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6.上級生の威厳、下級生の意地

富士谷A軍00=0

富士谷B軍1=1

【A】京田、田村―島井

【B】芳賀―駒崎

 2回裏、二死一二塁。

 打順が二巡目に入った所で、序列で言えば3番手の田村さんを投入した。


 彼の最速は143キロ。

 球速が全てではないが、新1年生がそう簡単に打てる投手ではない。

 打者の大川は全球フルスイングで空振り三振。先ずは田村さんが3年生の威厳を見せ付けた。



 攻守が入れ替わって富士谷Aの攻撃。

 ここで恵は投手交代を告げる。投手と右翼手を入れ替えて、長身右腕の上野原がマウンドに上がった。


「んー、デカい割に速くねーな」


 上野原の投球練習を見て、夏美は残念そうに言葉を溢す。

 無理もない、彼は外野コンバート前提で誘った選手。

 正直、投手としては全く期待していない。


 そして――俺は一つ気付いてしまった。

 恵の補強は凄まじく野手に偏っていて、投手専任の選手が見当たらないという事に。

 少なくとも野球推薦は全員野手。大川と駒崎以外は投手兼任だが、何れも正史で1番を背負った選手ではなかった。


 これは自分達の世代的には正解の補強である。

 何故なら、既に俺と堂上を擁していて、好投手の二枚看板が完成しているからだ。


 投手は多いに越した事はない。

 しかし、同時に出せる投手は一人であり、大事な試合では3番手以降を持て余す事になる。

 事実、将来流行る140キロカルテットは、悲しくも不発に終わる事か殆だった。



 さて、3回表の攻撃だが、あっさりと2点返して逆転に成功した。

 上野原は長身特有の打ち辛さがあるものの、投げている球自体は大した事がない。

 最速は125キロ。右腕としては物足りなく、早急なコンバートが必要だと痛感する。


 3回裏は4人で無得点。

 中橋がセーフティバントで出塁したが、続く津上は再びエンドランで強振してきた。

 今度は外野が下がっていたので守備範囲。駒崎は三振、中道はセンターフライで打ち取られた。


「中橋てめぇ、俺の時に走るんじゃねえよ」

「んだとぉ! お前こそボール球くらい素直に待てや!」

「も〜、二人とも早く守備について! (この二人は本当に仲悪いなぁ……)」

「うっす! 仰せのままに!」


 三塁側はやや険悪なムードになっている。

 一方、一塁側の琴穂監督は上機嫌。調子に乗って腕を組む姿も最高に映えている。


「いいよいいよー。めぐみんに勝っちゃお〜」

「琴ちゃん監督、次の作戦は?」

「え、えっと……おふさいどとらっぷで……!」

「(それサッカーだよ……)」


 監督というよりはマスコットだな、とは誰も指摘しなかった。

 その横にいる夏美助監督は、我関せずと言わんばかりにスコアブックを書いている。


「ふむ……姉上監督、そろそろ指揮を替わってみてはどうだろうか」

「お前の姉になった覚えはねぇ!!」


 ちなみに、堂上は夏美を「姉上」と呼ぶようになった。

 そういえば琴穂は「妹」だったし、属性で呼ぶのが性癖なのだろうか。



 4回表、一死一塁になった所で、富士谷Bは早くも3人目の投手を投入した。

 左サイドの中橋がマウンドに上がる。レフトの戸田がセンターに入り、マウンドを降りた上野原はレフトに回った。


 中橋の最速は127キロ。

 キレのあるスライダーとシンカーに加え、チェンジアップも投げて分けていく。

 堂上、田村さんの並びを打ち取って無得点。これだよこれ、こういうので良いんだよ。



 田村さんと中橋がマウンドに上がった事で、試合は投手戦の様相を呈してきた。

 富士谷Aは慣れない左サイドに大苦戦。鈴木のソロアーチで追加点を上げるも、なかなか打線が繋がらない。

 一方、田村さんは大人気ない投球を披露。津上のレフト前ヒット、中橋と戸田の四球があったが、何れも得点には結びつかなかった。



 3対1、富士谷Aの2点リードで迎えた7回裏。

 富士谷Bの攻撃は、1番大川からの好打順だった。


「(くそっ、このままじゃ中橋と津上の引き立て役だ。そろそろ打つぞ……!)」


 恵イチオシの大川だが、今日は3打数0安打2三振と全く当たっていない。

 彼は正史でも富士谷の選手。所詮は都立レベルの実力なのだろうか。


 マウンドの田村さんは三巡目。

