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3.問題児と優等生

 遂に迎えた4月中旬。

 部活動説明会を終えて、いよいよ新入部員を歓迎する事となった。


「うわっ、めっちゃ多いじゃん!」

「(セカンド居ませんように……セカンド居ませんように……)」


 去年度の実績と恵の勧誘のお陰もあり、仮入部は初日から20人を越えていた。

 ここから多少の増減はあるが、これならBチームも作れるだろう。


「ま、頭数はいるみたいっすね」

「お前なんでコッチ側にいんの??」


 横から声を掛けてきたのは、何故か上級生に混じっていた1年生・津上勇人だった。

 一個下世代の暫定ナンバーワン内野手。今日もU―15日本代表のユニを着て絶賛イキり中である。


「だって俺の自己紹介とか今更過ぎません? レギュラーも決まったようなモンですし、審査員席で高みの見物って事で」

「ここは審査員席じゃねえし、津上を知らない軟式出身者も居るからな。今はいいけど監督来たら戻れよ」


 反抗する津上に、俺は軽めの指摘を返す。

 さて――この津上勇人だが、聞く所によると相当な問題児だ。

 正史においては、東山大菅尾に入学したものの、イキりを指摘した先輩を殴って退学している。


 彼の逸話はこれだけではない。

 転生博士の相沢曰く、津上を勧誘した転生者は過去に何人も居たのだが、その全てがバッドエンドを迎える事となったらしい。


 ある世界線では、マネージャーを妊娠させて退学した。

 ある世界線では、公式戦の前日に彼女と花火大会に行き、当日は遅刻してベンチに入れず敗退した。

 とまあ……こんな感じで、進学した先々で育成に失敗しているのだ。


 これからは津上の教育もテーマになってくる。

 あまりキツい指摘はできないが、決して特権階級扱いも許さない。

 その為に必要なのは実力で示せる先輩。そして――同級生のライバルである。


「柏原さんこんにちは! 東八王子シニア出身、中橋隼人です! これから宜しくお願いします!」


 ご丁寧に個別で挨拶してきたのは、西東京選抜にも選ばれた中橋隼人だった。

 正史では明神大八玉で1年夏からレギュラー。偏差値70近い同校に一般入試で入学し、野球部でも3年間しっかり活躍している。


 津上の対抗馬となりえるのが中橋だ。

 ある意味、二人は対極とも言える人間。案外バランスが取れるのではないかと思っている。


「お、偽ハヤトじゃん」

「げぇ、津上! 何でお前が此処に居るんだよ!」

「俺も富士谷に勧誘されたからな。ってかその自己紹介意味ある? 監督来たらまたやるんだろ?」

「礼儀だよ礼儀! 会ったら先ず挨拶は基本だろ!」

「ダルい性格してんなぁ」


 ちなみに、二人は西東京選抜で共闘した経験があるらしい。

 あまり仲良くはなさそうだが……俺と堂上も最初は仲悪かったし、たぶん問題ないだろう。



 やがて瀬川監督と畦上先生が合流すると、1年生達の自己紹介が始まった。

 人数が多いので詳細は割愛。その中で、ある意味で気になった選手を二人挙げてみる。


「芳賀大地、ポジションは外野とピッチャー。よろしくお願いします」


 上級生の誰よりも大きい1年生・芳賀大地。

 噂によれば、現時点で最速138キロを記録する、アマチュア野球ファン期待の大型左腕らしい。


 この選手は新入生の中でも特殊である。

 俺達が勧誘した選手の多くは、現時点では無名だが、正史では強豪のレギュラーになる選手。

 しかし――彼はその真逆で、現時点では有名だが、正史では強豪で伸び悩む選手だった。


 正直、芳賀の入部はどっちに転ぶか分からない。

 環境の変化で覚醒する可能性もあるので、期待はせずに気長に見守ろう。


「日野東中学出身、卯月夏樹です! 内野全部できます!」


 そしてもう一人は、聞き覚えのある名字の選手・卯月夏樹。

 やや細めの体格とオレンジ色の頭髪は、日野のツッコミ少女と瓜二つである。


「恵、ちょっと集合」

「なに?」


 俺は咄嗟に恵を呼び寄せた。肩に手を回して密談モードに入る。


「どう見ても卯月の弟だよな……?」

「もちろん」

「正史でも居たん?」

「ふふっ、愚問だね〜。居るに決まってるじゃん」

「最初に言えや。これから呼び方に困るだろ」

「え、何で? 普通に変えれば良くない?」


 恵は不思議そうな表情を浮かべていた。

 姉弟で同じ部活という事は、これからは下の名前で呼ぶ必要がある。

 それにあたって、一つ重大な支障が出てくるのだ。


「もし俺が将来小説家になって、この転生生活を著書にした時、物語の中盤くらいで呼び方が変わったら読者も困るだろ……?」

「なにその配慮……どうせプロ野球選手になるんだから関係ないでしょ……」


 恵は呆れ気味に言葉を溢していたが、俺は何となく重要な事のような気がした。

 まあ……冷静に考えたら、マネージャーで一人だけ名字呼びというのも変な話なので、これを機会に呼び方を変えてみよう。

 何より、堂上が「夏美」と呼ぶ姿は少しだけ見たい気がする。


「ってか……かっしー近い。離れてよ」

「ああ、悪い。嫌だったか」

「べ、別に嫌じゃないけど……」


 恵は急にしおらしい表情を見せてきた。

 密談モード終了。俺はゆっくり離れると、再び選手の輪に戻る。


「にしても、こんだけ多いと覚えられないよなー」

「問題ない。3日もあれば全員覚えられるだろう」

「俺、ファーストの中道は覚えたわ〜」

「そりゃ俺らの後輩だからね……」


 しかし、どうやって新入生を把握しようか。

 芳賀と卯月弟は戦力としては怪しいので、他にも覚えておきたい選手は沢山いる。

 せめてベンチ入り候補だけでも把握したい所が――。


「よしっ、じゃあ紅白戦しよっか!」


 そう提案してきたのは恵だった。

 先程のしおらしい表情は何処へ行ったのやら、いつも通り得意気な表情を浮かべている。


「……確かに、野球選手ならプレーで語るのが一番早いか」


 そしてホイホイ乗せられる瀬川監督。

 1年生vs上級生の紅白戦。よく漫画である展開だが、あまり効率的なイベントとは思えない。

 やるにしても、もっと基礎を固めて、軟式組が硬式に慣れてから実施するのがベストだろう。


 ただ、瀬川学を履修した俺には分かるけど、恵が言い出した事には従うしかない。

 恵の意向は瀬川監督の意向であり、選手達が逆らう事は出来ないのだ。


「やるなら次の日曜ですかね? ちょうど練習試合も入っていないので」

「うーむ、それが良いな。球審は私がしよう。一番見易い所で見たい」

「采配どうします? 自分と柏原でも良いですけど、できれば自分もネット裏とかで見たいですね」


 驚くほどハイテンポで予定が決まっていく。

 あとは両軍の指揮者を決めるだけ。この流れだと畦上先生と俺になりそうだが――。


「じゃ、1年生は私が指揮するから! 上級生はなっちゃんと琴ちゃんでよろしく!」

「えっ……?」


 最後に特大の爆弾が投下されると、瀬川監督は納得げに頷いた。

NEXT→6月8日(月)

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