18.四度目の開会式(前)
7月最初の土曜日、俺達は明治神宮野球場へと訪れた。
今日、全国高等学校野球選手権西東京大会・東東京大会の開会式が行われ、開幕ゲームが開催される。
神宮球場には、多種多様なユニフォームの選手が集っていた。
その中で、富士谷の公式戦用ユニフォームは、帽子とアンダーシャツ、ソックスは黒が基調。
上下は白地に縦縞、胸には赤の筆記体で「Fujiya」と書かれている。
「ぷっ、五輪代表のパチモンかよ」
すれ違った他校の選手から、そう言葉が漏れてきた。
そう、富士谷のユニは、五輪日本代表と似ているのだ。
埼玉の名門・浦環学院も同じデザインで、ネットでは「浦環JAPAN」とかネタにされていた記憶がある。
このまま甲子園に出たら、浦環学院の二の舞になってしまう。出来ればデザイン変更を願いたいものだ。
開始まで暫く時間があり、俺達は少しばかり探索する事にした。
すれ違う強豪私学の選手達は、一様にガッチリとした体格をしている一方で、弱小校は華奢な選手が目立つ。
「うわ、あそこ弱そう」「当たりたかったわ~」なんて指差されて言われてる様子は、少しばかり同情してしまった。
「かっしー見て見て! あの高校だけプラカードが変だよ!」
「あぁ……あれは名物だから仕方がないよ」
「名物なの!?」
琴穂が指差したプラカードには、手書きで「多磨大聖ヶ崎」と書かれていた。
そうそう、この高校はダンボールに手書きのプラカードを愛用してたんだよな。
懐かしい。ユニも当時のデザインだし、改めて過去に転生したと実感する。
「お、中井じゃん!」
「優太にナベちゃん! 久しぶりだなー!」
どうやら、鈴木達が元チームメイトを見つけたようだ。
青い帽子、白地のユニには青の明朝体で「KOMAKAWA」と書かれている。
世田谷区の駒川大高か。当時の世田谷区は東東京だった筈なので、ここから先は東東京の待機場所という事になる。
持ち場を離れすぎたな。引き返すか――と思ったその時、
「よぉ柏原ァ!! 久し振りだなァ!!」
やたらとバカでかい声が、俺の足を引き留めた。
恐る恐る振り向くと、悪人面の男がニヤニヤと笑みを浮かべている。
紫で統一された帽子、ソックス、アンダーシャツ。白地のユニには、紫の行書体で「関越一高」と書かれている。
「うわ……おまえかよ……」
そこにいたのは、かつての女房役・土村だった。
「もっと喜べよ柏原ァ!! クソカス都立のお前が、名門の俺様と話せる機会なんて滅多に無いんだからよォ!!」
相変わらず喧しい。
土村に怯えている琴穂は、俺の後ろに隠れると、ユニの裾を掴んだ。
やばい、超絶可愛い。今だけは人相の悪い土村に感謝してやろう。
「おやァ? まさかクソカス都立を選んだ理由って女かァ!? コイツは傑作だなァ!!」
そんな琴穂を見て、土村は高笑いをあげた。
言葉もねぇ。土村的には冗談のつもりなんだろうけど、完全に図星だ畜生。
「言いたい事はそれだけか? もうすぐ始まるから俺達は戻るぞ」
「まァ待て、コイツを見てけよォ!」
土村はそう言って背を向けてきた。
その背中には「20」の番号が縫い付けられている。
ああ、なるほど。背番号を自慢したかった訳か。
「なァ柏原……羨ましいだろォ!?」
土村は得意気に見下してきた。
残念ながら羨ましくはない。何故なら、正史では俺が20番で、土村はベンチ外だったから。
この20番は、俺が富士谷を選んだ事による「お下がり」に過ぎないのだ。
「ふむ……たかが2桁番号の分際で、随分と威勢が良いみたいだな」
「あァ!?」
そう声をあげたのは堂上だった。
たかがって言うけど、名門でのベンチ入りは容易ではない。
まあ……土村の相手をしてくれるのなら譲ってやろう。
「テメェ……クソ雑魚の分際でいい気になってんじゃねぇぞゴルァ!!」
「本当に雑魚かどうか、居心地の良いベンチから観察するといい。尤も、其方が勝ち上がれたらの話だがな」
怒りを露にする土村に対して、堂上は全く退く気配がない。
目には目を、歯には歯を、面倒な奴には面倒な奴を。
もし今後も土村に絡まれたら、堂上を召喚しよう。
「上等じゃねーかァ!! ボコボコにしてやっから首を洗って待ってろよォ! クソカス共!!」
「望むところだ。いつ当たるかは知らんが、返り討ちにしてやろう」
二人はそう言って火花を散らし合っていた。
しかし、このバカ2人は肝心な事を忘れている。富士谷は西東京で、関越一高は東東京。
つまり、夏の東西東京大会で当たる事は絶対にないのだ。
そんな悶着が暫く続くと、関越一高の選手が駆け付けて来た。
「ごめんな~、コイツ面倒臭かったでしょ」
そう言って俺達に謝ってきたのは、180cm以上ある大柄な男――松岡周平だった。
1年生ながら背番号3を付けていて、のちに東東京No.1打者となる強打者。そして――。
「周平……」
正史では、俺の親友だった男だ。
部活を辞めたくなった時も、試合で打ち込まれて劣勢になった時も、彼の言葉や打撃に助けられてきた。
肘を壊した時だって、俺を試合に出す為に、わざわざ三塁コンバートを志願してくれた。
「ん、俺のこと知ってんの?」
「ああ、いや。ちょっと噂を聞いててさ」
「まじか~。山梨のド田舎から来たのに、よく知ってんなぁ」
周平はそう言って頭を掻いた。その距離感に、少しだけ寂しさを覚える。
正史では、卒業後も定期的に飲み歩き、結婚式ではお互いに友人代表を任せた仲だった。
それなのに――今は他人でしかない。
「ほら、いくぞ土村」
「ッチ……あばよ柏原ァ!!」
そう言って土村達は去っていった。
転生すれば、都合の悪い過去を消せる。その一方で――積み上げた思い出も消え去ってしまう。
大会直前に改めて、転生という奇跡の重みを思い知った。
▼土村 康人(関越一高)
177cm73kg 右投左打 捕手 1年生
柏原の元女房役。
目付きと口が悪いイキり野郎だが、強肩強打で実力も伴っている。
憎まれ口を叩きつつも、やたらと柏原に絡みたがる。
▼松岡 周平(関越一高)
182cm83kg 右投右打 一塁手 1年生
山梨からやってきた世代屈指のスラッガー。
適度に熱血でフランクな好青年。友達も多く、正史では柏原の親友だった。