから?」
「違う。別に大した事じゃねーし、少ししたら忘れるから大丈夫だよ」
「いいから話して見ろよ」
俺はそう問い掛けると、夏美は恥ずかしげに視線を逸らした。
その瞬間、一つの可能性が頭を過る。これは単純に「あの日」だったのではないだろうか。
ああ、10秒前に転生して言葉を取り消したい。
そう思ったのだが――。
「……堂上に姉上って呼ばれるの嫌なんだよな」
あまりにも予想外な答えに、俺は思わず顔を歪めてしまった。
「えぇ……そんな事かよ……」
「いやいやいや、アレ地味に嫌だぞ! 上手く言葉には出来ねーけど……私ってそんな変な名前かなって思わせられるし……」
言っちゃ悪いけど夏美とか平凡もいい所だからな。
少なくとも、柏原竜也と書いて「かしはら りゅうや」と読ませる俺よりは確実に普通だ。
初見の人間には高確率で「かしわばら たつや」と間違えられる。
そして――堂上のアレだが、恐らく性癖か照れ隠しに過ぎない。
琴穂の事は「妹」だし、孝太さんの事は「兄上」だった。
「考えすぎだって。堂上は人を属性で呼ぶ生き物なんだよ。たぶん結婚したら相手の事を嫁って呼ぶぞ」
「そうかあ? なら恵は娘って呼ばれてる筈だろ」
「(そういやそうだな……)」
ぐうの音も出ない反論に俺は頭を抱える。
恵の事で悩んでいた頃と比べると、随分と平和で微笑ましい悩み事だ。
そう考えると、一先ずは高校生らしい生活が出来るのだと実感する。
「じゃあ練習戻るわ。ま、あんまり気に病むなよ」
「おうよ。私も少ししたら戻るわ」
「時間潰して戻らないとカップリングゲームに巻き込まれるからな」
「それな〜!」
思春期ならではの小さな悩み。俺にもこんな時期があったのだろうか。
……なんて事を思いながら、俺は練習に戻っていった。
☆新入部員紹介②
・金野 160cm53kg
マネージャー4号。金髪ボブカット。面倒見いいタイプ。
・黒瀬 154cm49kg
マネージャー5号。黒髪ポニーテール。「〜ッス」が口癖。
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