1.一生のお願い
1年生の出番は3話くらいから。
一生のお願い。それは――人生に一度だけ使える、自分の願いを叶える権利。
もし、そんな素敵な権利が存在するとしたら、誰しもが高校2年の春に使うだろう。
人生最後であろうクラス替え。
進路相談の兼ね合いから、多くの高校では2年→3年のクラス替えが行われない。
よって、好きな人との物理的距離感も、このイベントで2年間固定されてしまうのだ。
この距離感には等級が存在する。
頂点は当然ながら同じクラス。平日の大半の時間を共に過ごす事が出来る。
続いて隣のクラス。授業やイベントによっては合同になるチャンスがある。
その下が最低防衛ライン、登下校の際に同じ階段を使うクラス。ばったり遭遇する機会がある他、下品な話になるが下着を拝めるチャンスはある。
そして――最悪なのが常用する階段すら違うクラス。例えば1組と6組みたいな配置になると、日常で接触する機会は絶たれてしまうのだ。
この物理的距離感は重要になってくる。
事実、席替えで席が離れた程度ですら、好きな人と話す機会は減ってしまった。
クラスまで離れると、日常的な会話が困難になるのは間違いない。
特に、常用階段が違うくらい離れると、関東と関西くらい文化の違いを感じる事になる。
それだけは絶対に避けたい。今さら抵抗は出来ないけど、俺は一生のお願いを此処で使う。
さて、俺のクラスは……1組か。いきなり不吉だな。
この学年は7組まである。ちょうど真ん中の4組なら、最低防衛ラインは確保出来たと言うのに。
と、そんな事を思いながら、2年1組の教室に足を運んだ。
まだ時間が早く、生徒は数える程しかいない。俺は真っ先に座席表の前に立つ。
まだ見ない。瞳を閉じて、先ずは心で念じてみる。
頼む……一生のお願いだから、同じクラスであってくれ……!
「かっしー、何してるの?」
瞳を開けようとしたその瞬間、聞き慣れた声が語り掛けてきた。
そこにいた小柄な少女は、キョトンとした表情で此方を見上げている。
あどけない童顔に、肩に付かないくらいのボブカット。
ちょっと背伸びした茶髪は、昨日部活で会った時より明るくなった気がする。
俺の好きな人――金城琴穂。1組の教室に居るという事は、つまりそういう事である。
「ちょっと瞑想してた」
「本当に何してるの……」
自分でも驚くほど冷静に言葉を返すと、琴穂は珍しく呆れた表情を見せていた。
ありがとう神様、ありがとう先生達。この恩は卒業まで忘れない。
「そ、それより! かっしーも1組なの?」
「勿論。じゃなきゃ此処に居ないよ」
「だよねっ! へへっ……やった……!」
琴穂は恥ずかしげに笑顔を見せる。
控え目に言ってもクソ可愛い。よく見たら座席も隣だし、新年度早々運命しか感じない。
さて――こうなって来ると、他の面子はどうでも良いまである。
琴穂さえ居れば問題ない。そう思ったのだが――。
「あー! また府中市民同士でイチャついてる! 今すぐ止めないとゴリくん投入しちゃうよ〜?」
そう言って絡んできたのは、相変わらずゆるふわパーマの恵だった。
「やめろ。ってか恵も同じクラスか」
「ふふ〜、嬉しい〜?」
「まあまあだな。トラブルだけは起こすなよ」
「ちょっ……もう少し嬉しそうにしてよ!」
俺は適当な冗談を並べると、恵は強めに叩いてきた。
恵も同じクラスか。女子は正史通りの筈なので、恵と琴穂がセットになるのは必然だったのだろう。
「わー、めぐみんも一緒だー!」
「えへへ〜、かっしーと違って琴ちゃんは素直で可愛いね〜」
恵と琴穂は軽く抱き合う。
10年後風に言うなら尊み秀吉だ。恵琴もアリだと思い知らせる。
「前言撤回、超嬉しいわ。こうなってくると卯月も欲しかったまである」
「(この百合豚め……)」
お望み通り喜ぶと、恵はジト目で返して来た。
色々言ったけど、知り合いは多いに越した事はない。
他に誰か居るだろうか。見渡す限り、知った顔は見当たらないが――。
「うひょ〜、なかなか粒揃いじゃん! とりあえず女子全員メアド交換しようぜ〜」
「(これが噂の鈴木か……)」
「(1年6組の女ほぼ全員食ったってマジ?)」
一人見つけたが、俺は全力で他人のフリをした。
※
始業式の翌日、野球部の面々は公欠で春季大会に臨んだ。
1回戦は免除で2回戦から。ただ、俺が投げてまで勝ち上がろうとは思わない。
春季都大会で勝つメリットは、ベスト16以上に夏のシード権が与えられる事。
しかし――今回は被災の影響でブロック予選が中止になり、夏は全校ノーシードでの開催が決まった。
恩賞は関東大会の出場権(上位2校)だけ。
また、ベンチ枠に空きがある高校であれば、入学式後に1年生を追加登録できるが、都立は入学式から入部までラグがあるので先が長い。
そして俺にも故障歴がある以上、この旨味が少ない大会では無理したくなかった。
という事で、初戦の先発は堂上に決まった。
そして彼にも連投はさせず、次は田村さんか島井さんを先発させる。
相手は西東京の桜美大町田高校。
甲子園で優勝した事もある古豪だが、そんなのは遥か昔の話。
今の実力は西東京でも中堅クラス。1回戦では都立の福生高校に延長15回まで粘られている。
いくら選抜の疲労があるとはいえ、この高校に負ける程、今の富士谷は弱くはない。
序盤こそミスを連発してリードを許したが、桜美大町田の見せ場はそれだけ。
4回裏には打者一巡の猛攻で一気に逆転&コールドスコアになると、そこから先は堂上が反撃の隙を与えなかった。
気付けば6回で10奪三振。最終回は島井さんが締めて、どうでも良い大会ながら初戦を快勝で飾った。
桜美大310 000 0=4
富士谷002 901 x=12
【桜】岸、齋藤、和久井、君島―山本
【富】堂上、島井―近藤
※7回コールド
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