 弱点だった体力面も改善されて、未だ球威が衰える気配は無い。

 初球はスライダーから。ボールに逃げる球だったが、フリースインガーの大川は見逃してきた。


「(流石にもう振らないぞ。今度こそ枠内の球をぶっ叩く……!)」

「(ならインで詰まらせるか。打てるもんなら打ってみろや)」


 二球目、田村さんは内のストレートを放る。

 140キロに近いであろう球。大川はフルスイングで打ち抜くと、鋭い打球は三遊間を抜けていった。


「しゃあ!!」


 レフト前ヒットで無死一塁。

 たかが紅白戦だというのに、一塁上の大川はガッツポーズを掲げている。

 どうやらパワーは本物のようだ。恵イチオシなのも頷ける。


 続く打者は本日絶好調の中橋。

 ここまで2打数2安打1四球と素晴らしい数字を叩き出している。

 この打席は初球からセーフティバント。田村さんがギリギリで捌いて一死二塁となった。


「(2回目は決まらないかぁ。ま、打率10割はキープできたな)」

「(よし、邪魔な奴が塁に出なかったな。今度こそホームラン狙おっと)」


 ここで迎えるのは世代最強内野手の津上。

 今日は3打数2安打。守備でも好守を連発していて、その実力を遺憾無く発揮している。


 津上は4球目のストレートを捉えてきた。

 会心の当たりは、防球ネットで作ったセンターのフェンスに直撃。

 打球が跳ね返って来ない事もあり、津上は三塁まで到達した。


「(ッチ、少しタイミングが遅れたか。まあいいや、これでサイクルリーチだし)」


 これで田村さんから2安打。やはり津上は別格だと痛感する。

 左右やポジションの違いはあるが、ようやく孝太さんの穴が埋まったのだと実感した。


 1点差となり、続く芳賀は粘った末に四球を選んだ。

 芳賀には代走が出されて高松が入る。彼の事はあまり知らないが、恵によると凄まじく足が速いらしい。


 一死一三塁、逆転の走者を一塁に置いて、俺期待の駒崎が右打席に入った。

 今日は併殺、三振、ショートライナー。期待と反して結果は出ていない。


「(みんな打ち始めたなぁ。出遅れる訳にはいかねーし、最低でも同点犠牲フライは打ちたいな)」


 近藤に競争を促す為にも、駒崎には早めに台頭して欲しい所。

 初球、二球目とボール球を見逃して、一先ずは打者有利のカウントを作った。


「(スライダーのほうが低めに来てる。となると、入れるならスライダーのほうが安全……って考えているかもな。初回もやられた球だし、フロントドアに絞ってみるか)」

「(田村のストレート浮いてきたなあ。取り敢えずフロントドアで一球もらっとくか?)」


 三球目、田村さんは一回で頷くと、セットポジションから球を振り降ろした。

 キレのあるスライダーが真ん中に入っていく。その瞬間――駒崎の鋭いスイングが白球を捉えた。


「おー、これはいったわ」

「(あっ! そいつにだけは打たれるなよ……!)」


 打った瞬間、それと分かる当たりは、レフトのネットを越えてプールに落ちていった。

 5番・駒崎の逆転スリーランホームラン。サードの近藤が凄まじく動揺していた。


「よっしゃー! ナイス駒崎!」

「おう。1年生1号ごちっす」

「おいコラ、俺より目立つなよ」

「ほらほら喧嘩しない! 津上くんも打てばいいでしょ〜」


 逆転した事で、三塁側ベンチには活気が戻っていた。

 一方、一塁側ベンチはと言うと、琴穂監督が露骨に動揺している。


「どどっ、どうしようっ。このままじゃめぐみんに負けちゃうよぉ〜……」

「たかが紅白戦なんだし別にいいだろ……」


 そんな言葉を交わす1日監督達を他所に、俺はグラブを取り出した。

 右肩を何回か回すと、琴穂の帽子にポンッと手を乗せてみる。


「任せろ。ここから先はこっちも本気だ」

「やった! かっしー任せたよっ!」

「あんま本気だしてやるなよ……」


 さて――7回裏でビハインドという事は、此方も大マジになって良いという事だ。

 高校野球は遊びではない。活きの良い1年生達に、プロ注目右腕の俺が現実を叩き込もう。

富士谷A軍002 010 0=3

富士谷B軍100 000 4=5

【A】京田、田村―島井

【B】芳賀、上野原、中橋―駒崎


NEXT→6月11日(金)

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