表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/699

8.新体制と小さな悩み事

 仮入部期間も無事終わり、新しい富士谷野球部が始まろうとしていた。

 新入部員は選手だけで25人。上級生と合わせると計35人いるので、練習試合の際はチームを分ける事が出来る。

 尚、暫定のAチームは下記の通りとなった。



【投手】

柏原


【捕手】

近藤、駒崎


【内野】

阿藤、鈴木、京田、渡辺、中道、大川、卯月、津上


【外野】

田村、島井、野本、堂上、芳賀、中橋、戸田



 選抜されたのは計18人。

 東西東京大会のベンチ枠は20人なので、少なくとも2人は昇格する可能性がある。

 もう1つ、野本以外の外野陣は投手兼任。津上にも投球練習はさせる予定だ。


 新入部員といえば、女子マネージャーの入部希望者も現れた。

 仮入部では総勢7人の入部希望。これには選手達も心を躍らせていたのだが――。


「えっ……全員入れる訳ないでしょ。そんなに居ても持て余すだけだし」


 恵の一言で、マネージャーは厳選する事となってしまった。


「ええー!! なら黒髪ロングで御淑やかな清楚系を頼む!!」

「じゃ、俺は都合いい感じの軽い子を所望するわ〜」


 アホな事を言っているのは京田と鈴木。

 さて、このマネージャー希望者の選別だが、野球部に限らず運動部では珍しい事ではない。


 未経験者のマネージャーは、沢山居ても持て余してしまう事がある。

 人数を制限している高校も存在していて、富士谷野球部もその例に倣う事となった。

 尤も、関越一高は来る者拒まずで、多いときは20人くらいの女子マネが居た訳だが……。


「にしても、恵にしては珍しい判断だな。マネージャー希望者が多いって喜ぶかと思ったのに」


 二人になる機会があったので、さりげなく恵に問い掛けてみた。

 恵はマネージャーに誇りを持っていて、琴穂や夏美への仲間意識も非常に強い。

 マネを目指す後輩は支持すると思っていた。この判断は少し意外である。


「それだけど……私は正史で入る子を知ってるからね。富士谷の試合を見て感動してくれた子とかなら歓迎だけど、実績だけ見て野球部に舵を切った子や、ナベちゃんとかに釣られた男目当ての子はちょっとね〜」


 恵はそう言って口を尖らせた。

 彼女は正史の富士谷を知っている。故に、本来なら入部しない子達の下心を察してしまうようだ。

 個人的には、切っ掛けは下心でも良いと思うのだが、恵的にはどうしても譲れないらしい。


 そんな訳で、野球部では2人のマネージャーを歓迎する事になった。

 恵の言う「実際に試合を見て入りたくなった」なんて子は1人もおらず、正史通りの2人が入部。

 後輩マネとはあまり絡まないと思うが、一応紹介だけしておこう。


「津上ー! アンタまた燃えるゴミにペットボトル入れたでしょー!」

「っせーなブス。燃やせば全部灰になんだから何でもいいだろ」

「そういう問題じゃないの! ってかブスじゃないし!」


 いかにもツンデレっぽいのは金野亜莉子(ありす)

