25.運命を捻じ曲げろ
聖輝学院に敗戦した翌日、俺達は関西の地を後にした。
バスの中で甲子園の中継を見届ける。先ずは1試合目、都大三高と亘星学院の試合。
「三高つえー。平均得点10点越えてね?」
「スタメン6人が2年生でしょ? 先が思いやられるなぁ」
試合は都大三高の圧勝ペースだった。
世間では「今年こそ東北勢が優勝するのでは?」と期待されていたが、その片割れは無慈悲にも虐殺されてしまった。
そして2試合目――。
「えー、聖輝ぜんぜんダメじゃん!」
「打球が歳川くんの右手に当たってから崩れたね。爪が割れちゃったのかも」
前橋英徳と聖輝学院の試合も、前橋英徳が主導権を握る形となった。
東北勢の初優勝。今後10年は実らないだけあって、転生者と言えど達成するのは容易ではない。
「ほらぁ、やっぱ優勝できないじゃん〜」
恵は気楽そうに言葉を溢していた。
それが本心かは分からない。富士谷が負けた以上、心の何処かでは東北勢の優勝を期待していたようにも思える。
それよりも今は死因の事だ。
結局、急性白血病の解決策は見つかっていない。
そして――Aランク転生者の疑惑がある瀬川徹平に関しても、試合後に揺さぶってみたがシラを切られてしまった。
こうなってくると、転生博士こと相沢を頼るしかない。
俺は早急に会う約束を結んで、一先ずは浅い眠りに付いた。
【準決勝】
都大三高(東京)14―3亘星学院(青森)
前橋英徳(群馬)7―2聖輝学院(福島)
※
東京に帰ってきた翌日、俺は市営立川球場を訪れた。
その理由は他でもない。今日は都大二高の試合がある為、相沢と会うには都合が良かったのだ。
選抜が行われている裏側で、東京では4月1日から春季都大会が始まっていた。
とは言っても、被災の影響でブロック予選は中止。今回は秋季大会本戦に出場した48校のみで行われる。
また、本来ならベスト16以上に夏のシード権が与えられるが、今年の夏は全校ノーシードでの開催が決まっていた。
「で、メールの件だけど……整理に時間が掛かったよ。まさか富士谷にもう1人いたとはね」
「本当にスマン。もう謝る事しか出来ねえわ」
都大二高の試合後、2試合目を観戦しながら相沢と言葉を交わす。
要件は事前に伝達済み。恵が転生者である事も白状するに至った。
「まあ許してあげようじゃないか。俺も去年の夏は奇襲しちゃったし、これで貸し借りナシにしよう」
「ああ。そうして貰えると助かる」
「で、先ずは瀬川徹平だけど……これはAランクでほぼ間違いないね。知っている人間じゃなきゃ、ここまでスムーズに話は進まないよ」
先ずは瀬川徹平に関する見解。
やはりと言うべきか、彼は転生の全てを知るAランクの可能性が高いようだ。
何故、転生者である事は簡単に白状して、Aランクである事を隠したのかは分からない。
何か事情があるのだろうか。或は、俺達が見当違いの読みをしているのか。
分からない。分からないけど、どのみち接触は暫く無いと思われるので、この事は頭の隅に置いておこう。
「次に、予防策のない病死を回避する方法だっけ?」
「ああ。ぶっちゃけあるんだろ? じゃないと無限ループが発生するからな」
さて、今日の本題は此方である。
急性白血病は必ずしも死亡する病気ではない。ただ、恵は同病で死亡するという運命を持っている。
それにあたって、転生者ならではの欠陥がある事に気付いたのだ。
この転生は【死因】【日時】【場所】の三要素が正史と合致すると、何度でも転生して周回する事が出来る。
逆に言えば、意図的に本来の運命を回避しなければ、無限に転生を繰り返してしまうのだ。
同じ時間と闘病生活を永遠に繰り返す。
そんな非情な話はないだろうし、回避方法は用意されているに違いない……というのが俺の読みだった。
「……そうだね。2つ程あるよ」
相沢は真剣な表情で俺を見つめた。
その表情は何処か不気味で、思わず背筋が凍り付く。
「1つは簡単。病死する前に自殺すればいい」
そして――あまりにも残酷な答えに、俺は言葉に詰まってしまった。
「……冗談だろ。正気の沙汰とは思えねえな」
