24.新たな扉、意外な弊害
都富士谷000 000=0
聖輝学院000 000=0
【富】柏原―近藤
【聖】歳川―星野
試合は再び投手戦へと突入した。
歳川が抑えて俺が抑える。走者こそ出る場面もあったが、絶対にホームだけは踏ませない。
そんな事を繰り返している内に、試合は9回裏まで進んでいた。
二死二塁。一打サヨナラのピンチで迎えるのは、本日無安打の石本さん。
体格の割に力はあるものの、決して率を残せる打者ではない。
「ああ〜……」
「おー! 延長かー!」
初球セカンドフライであっさりスリーアウト。
過去一番の投手戦は、富士谷にとって初めての延長戦に突入した。
「柏原、まだ投げられるか?」
「平気っす。余力は全然ありますよ」
瀬川監督と言葉を交わす。
サクサクと進んでるお陰か、投球イニング程の疲れはない。
スプリットも後5球は投げられる。問題は打つ方、そして頭にチラつく恵の問題である。
10回表、富士谷の攻撃は8番の近藤から。
冬場の練習でマシになった下位打線だが、歳川クラスの投手が相手だと無力である。
近藤、京田と打ち取られてあっさりと二死。野本も三振してスリーアウトになった。
一方、聖輝学院の攻撃も8番捕手の星野さんから。
此方も楽に打ち取って一死無塁。ここで先発投手の歳川の打席を迎える。
歳川は9番打者だが、飛ばす力はレギュラー陣でも上位である。
正史においては、甲子園でホームランを打った事もあるし、2年秋以降は中軸を打つ事もあった。
ここは慎重に攻めていこう。初球は外に逃げる高速スライダーから。
しかし――これが不覚にも甘く入ると、歳川は迷わずバットを振り抜いた。
「おおー!」
「でかいぞ!!」
打球はあっと言う間にレフトの頭を越えていく。
一瞬、サヨナラホームランかと思ったが、打球はフェンスの手前でワンバウンドした。
レフトオーバーのツーベース。痛恨の失投でサヨナラのピンチを迎えてしまった。
一死二塁、続く打者は安西さん。
俊足強打の好選手だが、打率に関してはそこそこ程度である。
また、歳川の足だと単打では帰れないので、外野の間やライン際の打球が求められる場面だ。
一球目、安西さんはセーフティ気味にバットを寝かせてきた。
三投間の絶妙なバント。しかし、ここまで散々バントをされてきたので、この攻め方は完全に想定内である。
一死一三塁は絶対に作らせない。
俺は素手で取りに行くと、最短の動きで一塁に投げる。
際どいタイミングながらも一塁はアウト。客席から安堵と落胆の息が漏れた。
「2番 ショート 瀬川くん。背番号 6」
二死三塁、一打サヨナラのピンチで迎えたのは瀬川徹平。
次の打者はチーム首位打者、その次はプロ注目スラッガーと考えたら、ここは勝負するしかない。
「(あと3勝……たった3勝で負の歴史に終止符が打てる。どんな形でも良い、俺の打席で絶対に決める)」
「(瀬川……やってくれそうじゃねぇーか。生き様と覚悟をビンビンに感じるべ)」
瀬川徹平は深呼吸してから右打席に入った。
相手の斎木監督は満足気に笑みを浮かべている。
正史の瀬川徹平はアマチュア止まりの好選手。
高校、大学と活躍したが、プロに指名されるには至らなかった。
そして俺との対戦経験はない。つまり、彼が周回していない限り、サイドからのスプリットは初見という事になる。
一球目、先ずはスプリットから入ってみる。
投球練習を含めて6球目になるスプリット。これで打たれたらそれまでだ。
そう思って投げ込むと、瀬川徹平はバットを出して来た。
「ットライーク!」
「(よく落ちるな。サイドの癖に歳川と同じくらい落ちてやがる)」
空振りしてストライク。
流石に落ち着いているが、この球が通用する事も分かった。
何とかして追い込みたい。四球覚悟で枠外の球を試していこう。
二球目、外に逃げるスライダー。見逃されてボール。
三球目、内に食い込むスクリュー。これも見逃されてボールになった。
「(その辺の変化球は入れないのな。スプリットで勝負したいのは分かった。それなら――)」