 丸みのある金髪のボブカットで、身長は恵と夏美の間くらい。

 若干キラキラネームだが、マネージャーの誰よりもしっかり者に見える。


「桃の節句ッスか?」

「そうそう、桃のセックッス」

「ほほう……桃の節句って女の子のイベントだと思うんスけど、鈴木さん的には何処が好きなんスか?」

「あ〜違う、少し遠のいたわ〜」

「(何やってんだコイツら……)」


 喋り方が少し独特なのが黒瀬真奈。

 黒髪のポニーテールで身長は夏美より少し低い。

 夏美や野本の後輩で、卯月弟とは二遊間を組んでいたらしい。


「二人とも良い子だよ〜。亜莉子ちゃんは野球ド素人だけど、ちゃんと家でルールの勉強してくるからね〜」

「そうだな。名字と髪色が一致しているあたりも非常に良いわ」

「えぇ……何処にありがたみ感じてるの……」


 そんな感じで、富士谷野球部の2011年度がスタートした。

 ちなみに、残りの5人は全員渡辺目当て。恋人が居ると知ったら、5人揃って自主的に引いてくれたらしい。





 人数が大幅に増えた事で、富士谷から弱小らしい文化が消えていった。

 全員内野で受けるシートノック、スタメン選手が交代で行うコーチャーなど。

 他にも挙げたら幾つかあるが、人数不足による不自由は完全に無くなった。


「姉上、守備は足りているからベンチに戻るといい」

「ん……ああ。ってかお前の姉になった覚えはねぇよ!」


 夏美の外野守備もその一つである。

 今までは重宝されていた野球経験者の夏美だが、選手35人となれば守備に着く必要はない。

 最近は選手の代役をする事も無くなり、マネージャーらしい仕事が多くなっていた。


「なっちゃん〜、後輩ちゃん達も交えて久しぶりにカップリングゲームしようよ〜」

「いい。ちょっとそのへん歩いてくる」


 ベンチに戻った夏美は、恵をスルーして部室へと向かった。

 守備を外れた影響かは分からないが、最近の夏美は少しピリピリしている気がする。


 心配だな。少し様子を見てみるか。

 そう思って部室に向かうと、夏美は木製のバットを握っていた。


「ん……柏原か。どうしたん」

「腹痛い……って事にしといてくれ。夏美は何してんの」

「見りゃ分かるだろ。バット振ってる」


 ちなみに、夏美の素振りはこれが初めてではない。

 部室の近くを通ると、バットを振っている夏美を見掛ける事は何度かあった。


「ストレスでもたまってんのか?」

「別にストレス発散で振ってる訳じゃねえよ。まあ今は少しイライラしてるけどな」

「ふぅん。やっぱ練習に入れなくて物足りないから?」

「違う。別に大した事じゃねーし、少ししたら忘れるから大丈夫だよ」

「いいから話して見ろよ」


 俺はそう問い掛けると、夏美は恥ずかしげに視線を逸らした。

 その瞬間、一つの可能性が頭を過る。これは単純に「あの日」だったのではないだろうか。


 ああ、10秒前に転生して言葉を取り消したい。

 そう思ったのだが――。


「……堂上に姉上って呼ばれるの嫌なんだよな」


 あまりにも予想外な答えに、俺は思わず顔を歪めてしまった。


「えぇ……そんな事かよ……」

「いやいやいや、アレ地味に嫌だぞ! 上手く言葉には出来ねーけど……私ってそんな変な名前かなって思わせられるし……」


 言っちゃ悪いけど夏美とか平凡もいい所だからな。

 少なくとも、柏原竜也と書いて「かしはら りゅうや」と読ませる俺よりは確実に普通だ。

 初見の人間には高確率で「かしわばら たつや」と間違えられる。


 そして――堂上のアレだが、恐らく性癖か照れ隠しに過ぎない。

 琴穂の事は「妹」だし、孝太さんの事は「兄上」だった。


「考えすぎだって。堂上は人を属性で呼ぶ生き物なんだよ。たぶん結婚したら相手の事を嫁って呼ぶぞ」

「そうかあ? なら恵は娘って呼ばれてる筈だろ」

「(そういやそうだな……)」


 ぐうの音も出ない反論に俺は頭を抱える。

 恵の事で悩んでいた頃と比べると、随分と平和で微笑ましい悩み事だ。

 そう考えると、一先ずは高校生らしい生活が出来るのだと実感する。


「じゃあ練習戻るわ。ま、あんまり気に病むなよ」

「おうよ。私も少ししたら戻るわ」

「時間潰して戻らないとカップリングゲームに巻き込まれるからな」

「それな〜!」


 思春期ならではの小さな悩み。俺にもこんな時期があったのだろうか。

 ……なんて事を思いながら、俺は練習に戻っていった。

☆新入部員紹介②


・金野 160cm53kg

マネージャー4号。金髪ボブカット。面倒見いいタイプ。


・黒瀬 154cm49kg

マネージャー5号。黒髪ポニーテール。「〜ッス」が口癖。


NEXT→6月13日(日)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 祝! とりあえず京田くん生き残りおめでとうございます。(だめだと思っていましたw) >ナベちゃんとかに釣られた男目当ての子はちょっとね〜 ……美少年なんですね。
[良い点] いつも更新楽しみにしてます! これからも頑張ってください! [気になる点] 卯月を名前で読んでるのに慣れない・・・笑 今回も一瞬誰? ってなりました(・・;) [一言] かっしーの名字ずっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