「本気だよ。事実、病死での周回に嫌気が差して、自ら命を絶った転生者も居たからね」
相沢は淡々と語っているが、高校生が受け止めるには重すぎる。
そして何の解決にも至っていない。これでは恵も報われないだろう。
「もう1つは?」
「そうだね。もう1つは難しいし、基準も漠然としてるけど、報われる可能性もある方法かな」
相沢はそう言って間を置いた。
転生のほぼ全てを知る男が語る、恵が助かる方法とは一体――。
「本人が関与した上で歴史を大きく変える。こうする事で、人の運命は変わったりするらしいよ」
曖昧過ぎる返答に、俺は思わず顔を歪めてしまった。
「……腑に落ちないって顔してるね」
「ああ。今まで聞いたルールと比べて曖昧すぎるし、いまいちピンと来ねえよ」
「そうだなぁ。例えばだけど、恵ちゃんが後世に語り継がれるような連続殺人事件を起こせば、急性白血病で死亡する運命も変わると思うよ」
「物騒な上に本末転倒だな???」
相沢は相変わらず感性がイカれている。
もう少し真当な例え話は出来なかったのだろうか。
「ま、それくらい歴史を動かせば人の運命も変わるって事。それが死因とは直接関係ない事でもね」
「要するにデカい事をやれと。何となく分かったけど、まだ漠然としててピンと来ねえわ」
世紀の大犯罪など認められる訳がない。
となると、野球部員でも達成できる目標が欲しい所である。
「俺が思うにだけど――都大三高最強世代の春夏連覇を阻止すれば間違いないと思うよ。高校野球史上最強とも名高いチームだったし、なにより転生者の使命でもあるからね」
相沢はそう言って口元をニヤリと歪めた。
都大三高最強世代。何度でも言うが、今の2年生は常識を逸脱した戦力だった。
高校野球史上最強と言っても過言ではない。そして――転生という不思議現象は、都大三高最強世代の春夏連覇を阻止する為に起きている。
「結局、やる事は変わらねえって事かよ」
「そうだね。ただ一人の少女の命が懸かった。今までよりも重みがあるよ」
「上等だな。野球以外で何かするより簡単だわ。要は負けなきゃいいんだろ」
「相変わらず野球に関しては強気だなぁ」
野球の勝敗でマネージャーの生死が決まるなんて、まるで某ゲームみたいな展開だ。
けど、それで助かるならやるしかない。どのみち勝たなければ、俺自身の高校生活も報われないのだから。
「うっし。じゃあ帰る」
「試合最後まで観てかなくていいの? この勝者と当たるんでしょ?」
「どっちにも負ける気しねーし、負けた所で痛くない大会だしどうでもいいわ」
「あはは、確かに。シード権も懸からないんじゃ、ほぼ練習試合みたいなもんだよね」
グラウンド内では、桜美大町田高校と福生高校の試合が延長戦に突入していた。
正直、福生の投手が良い以外に見所が無い。俺はゆっくり席を立ち上がる。
焦っても仕方がない。
都大三高の春夏連覇阻止は、早くても今年の秋季都大会からだ。
それまでは力を蓄える。そして――3年生の阿藤さん達にも、真夏の甲子園を経験させてあげたい。
「じゃあな。もし勝ち上がったら準決で会おうぜ」
「負けても合同練習で会うだろうけどね」
「確かに。って格好良く締めさせろや」
そんな言葉を交わしてから俺は帰路についた。
日常への生還。取り敢えず、新学期が始まったら存分に琴穂をキメていこう。
しかし――俺は一つ忘れていた。今日が選抜の決勝戦である事を。
本来ならベスト4の前橋英徳と、本来なら出場しない都大三高の一戦。
後者の優勝を知ったのは、自宅に帰宅した直後だった。
【決勝】
都大三高(東京)6―3前橋英徳(群馬)
短めですが3章は此処まで。
ここまでご愛読ありがとうございました。
4章は6月5日(土)より投稿予定です。
その間、恒例のキャラ紹介と、作中では触れていない設定など緩めに紹介しようと思います。
閑話は……たぶん間に合わないので今回はありません……!
最後になりましたが、ポイント、ブクマ、コメント等々ありがとうございます。
どちゃくそ励みになってます。これからも頑張ります。