四球目、外れる覚悟で外角低めにストレートを放る。
瀬川徹平はバットを出すと、打球はバックネットに飛んでいった。
「ファール!」
「(ッチ、ストレートか。けどスプリット狙いでも当てられるな)」
舌打ちする瀬川徹平。俺は挑発的な笑みを溢す。
彼の顔を見てると恵が脳裏を過るので、とっとと抑えたい所である。
この一球で決める。
五球目、低めのスプリット。俺は腕を振り抜くと、瀬川徹平はバットを出して来た。
「おおっー!!」
「うわぁあああああああ!!」
その瞬間、球場は大歓声に包まれた。
瀬川徹平はバットを投げ捨てている。白球の行方は――。
「………………ファール!!」
「あぁ〜……」
打球はレフト線、僅かに切れてファールになっていた。
ホッと安堵の息が漏れる。ただ、そう安心している場合ではない。
瀬川徹平は捉えてきた。大阪王蔭打線が掠りもしなかったスプリットを。
「(歳川と少し軌道が違うのか? けど落ち幅は同じくらいだな。次はミスらねえ、確実に決める)」
瀬川徹平は落ち着いてバットを構え直した。
ファールになったが落胆する素振りはない。次も打つ自信があるのだろうか。
偶然の可能性も否めない。
ただ、スプリットには球数制限(後3球)がある以上、カットされて無駄撃ちになるのは避けたい所。
11回裏は大園さんに回るから尚更だ。ここは無駄無く抑える必要がある。
「……やってみるか」
俺は白球を挟み込むと、何時もより僅かに深めに握ってみた。
歳川が握りで変化量を操っているなら、俺にも同じ事が出来る筈だ。
もう少し、あとボール一個分だけ落として、この打者を確実に仕留める。
俺はセットポジションから左足を上げた。
見逃されたらそれまでだ。空振りを取ることをだけを考えて、低めに向かって腕を振り抜く。
「(なっ……嘘だろ……!?)」
瀬川徹平はバットを出したが、白球はその下を潜っていった。
空振り三振でスリーアウト。そう思った次の瞬間――悲鳴混じりの大歓声が沸き上がった。
「わああああああああああああああああ!!」
「せ、瀬川走れ!!」
バットの下を潜った白球は、近藤の後ろを転々と転がっていた。
瀬川徹平は一塁に走り出す。近藤は慌てて拾いに行くが、どう見ても間に合わない。
「……セーフ!」
歳川がホームを、瀬川徹平が一塁を踏んでサヨナラ振り逃げが成立。
その様子を、ホームベースの付近で見守る事しか出来なかった。
「何やってんだ俺は……」
思わず溜め息が漏れてしまう。
冷静に考えたら、スプリットを捉えられた時点で、他の球種で勝負すれば良かった。
もっと言うなら一塁も空いている。強引に勝負する必要も無かった筈だ。
アドリブで握りを変えたのも、今思えば悪手でしかない。
尤も、本来の俺と近藤のバッテリーなら、この程度のアドリブは対応できただろう。
これは球数制限の弊害である。シンプルに捕る機会が減った結果、スプリットを捕球する技術にブランクのような物があったのだ。
「整列! えー……1対0で聖輝学院の勝利とする。ゲーム!」
「「ありがとうございました!!」」
勝負を急ぎすぎた俺の失策。
そして――遅かれ早かれ起きたであろうバッテリーエラー。
延長まで縺れ込む接戦の末、俺は被タイムリー0で甲子園を去る事になった。
都富士谷000 000 000 0=0
聖輝学院000 000 000 1x=1
【富】柏原―近藤
【聖】歳川―星野
実例解説「振り逃げが決勝点に……」
第92回全国高校野球選手権大会2回戦
聖光学院1―0広陵
・解説
聖光学院の歳内投手(現ヤクルト)と広陵の有原投手(現レンジャーズ)による投げ合いは、お互いに1点も取れないまま終盤戦に突入しました。
そして迎えた7回裏、聖光学院は二死一三塁のチャンスを作ると、広陵にとっては痛恨の振り逃げが成立。
この1点が決勝点となり、聖光学院が投手戦を制しました。
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